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第9章

第210話

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「ぐぅっ……」

「ベアトリスさん!? 大丈夫ですか?」

 いつものように、ベッドの上で横になっていたアウレリオの妻のベアトリス。
 今日もまた発作が起きる。
 毎日毎日襲い来る強烈な痛み。
 まるで焼かれるような苦しみに、彼女はのたうち回る。
 ベアトリスの異変に気付いて駆け寄って来た女性は、夫であるアウレリオの知り合いのベラスコが派遣してきた臨時の介護員で、名前をフィデリアという。

「お薬です! 飲んでください!」

 アウレリオが久しぶりの冒険者仕事に出かけ、家を留守にしている間、住み込みでベアトリスの看病と身の回りの世話を行なっている。
 アウレリオに仕事を依頼したベラスコは、しっかりした人を派遣してくれたらしく、フィデリアの仕事ぶりにベアトリスは随分と助けられている。
 しかも、入手してくれる薬の効能もよく、フィデリアによって飲ませてもらったベアトリスは、すぐに痛みが引いて行った。

「もう死にたい……」

「駄目ですよ! そんなこと言ったら……」

 痛みが引いたベアトリスは、目に涙を浮かべて弱音を吐く。
 歩くことも出来ず、四六時中天井を眺めていることしかできない。
 時折来る痛みを恐れ、このようなことがいつまで続くのかという思いが沸き上がってくる。
 そのため、もういっそのことと思ってしまうのだろう。
 その思ってしまうのも仕方がないとは分かりながらも、フィデリアは一生懸命励まそうとする。

「きっともうすぐアウレリオさんが戻って来てくれますよ!」

 フィデリアもベラスコから説明を受けているので、夫のアウレリオがいま出かけている理由は知っている。
 元高ランク冒険者のアウレリオは、同じ町に住むものならば家庭の事情は知っており、愛妻家で有名になっている。
 懸命に奥さんの看病をし、治療法を見つけようと必死になっていることも知られている。
 昔、自分の夫の命を魔物から助けてもらったことのあるフィデリアは、いつかこの2人が報われる日が来るのを願っている。
 それと、夫の賛成もあって、今回この仕事を受けたのだった。

「あの人のためにも、もういいの……」

「ベアトリスさん……」

 その言葉に、フィデリアも目に涙が浮かんで来る。
 ベアトリスは、何も病による苦しみによって弱音を吐いているのではない。
 自分の病を治そうと懸命に頑張っているアウレリオに申し訳ないという思いが募って、心の防波堤が決壊したのかもしれない。
 夫を持つ身のフィデリアとしては、ベアトリスと同じ状況になった場合、自分もそう考えてしまうと共感する。






「そうか……」

 ベラスコは、フィデリアからベアトリスの状況報告を聞き、表情を暗くする。
 アウレリオは最後まで諦めたりはしないだろうが、ベアトリスの方はもう限界が来ているのかもしれない。

「どうしたらいいのでしょう?」

「こればかりは……」

 アウレリオを送り出してから、ベラスコの方も色々と動いた。
 ドロレス病の治療に効くエスペラスの実の入手ルートを探したり、手配書の男たちを探すのに諜報員や冒険者を手配した。
 しかし、エスペラスの実は貴重で、入手は困難。
 それでも、ちゃんと効能のある薬の、定期的な入手の手配はできたのだが、アウレリオとの約束の完治方法を見つけることはできなかった。
 やはり、エスペラスの実の大量入手しか方法はなさそうだ。
 フィデリアにベアトリスのことを相談されるが、病の方は安定させる事ならできるが、心の方はベラスコではどうしようもない。

「アウレリオさんは?」

「……依頼の件は失敗に終わったと報告があった」

「そんな……」

 キョエルタ村で、アウレリオが手配書の者たちを発見したらしい。
 しかしながら目標の捕獲は失敗。
 エルナンとプロスペロの2人組が、ベラスコの指示を無視して村で問題を起こしたことが原因だという風に聞いている。
 その2人は捕まったという話だが、こちらの指示を無視して邪魔をしたのだから、煮ようが焼こうが村人たちの好きにしてもらいたい。
 報酬となる物を用意できていないので、アウレリオの失敗は申し訳ないがこちらとしても助かったと言えなくもない。
 結局、アウレリオもベラスコも、現状を維持することしかできないという結果に終わるようだ。





「ベアトリス!!」

「……あなた?」

「アウレリオさん!?」

 町に帰ってきたアウレリオは、一目散に家へと戻った。
 最近では死ぬことしか考えられないでいたベアトリスも、嬉しそうな表情で帰ってきた夫を見て、意外そうに首を傾げる。
 フィデリアは急に帰ってきたアウレリオに驚いた。
 ベラスコから聞いたフィデリアと違い、ベアトリスは依頼の失敗のことは知らない。
 そのため、依頼が成功したのだろうと僅かに嬉しくなった。

「依頼は失敗したが、見てくれ! エスペラスの実がこんなに手に入ったんだ!」

「っ!?」

 自分が思ったのとは反対だったようだが、続いてアウレリオが出した袋の中身を見て、ベアトリスは目を見開く。
 貴重で手に入らないはずのエスペラスの実が、袋にぎっしり入っているではないか。

「これで助かるぞ!」

「……あぁ!! ……信じられない」

 症状を安定させるのに必要な一日一粒でも手に入れるのが困難なはずなのに、これだけ手に入るなんて信じられないと思うのは仕方がない。
 しかし、夢でないということを確信したベアトリスは、大粒の涙を流して喜んだ。
 それにつられるように、アウレリオも涙を浮かべて笑みを浮かべた。

「ぐすっ!」

 その2人のやり取りを側で見ていたフィデリアも、嬉しくなって泣き始める。

「アウレリオ!」

「ベラスコ……」

 アウレリオが帰って来たのが耳に入ったのだろう。
 ベラスコもここにやってきた。
 そして、アウレリオがエスペラスの実を大量に手に入れてきたことに、なんとなく違和感を覚え、外で話しをするように促した。
 それに素直に従い、アウレリオはベラスコと家から出た。

「今回の依頼の件は済まなかった」

「それは仕方ない。それよりも気になるのはあの量のエスペラスの実だ」

 依頼の失敗なんて、ベラスコにはもうどうでもよくなっている。
 それよりも、エスペラスの実の方が問題だ。

「どうやって手に入れたんだ?」

「たまたま知り合った冒険者と仲良くなってな。譲ってもらうことになったんだ」

 単刀直入に尋ねてきたベラスコに、アウレリオはこの時のために用意していた嘘をでっちあげる。
 ケイには感謝してもしきれない恩を受けた。
 素直に全てを話して追っ手の強化をされたら、ケイに申し訳ない。
 ベラスコには悪いが、今回はケイの方に味方させてもらう。

「そうか…………」

 ベラスコは、アウレリオの言葉にいまいち納得いっていないようだ。
 アウレリオの表情を見つめ、目が少し険しくなっている。

「ベラスコ!」

「んっ?」

「わざわざ俺に依頼を持ってきてくれてありがとな。お前が今回来てくれなければベアトリスを助けることはできなかった」

 嘘だとバレないか不安になったアウレリオは、空気を変えようと話し始める。
 言葉通り、アウレリオはケイにも感謝しているが、ベラスコにも感謝している。
 無理やりとは言っても、今回遠出したことが幸運を招き入れた。
 そうしなければ、このような結果にならなかっただろう。

「今度また依頼があったら来てくれ。今回のわびに報酬はいらないから」

「元SS《ダブル》にタダ働きさせられるなんて光栄だな。その時は頼むよ」

 ベラスコも報酬となる者を用意できなかった。
 それなのに感謝され、不思議に思う。
 しかし、そこは商人。
 アウレリオの感謝をあっさり受け入れたのだった。

「もういいから奥さんの所へ行ってやってやれ! フィデリアも今日で引き揚げさせる」

「あぁ……、じゃあな!」

 エスペラスの実も手に入ったことだし、一刻も早くベアトリスを治したいところだろう。
 身の回りの世話も必要ないだろうから、フィデリアもこれでお役御免だ。
 嘘を納得したかは分からないが、ベラスコがいいというのだからいいだろう。
 アウレリオはベラスコに手を振って、妻のもとへと足早に向かって行ったのだった。

「ハァ……、仕方ない。大人しく会長に叱られるか……」

 会長がケセランパサランを求めたが、結果は失敗に終わったようだ。
 首にまではならないだろうが、会長への信用は減った。
 しかし、アウレリオとベアトリスが幸せになれたのだ。
 今回は仕方ないとあきらめるしかない。

「……これは、ケセランパサランがアウレリオに幸運を与えたことになるのか?」

 弱くて見ることのできない魔物であるケセランパサラン。
 噂では、幸運を与えるというものがあった。
 アウレリオは姿を見たとのことだから、もしかしたらアウレリオに幸運を与えたのかもしれない。
 そんなことをふと思ったベラスコだった。



◆◆◆◆◆

「ようやく日向に行けるぞ!」

【ひゅうが! ひゅうが!】「ワンッ! ワンッ!」

 アウレリオが幸せを得ていたころ、ケイは次の町へと着いていた。
 旅の目的地である日向へ向かう船が出ている港町だ。
 客船の乗車券を購入したケイは、キュウとクウへ話しかける。
 それを聞いて、2匹の従魔は嬉しそうにはしゃいでいた。

「日本とどう違うのかな?」

【んっ? 二ホン?】

 ケイとしては、美花が行きたがっていた国というだけでも興味があったが、前世とのこともあって思わず呟く。
 聞きなれない言葉に、キュウは首を傾げる。

「いやっ、何でもない……」

 キュウになら、前世のことを言ったところで何とも思わないだろう。
 そのうち話すつもりだが、今は日向の国のことを考えたい。
 美花への思いと共に日向のことを遠くに見ながら、ケイはキュウたちと共に、定刻の客船へと乗り込んで行ったのだった。

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