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第11章

第287話

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 エべラルドの槍により、体に穴を開けたバレリオとハシントは地面へと崩れ落ちる。
 2人ともうつぶせの状態で動く気配がない。
 傷口からは血が溢れ出ており、地面の土に染み込んで行っている。

「すいません。隊長……」

 倒れて動かないバレリオに近付き、エべラルドは涙を流しながら謝罪の言葉を口にする。
 ハシントに勝つためには仕方が無いと割り切っていたつもりでいたが、やはり手に残る感触は後味が悪い。
 自分の実力・経験不足も改めて浮き彫りになった。
 訓練を怠ってきたつもりはないが、もっとしていればと悔しい気持ちが尽きない。

「…………ぐっ!」

「っ!?」

 バレリオのことを思って涙を流して下を向いていたエべラルドだったが、少し離れた所から僅かに聞こえた音に驚き、顔を上げる。
 そして、その音がした方へ目を向けると、目を見開いた。

「ぐっ!! おのれ!!」

「なっ!?」

 バレリオと共に仕留めたはずのハシントが、剣を支えにした状態でふらつきながらも立ち上がっていたのだ。
 綺麗な顔をしていたのに、血が混じった泥で顔が汚れており、怒りで満ち溢れているような表情をしている。
 その表情を見る限り、まだ生き残ることを諦めていないように見える。

「浅かったか!?」

 ハシントの腹からは血が流れ出てはいるが、急所を外れていたのかまだ戦う力が残っていそうな足取りだ。
 バレリオが命を投げ出して掴んだと思った勝利が、一気に水の泡になったような気分だ。

「……まさか……こんな策で来るなんて……」

「っ!?」

 ふらつく足取りのハシントは、口から血を流しながら左手をポケットの中へと伸ばす。
 体を壁にして、エべラルドからは陰になるようにした行動で見ることはできないが、何をしようとしているかはエベラルドにはすぐに理解できた。

「させるか!」

「ぐっ!? くっ!!」

 理解したと同時にエべラルドは攻撃にかかった。
 狙いはポケットに突っ込んだ左手。
 案の定、エべラルドが思っていた通り、ハシントの左手には回復薬のビンがあり、エべラルドの攻撃をあわてて躱したことによって、その瓶は地面へと落ちて割れ、中身の回復薬は地面へと流れでた。

「しつこい奴め! くらえ!!」

 エべラルドの攻撃を、フラフラしながらも何とか躱したハシント。
 出血からか顔色も良くなく、脂汗のようなものを掻いており、呼吸も乱れて苦しそうにしている。
 もう一押しと言う所まで追いつめていると判断したエべラルドは、一気にハシントへ迫り、止めとばかりに槍を上段に構えて振り下ろした。

「ニヤッ!」

「なっ!?」

 予想通りのエべラルドの攻撃に、ハシントは笑みを浮かべる。
 この一撃で仕留めることに意識が向いていたせいか、エべラルドの攻撃は大振りになっていた。
 ハシントは動けない訳ではなかった。
 もちろん怪我を負っているので、広範囲に移動できるという訳ではないが、少しの距離なら我慢すれば何とか動くことができる。
 動かないでいたのは、エべラルドがこのように大振りしてくると予想していたからだ。
 エべラルドでなく、バレリオが生き残っていればこんなことをしてくるとは考えなかっただろう。
 予想通りに大振りで攻撃をしてくれたエべラルドに、感謝の思いすら湧きながら、ハシントは降り落とされた槍を横に動いて回避した。

「だから青いんだよ!!」

「がっ!? うごっ!!」

 攻撃を躱したハシントは、そのままエべラルドを斬りつけようとした。
 しかし、腹の傷が足を思うように動かさない。
 仕方がないので、そのまま突きで首の動脈を狙う。
 その攻撃に、エべラルドは驚異的な反応を示す。
 右肩を上げて犠牲にすることで、首へと迫るハシントの剣を受け止めたのだ。
 痛みで顔が歪んだエべラルドに、ハシントは追撃を用意していた。
 その場で回転することで蹴りを放ち、エべラルドの脇腹を思いっきり蹴り飛ばしたのだ

「……くそっ!! 上手くカウンターを狙ったというのに、仕留められなかったか……」

 エべラルドに大ダメージを与えたというのに、ハシントの中では満足できなかった。
 この攻撃でエべラルドを倒すつもりでいたからだ。
 これ以上長引けば、本当に自分も出欠多量で死んでしまう。
 それが故の博打のような攻防だったのだ。

「だが、これで貴様の有利は失った」

「ぐっ!!」

 右手は肩をやられて動かない。
 蹴られたことにより、アバラは何本か完全に折れている。
 傷と骨折で違いはあるが、有利だった動きが体の痛みで鈍くなったのは、確かにハシントの言う通りだ。

「折角そのおっさんを犠牲にしたっていうのに……魔人族はお前のせいで負けるのだ!!」

「……俺のせい?」

「そうだ!!」

 もしかしたら、ハシントの言う通りかもしれない。
 自分が生き残らず、バレリオが生き残っていれば、焦った攻撃なんてすることは無かったはず。
 それどころか、迷いを持ったまま仕留めようとした自分とは違い、自分ごとしっかりと仕留めていたはずだ。
 やはり生き残るべきはバレリオだった。
 自分が殺され、ハシントが回復したら魔人の多くの仲間たちの命が失われるだろう。
 そうなるのは、彼をきちんと仕留めなかった自分のせいだ。
 それを理解した途端、エべラルドの戦うという気力がしぼみ始めた。

「ハッ!!」

「クッ!! 負けるか!! このまま何もせずに死んだら隊長に申し訳がない!!」

 気力の萎んだエべラルドにゆっくりと近付いたハシントは、跪いたままのエべラルドの脳天目掛けて剣を振り下ろした。
 剣が迫り来る中、エべラルドの脳裏にはバレリオの顔がよぎった。
 その瞬間、気力が元に戻り、左手で持った槍で必死に受け止めた。

「ぐっ!?」

「くっ!!」

 上から押しつぶすように力を加えるハシント。
 利き腕とは反対の手で、何とか剣が迫るのを我慢するエべラルド。
 どう考えてもハシントの方が有利。
 体重もかけて押し始めたハシントの剣が、ジワジワとエべラルドの首へと迫っていった。

「おのれ!! 大人しく斬られろ!!」

 さっき一度諦めたというのに、エべラルドがしぶとく耐えていることに腹が立ってきたハシントは、大きな声を吐き出す。
 そして、更に体重をかけ、剣が刺さるまであとほんの数センチという所まで迫った。

「貴様がな……」

「っ!?」

 この周辺に魔人も人族もいなかったはず。
 それなのに背後から聞こえた言葉に、ハシントは驚きと共に顔を向ける。
 そこには、顔を真っ青にした状態のバレリオが立ち上がって、剣を構えていた。
 しかも、もう攻撃の態勢に入っている。

「や、やめっ……」

 バレリオの剣が心臓を狙って突き進んでくる。
 それをやめろと言い切る前に、バレリオの剣はハシントの胸を刺し貫いた。
 剣が刺さったままのハシントからは力が抜け、そのままエべラルドの側へ崩れるように倒れて行った。
 刺した方のバレリオも、そのまま剣から手を放してうつ伏せに倒れた。

「……隊長!?」

「エべ……ラル…ド! 後は…任せた……」

 絶体絶命のピンチに、まさかバレリオに助けられるとは思ってもいなかったエべラルドは、2人が倒れたのの一瞬呆けてみてしまった。
 ハシントのことも気になるが、それよりもバレリオがまだ生きているということが大切だ。
 エべラルドがバレリオに声をかけると、バレリオは焦点の合わない状態で一言呟いて目を瞑った。

「隊長ーーー!!」

「はい! 退いた!」

 今度こそバレリオの命が尽きたと思ったエべラルドは、起こすようにバレリオの体を揺らそうと手を伸ばした。
 しかし、その瞬間首根っこを引かれ、動きが止まる。
 急に誰かが割って入って来たのだ。

「えっ? ケイ殿!?」

 その人間の顔を見て、エべラルドは驚きで涙が止まった。
 この付近にいるはずのないケイが、いつの間にか横に立っているのだ。

「戦いに参加をしないのでは?」

「戦いはしない。……が、回復役としては協力している」

 この戦いは魔人が人族を追い返すことが重要となっている。
 そのため、上陸してきた人族の者たちを倒すのが魔人たちの役割だ。
 エルフのケイが殲滅しても、他の国が魔人大陸への侵攻をしてくるかもしれない。
 他国の人族の侵攻をためらわせるためにも、魔人も強いということを示さないといけないのだ。
 なので、戦いに参戦するようなことはしない。
 かと言って、戦いの結果を見ずにエルフの国に帰る訳にもいかない。
 だったら、回復役をすることにしたのだ。
 これなら直接戦う訳でもないので、構わないだろうという考えだ。

「バリレオのことは任せておけ。お前は他の者と共に敵を1人でも倒せ」

「分かりました!!」

 エべラルドが泣き止むころには、回復薬とケイの魔法でバレリオの顔色が良くなり始めていた。
 一応傷も塞がっているので、出血死はギリギリまぬがれたといったところだろう。
 傷を負っているのはエべラルドも同じ。
 回復薬を幾つか渡し、肋骨の骨折を魔法で回復してやる。
 これでエべラルドはまだ戦うことができるだろう。
 にわか仕込みの魔闘術の使い手とは言っても、戦場では必要な存在。
 もうたいした時間使えるとは思わないが、きっとエべラルドが必要になるだろう。
 そのため、ケイは回復したエべラルドを、他の仲間の下へ向かわせたのだった。

「うっ…………おの……………れ……」

「……………………」

 ケイにけしかけられてこの場から駆け出していったエベラルドを見送り、治っても出血量からしばらく戦えないだろうと、バレリオを担いだケイは、転移をしてエナグアへ戻ろうとした。
 しかし、胸に剣が刺さっているというのに、ハシントが僅かに息をしていた。
 それを見て、ケイは無言で周囲をキョロキョロと眺める。

「っ!?」

 そして、周囲に誰もいないことを確認したケイは、ハシントの胸に刺さった剣を一気に引き抜いた。
 その瞬間、ハシントの胸からは一気に血が噴き出し、それが治まるのと同時にハシントの息も感じなくなった。

「さて、エナグアに戻ってバレリオを治さないと」

 さっきの周囲の確認は、エべラルドに参戦しないと言ってしまった手前、自分が止めを刺したら嘘を吐いた感じになりそうだと思ったからだ。
 そのため、誰も見ていないか確認したのだ。
 完全にハシントが死んだことを確認したケイは、担いだバレリオと共に今度こそその場から転移したのだった。

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