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海に浮かぶ証拠と第三の殺人(?)
伝言
しおりを挟む放り出されて長い長い道のりを歩いた。
ただ自由になっていいと言われただけなのに。
今までよりも、どうしていいかわからなかった――。
かき氷屋さんがそこに居るのに、茉守に向かい、マグマは言った。
「……何人も犯罪者を見てきた。
お前の目には復讐するほどの炎はない。
心が死んで、そうなっているのでもない」
「なるほど。
そういうところまでは装い切れませんでした」
と言う茉守を、
いや、そもそも、なんにも装えてないぞ、という顔をしてニートが見る。
「私、実はバイト先で知り合った山村瑞樹さんに雇われたんです。
もう自分は復讐するつもりはないけど。
このまま済ませるのも癪だから、ちょっとニートさんを脅してきて欲しいと」
あの伝言は瑞樹さんからのホンモノの伝言です、と言った茉守は一言一句違えず、もう一度、ニートに伝える。
「『日本に戻ってきて、あなたに復讐するタイミングを伺いながら生きるうちに、私はいろんな人と出会いました。
大事な人もたくさんできた。
ほんとうはあなたに非はないのに、憎しみを保ち続けることは難しかった。
そして、此処へ来て、あなたを見ていて思いました。
あなたを殺さないでいることが、一番のあなたへの復讐なんじゃないかと。
そう思ったとき、私は、ホッとしていました。
頭に今私の周りに居る人たちの姿が浮かびました。
もう復讐しなくていい。
彼らと離れなくていいと思ったら、涙が出そうになりました。
すみません、ニートさん。
あなたに復讐を誓っておいて、こんなこと言うのは許されないかもしれないんですけど。
ささやかな人生かもしれませんが、私、此処から先は幸せになりたいです。
あなたを殺してあげられなくてすみません。
あなたも幸せになってください。
そして、時折、ふと思い出して。
苦しんで。
今の自分は幸せすぎるなと苦しんで。
……それが私の復讐です』
以上が瑞樹さんからの伝言です。
瑞樹さんは一度この島に渡り、ニートさんに道を訊いたそうです。
あなたはとても親切丁寧に教えてくれた――。
橋はかかっていなくとも、あなたにとっての災厄は、もうとっくの昔にこの神の島に渡っていたんです」
いつか瑞樹に殺されることは、彼にとっての災厄ではなく、救いだったのかもしれない。
だけど、瑞樹はもうニートを殺さない。
彼女は彼女で幸せになる――。
「なるほど。
それで、なんでお前はそんなことを引き受けた?」
それもお得意のバイトか? と皮肉な感じにマグマが言う。
「まあ、そうかもしれません。
報酬は、あの、人の心の宿ったミサンガ――」
茉守は今はもうないミサンガを思い出すように、おのれの足首を見て言う。
「瑞樹さんのお兄さんの。
そして、瑞樹さんのお兄さんへの想いが染み込んでいるミサンガでした。
……あなたを脅して復讐してくれというのは、酔った弾みの瑞樹さんの冗談だったのかもしれません。
瑞樹さんはただ、あのミサンガを手放したかっただけなのかも。
自分の復讐の念のこもったミサンガを」
自らが課してしまった復讐の呪いを手放すために。
「でも、私は、あのミサンガを身につけていると、あの人たちの熱が移ったような気がして――。
私にも人を思う心があるような気がして嬉しかったんです」
いきなり放り出されて、真っ白になった未来。
夕暮れの道をあてもなく歩いたあの日をいつまでも思い出していた。
だけど、瑞樹のミサンガを手に入れてから。
それはまるで、行き先を示す星のように。
記憶の中にある、あの日の夕暮れに白く明るく灯るようになった。
「でもこれで、また、なにもなくなってしまいましたよ」
そう茉守が言うのを、かき氷屋さんも黙って聞いていた。
「これで、また――
なにもなくなってしまいました」
そう繰り返した茉守に、そっけない感じを装いながらも、マグマが言う。
「倖田がくれた目標があるだろ。
事件を解決するっていう目標が」
そうでしたね、と茉守は相変わらず、表情もなく頷いた。
「……菊池茉守かと思ったら、山村瑞樹で、山村瑞樹かと思ったらまた違う。
玉ねぎか、らっきょうかみたいな奴だな。
お前の薄皮を何枚もはがしてったら、なにが残る?」
そう問うマグマに茉守は言った。
「……最初にあなたたちが暴いたじゃないですか。
私は人を殺すために来たんですよ。
私は――
ただの死神です」
これは……
私が人を殺すまでの物語だ。
でないと、私の人生ははじまらないから。
人を殺すためだけに育てられてきた私の人生は――
誰かを殺さねば、きっと、はじまらないから。
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