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2.眠れない美青年
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それから半年後の隣国、カルドリア王国にて。
とある侯爵家で開かれていた夜会に、フィオナは招待されていた――腕利きの占い師として。
カルドリア王国では、夜会で占い師を常駐させ、招待客の占いを行うことが最近流行しつつある。
この家の主人である侯爵は非常に金払いがよく、またちゃんとカードルームの一角に席を用意してくれるという厚遇ぶりだったので、実は二度目の招待を受けたのだ。
「水晶水晶、水晶よ。どうぞ悩めるこの方の道をお照らしください」
台詞は、三文芝居じみている。
が、オーソドックスな方が逆に真実味がある、はずだ、たぶん。
これまたいかにも占い師、のように、頭から布を被り、瞳だけを覗かせた彼女は、目の前においてある水晶に手をかざした。
「占い師様、いかがでしょう?」
目の前で、客であるちょびヒゲ紳士が勢い込んで尋ねてくる。彼は長年の想い人がいるのだが、その恋の道筋を占って欲しいと依頼してきたのだ。
「慌てないで――それでその方の触ったものをお持ちくださいましたか?」
「ええ、はい、このハンカチーフをその相手に貸したことがあります」
「ではお借り致します」
ちょびヒゲ紳士がおずおずと差し出した、なんの変哲もないまだ綿のハンカチーフをフィオナは受け取った。実はこれこそが重要で、水晶は飾りでしかない。
ふう、と息をつくと、フィオナはぐっと身体に力を入れて、手にしたハンカチーフに意識を向けた。途端にぶわっと見知らぬ光景が彼女の頭の中を過る。
情景がうっずらとぼやけ、薄いブルーがかるのが“成功”の証だ。
『これを使ってくれ』
手渡されたハンカチーフを見下ろした。大好きな、ずっと恋い慕っている彼のハンカチーフ。清潔に洗われていて、綺麗に畳まれている。ハンカチーフに顔を埋めて、匂いをかぎたいという衝動を我慢する。
『ありがとう』
視線を上げると、そこには微笑むちょびヒゲ紳士の姿が。
(ああ、この思いを伝えられたらいいのに)
そこでハンカチーフを持っている彼が視線を転じると、大鏡が目に入る。
大柄な自分と、ちょびヒゲ紳士の姿を目にして、内心ため息をつく。
(だが、僕が告白したら君とはもう友人ではいられないだろうから――)
フィオナが瞬くと、それらの光景はすべて脳裏からかき消え、それと同時に微かな頭痛がする。
(―――、なる、ほど……)
フィオナは呼吸を整えながら、再度水晶に手をかざす。
「貴方の想い人は、ダークブロンド色の髪の、青い瞳の方? 貴方と同じ年頃くらいの……、その……、男性の、方、でしょうか?」
貴族の世界では同性婚は歓迎されていないので、念の為に最後は小声で付け足した。
ちょびヒゲ紳士が、目を見開くと、ぶんぶんと頭を上下に振る。
「まちがい、ないです……っ!」
躊躇うことなく頷くこのちょびヒゲ紳士に、フィオナは好感を持った。
(本当にお好きなのね。こういう方たちには幸せになってほしいな)
「私は未来を視ることはできません。けれど、おそらく、ですが――お相手も貴方に好感を抱いていると思います。お互いに、憎からず思っているご様子。勇気を出して一歩踏み込むことをお勧め致します」
ぱああっと笑顔になったちょびヒゲ紳士に、フィオナはハンカチーフを返した。ちょびヒゲ紳士はそれをお守りのように大切そうにジャケットの内ポケットに仕舞う。
「ご武運を」
見送ると、それからもひっきりなしにやってくる客の“占い”に勤しむ。
しばらくすると、大広間でダンスが始まり、この部屋にも楽しげな音楽が流れてくる。どうやら今夜のメインイベントらしく、それに合わせてカードルームから一気に人がいなくなった。
夜も更けてきた。
今日はもう終わりでいいかもしれないと、片付けを始めることにする。
(ふう、疲れた)
席から立ち上がると、大きく伸びをした。
『ちから』を使いすぎると、さすがのフィオナも疲労を感じる。
疲労だけでなく、軽い頭痛が起こるのが常だった。
(でもお金には代えられないし――それに、これは"ひとのため”になるはず)
道筋に困った人たちのための、灯火。
フィオナはそっと右手の薬指にはめた金の指輪を触った。
(『ちから』を使っているけど……、でもこれなら、きっとママも許してくれるよね?)
そう、フィオナは――触ったものの残留思念を読み取ることができる、特殊な力持ちだった。神託は間違っていなかった。彼女は確かに聖女候補にふさわしかったのだ。
母が言った通り、初潮を迎えた頃に『ちから』は目覚めた。
が、大神官たちのあまりな態度に、フィオナは口を閉ざし、自衛のために“おとなしい性格”を演じることにした。自分の『ちから』を絶対に彼らに利用されたくなかったから。
彼らがフィオナの母親の願い通りに”ひとのため”に力を使うとは思えなかったからだ。フィオナをまるでゴミのように聖堂から追い出した彼らのことを思えば、自分の判断は間違っていなかったと今でも信じている。
(少なくとも今は私、“ひとのため”にちからを使っているもの)
これこそが後ろ盾もなにもないこの国で生きていく術として選んだ道だった。
(それに……もしかしたら、いつか、お父さんの手がかりが掴めるかもしれない)
一縷の望みではあるが、そのためには貴族社会の一端に属していたかった。
(さて、帰ろう)
水晶を鞄に仕舞うと、出口に向かって歩き始める。
(執事さんに声をかけて、今日の分の賃金をもらわなきゃ――っ、と……)
突然、扉が開き、黒髪の若い男性がよろよろと中に入ってきたかと思うと、その場に蹲った。身なりからして貴族のようだが、ぜいぜいと呼吸が荒い。
「わ、大丈夫ですか……? 何か私にできることはありませんか?」
見兼ねて声をかけると、青年は俯いたまま、何度か頷いた。
「すまない、見知らぬレディ。体調が急に悪化して……、今ならここに誰もいないと思ったんだが」
そう言って彼が勢いよく立ち上がり――おそらく目眩がしたのか、貧血か。ふらっと倒れかけたので、咄嗟に支えるべく懐に飛び込んだ。
「よろしかったら、私につかまってくだ――…ッ」
顔を上げて、言葉は途中で途切れた。
さらさらの黒い髪に、切れ長のヘイゼル色の瞳。
どこか淋しげでアンニュイな印象を与える美貌。
(顔が、いい……!)
そのあまりの端正な顔立ちに、一瞬だけ心の防御を緩めてしまった。すぐにふわりと霧がかかるかのように、見たことのない光景が脳裏に蘇る。
(ああ、これは……彼)
今まさに話した彼が、一人きりで部屋でぽつんと佇んでいる。
ソファに座り込み、頭を抱えている。置き時計の時間は、深夜三時をさしている。
『今日もまた眠れない――くそっ……!』
彼はワイングラスに手を伸ばして、一息に酒を煽った。
『酒すらも役にたたない、まったく……!』
彼は眠れていない。今日だけではなく、ずっと前から――そう、それは――……。
伝わってくるのは――圧倒的な寂しさ。
次の瞬間、青みがかった光景が消え去り、フィオナは瞬いた。
(この人、不眠症なんだわ……、あれ……?)
彼女は首を傾げる。
(さっきまでの頭痛がなくなった? どうして……、今、『ちから』を使ったはずなのに)
今まで人の体に触れて残留思念を読み取った経験がないわけではない。が、こんなことは初めてだった。頭痛がなくなっただけでなく、身体が軽くなったようにすら感じる。
そこで、唸るような声が頭上から振ってきて、フィオナは我に返った。
「なんの茶番だ?」
「茶番……?」
青年が、ぱっとフィオナを振り払った。
「君は、占い師だろう?」
「そうですけど?」
フィオナの装いを見たらわかるだろう。
「俺は、占い師を信頼していない」
「はぁ」
ぐぐっと彼が口元を引き締める。
「なのに……、今の……どうやって見せてきたんだ。一体どんなからくりなんだ!?」
(え!?)
フィオナはびっくりして、まじまじと青年を見つめた。一見すると美青年だが、よくよく間近でみると、目の下の隈が半端なく、顔色も悪くて不健康そうだった。
「も、もしかして……、今、貴方に何か視えたんです?」
「だからっ、言っただろ、昨夜の、俺の……」
そこで、青年は自分でもおかしなことを言っていると思ったのか、唐突に口をつぐんだ。
(こんなことは初めてだわ。一体、何がどうなっているのかしら)
誰かの身体に触り、そしてその相手も同じ映像を見たことなんで一度もない。フィオナは興味を惹かれて、彼に手を差し出した。
「な、なんだ?」
一歩後ずさった彼に、頼んでみることにする。
「一瞬で結構なので手を握ってもいいですか?」
「断る。輿入れ前の男女の触れ合いとしては相応しくない」
瞬殺された。
(真面目か)
それは貴族のルールであって、平民のルールではない。
そもそもお互いに薄い手袋を嵌めているのだから、たいした問題はないはずだ。
カードルームには他に誰もいないし、自分の知的好奇心を満たすことを優先したフィオナは、許可をとらないままに、彼の手を軽く握った。
(この人にはもう二度と会わないだろうし――それより、真実を知りたい)
「おい、やめろ――!」
ふわり、と浮遊感を感じた。
フィオナの側を誰かがばたばたっと走り抜けていく。
(小さい……、男の子?)
次の瞬間、目の前に広がっている光景は、立派なベッドに横たわった青白い顔色の男性とその男性の回りを取り囲むたくさんの人々。人々は手に何か白い紙のようなものを持っている。
『姉さん、だから私は姉さんと距離を置いていたんです』
弱々しい誰かの言葉。
『何を言ってるのよ、メイジャー。まだ若いのに貴方がそんな状況になってしまったのは、信心が足りてないからだと思うの。でも私に任せて。私がちゃんと正しい道に戻してあげるから』
どういうこと、と思ったその瞬間。
「いい加減に、しろっ……!」
ぱっと手を振り払われ、同時に映像が立ち消える。
今回の映像はかなり乱れていたし、時間も短かった。
そのせいなのか、それともそうではないのか――『ちから』をつかったあと特有の疲労や頭痛は起こらない。それはフィオナにとっては本当に初めての経験だった。
(理由はわからないけど、やっぱりこの男性が関係してる……?)
彼は先ほどよりももっと青ざめて、フィオナを信じられないとばかりに見つめていた。
「な、なんであの……ことを……?」
だが青年はそのままゆるゆると首を横に振る。フィオナとしても、『ちから』について言及するつもりはない。
「――少し身体が楽になっていませんか?」
青年が虚をつかれたような表情になった。
「え?」
「私も身体が楽になったので、そうだったらいいなと思いましたが、私の気のせいかも知れません」
青年の切れ長の瞳が見開かれる。その目の下の隈が少しだけ薄くなったように見えるのは、気のせいだろうか。彼の返答を待たずに、フィオナは肩をすくめた。
「では、私はここで帰宅しますので――どうぞお大事に。夜、少しでも眠れると良いですね」
フィオナは立ち尽くす青年を残してさっさとカードルームから退室した。
執事からお金をもらい、平民たちが多く住むエリアに借りたアパートメントに戻る。
――もう二度と会わないだろう、あの青年のことは、忘れることにした。
とある侯爵家で開かれていた夜会に、フィオナは招待されていた――腕利きの占い師として。
カルドリア王国では、夜会で占い師を常駐させ、招待客の占いを行うことが最近流行しつつある。
この家の主人である侯爵は非常に金払いがよく、またちゃんとカードルームの一角に席を用意してくれるという厚遇ぶりだったので、実は二度目の招待を受けたのだ。
「水晶水晶、水晶よ。どうぞ悩めるこの方の道をお照らしください」
台詞は、三文芝居じみている。
が、オーソドックスな方が逆に真実味がある、はずだ、たぶん。
これまたいかにも占い師、のように、頭から布を被り、瞳だけを覗かせた彼女は、目の前においてある水晶に手をかざした。
「占い師様、いかがでしょう?」
目の前で、客であるちょびヒゲ紳士が勢い込んで尋ねてくる。彼は長年の想い人がいるのだが、その恋の道筋を占って欲しいと依頼してきたのだ。
「慌てないで――それでその方の触ったものをお持ちくださいましたか?」
「ええ、はい、このハンカチーフをその相手に貸したことがあります」
「ではお借り致します」
ちょびヒゲ紳士がおずおずと差し出した、なんの変哲もないまだ綿のハンカチーフをフィオナは受け取った。実はこれこそが重要で、水晶は飾りでしかない。
ふう、と息をつくと、フィオナはぐっと身体に力を入れて、手にしたハンカチーフに意識を向けた。途端にぶわっと見知らぬ光景が彼女の頭の中を過る。
情景がうっずらとぼやけ、薄いブルーがかるのが“成功”の証だ。
『これを使ってくれ』
手渡されたハンカチーフを見下ろした。大好きな、ずっと恋い慕っている彼のハンカチーフ。清潔に洗われていて、綺麗に畳まれている。ハンカチーフに顔を埋めて、匂いをかぎたいという衝動を我慢する。
『ありがとう』
視線を上げると、そこには微笑むちょびヒゲ紳士の姿が。
(ああ、この思いを伝えられたらいいのに)
そこでハンカチーフを持っている彼が視線を転じると、大鏡が目に入る。
大柄な自分と、ちょびヒゲ紳士の姿を目にして、内心ため息をつく。
(だが、僕が告白したら君とはもう友人ではいられないだろうから――)
フィオナが瞬くと、それらの光景はすべて脳裏からかき消え、それと同時に微かな頭痛がする。
(―――、なる、ほど……)
フィオナは呼吸を整えながら、再度水晶に手をかざす。
「貴方の想い人は、ダークブロンド色の髪の、青い瞳の方? 貴方と同じ年頃くらいの……、その……、男性の、方、でしょうか?」
貴族の世界では同性婚は歓迎されていないので、念の為に最後は小声で付け足した。
ちょびヒゲ紳士が、目を見開くと、ぶんぶんと頭を上下に振る。
「まちがい、ないです……っ!」
躊躇うことなく頷くこのちょびヒゲ紳士に、フィオナは好感を持った。
(本当にお好きなのね。こういう方たちには幸せになってほしいな)
「私は未来を視ることはできません。けれど、おそらく、ですが――お相手も貴方に好感を抱いていると思います。お互いに、憎からず思っているご様子。勇気を出して一歩踏み込むことをお勧め致します」
ぱああっと笑顔になったちょびヒゲ紳士に、フィオナはハンカチーフを返した。ちょびヒゲ紳士はそれをお守りのように大切そうにジャケットの内ポケットに仕舞う。
「ご武運を」
見送ると、それからもひっきりなしにやってくる客の“占い”に勤しむ。
しばらくすると、大広間でダンスが始まり、この部屋にも楽しげな音楽が流れてくる。どうやら今夜のメインイベントらしく、それに合わせてカードルームから一気に人がいなくなった。
夜も更けてきた。
今日はもう終わりでいいかもしれないと、片付けを始めることにする。
(ふう、疲れた)
席から立ち上がると、大きく伸びをした。
『ちから』を使いすぎると、さすがのフィオナも疲労を感じる。
疲労だけでなく、軽い頭痛が起こるのが常だった。
(でもお金には代えられないし――それに、これは"ひとのため”になるはず)
道筋に困った人たちのための、灯火。
フィオナはそっと右手の薬指にはめた金の指輪を触った。
(『ちから』を使っているけど……、でもこれなら、きっとママも許してくれるよね?)
そう、フィオナは――触ったものの残留思念を読み取ることができる、特殊な力持ちだった。神託は間違っていなかった。彼女は確かに聖女候補にふさわしかったのだ。
母が言った通り、初潮を迎えた頃に『ちから』は目覚めた。
が、大神官たちのあまりな態度に、フィオナは口を閉ざし、自衛のために“おとなしい性格”を演じることにした。自分の『ちから』を絶対に彼らに利用されたくなかったから。
彼らがフィオナの母親の願い通りに”ひとのため”に力を使うとは思えなかったからだ。フィオナをまるでゴミのように聖堂から追い出した彼らのことを思えば、自分の判断は間違っていなかったと今でも信じている。
(少なくとも今は私、“ひとのため”にちからを使っているもの)
これこそが後ろ盾もなにもないこの国で生きていく術として選んだ道だった。
(それに……もしかしたら、いつか、お父さんの手がかりが掴めるかもしれない)
一縷の望みではあるが、そのためには貴族社会の一端に属していたかった。
(さて、帰ろう)
水晶を鞄に仕舞うと、出口に向かって歩き始める。
(執事さんに声をかけて、今日の分の賃金をもらわなきゃ――っ、と……)
突然、扉が開き、黒髪の若い男性がよろよろと中に入ってきたかと思うと、その場に蹲った。身なりからして貴族のようだが、ぜいぜいと呼吸が荒い。
「わ、大丈夫ですか……? 何か私にできることはありませんか?」
見兼ねて声をかけると、青年は俯いたまま、何度か頷いた。
「すまない、見知らぬレディ。体調が急に悪化して……、今ならここに誰もいないと思ったんだが」
そう言って彼が勢いよく立ち上がり――おそらく目眩がしたのか、貧血か。ふらっと倒れかけたので、咄嗟に支えるべく懐に飛び込んだ。
「よろしかったら、私につかまってくだ――…ッ」
顔を上げて、言葉は途中で途切れた。
さらさらの黒い髪に、切れ長のヘイゼル色の瞳。
どこか淋しげでアンニュイな印象を与える美貌。
(顔が、いい……!)
そのあまりの端正な顔立ちに、一瞬だけ心の防御を緩めてしまった。すぐにふわりと霧がかかるかのように、見たことのない光景が脳裏に蘇る。
(ああ、これは……彼)
今まさに話した彼が、一人きりで部屋でぽつんと佇んでいる。
ソファに座り込み、頭を抱えている。置き時計の時間は、深夜三時をさしている。
『今日もまた眠れない――くそっ……!』
彼はワイングラスに手を伸ばして、一息に酒を煽った。
『酒すらも役にたたない、まったく……!』
彼は眠れていない。今日だけではなく、ずっと前から――そう、それは――……。
伝わってくるのは――圧倒的な寂しさ。
次の瞬間、青みがかった光景が消え去り、フィオナは瞬いた。
(この人、不眠症なんだわ……、あれ……?)
彼女は首を傾げる。
(さっきまでの頭痛がなくなった? どうして……、今、『ちから』を使ったはずなのに)
今まで人の体に触れて残留思念を読み取った経験がないわけではない。が、こんなことは初めてだった。頭痛がなくなっただけでなく、身体が軽くなったようにすら感じる。
そこで、唸るような声が頭上から振ってきて、フィオナは我に返った。
「なんの茶番だ?」
「茶番……?」
青年が、ぱっとフィオナを振り払った。
「君は、占い師だろう?」
「そうですけど?」
フィオナの装いを見たらわかるだろう。
「俺は、占い師を信頼していない」
「はぁ」
ぐぐっと彼が口元を引き締める。
「なのに……、今の……どうやって見せてきたんだ。一体どんなからくりなんだ!?」
(え!?)
フィオナはびっくりして、まじまじと青年を見つめた。一見すると美青年だが、よくよく間近でみると、目の下の隈が半端なく、顔色も悪くて不健康そうだった。
「も、もしかして……、今、貴方に何か視えたんです?」
「だからっ、言っただろ、昨夜の、俺の……」
そこで、青年は自分でもおかしなことを言っていると思ったのか、唐突に口をつぐんだ。
(こんなことは初めてだわ。一体、何がどうなっているのかしら)
誰かの身体に触り、そしてその相手も同じ映像を見たことなんで一度もない。フィオナは興味を惹かれて、彼に手を差し出した。
「な、なんだ?」
一歩後ずさった彼に、頼んでみることにする。
「一瞬で結構なので手を握ってもいいですか?」
「断る。輿入れ前の男女の触れ合いとしては相応しくない」
瞬殺された。
(真面目か)
それは貴族のルールであって、平民のルールではない。
そもそもお互いに薄い手袋を嵌めているのだから、たいした問題はないはずだ。
カードルームには他に誰もいないし、自分の知的好奇心を満たすことを優先したフィオナは、許可をとらないままに、彼の手を軽く握った。
(この人にはもう二度と会わないだろうし――それより、真実を知りたい)
「おい、やめろ――!」
ふわり、と浮遊感を感じた。
フィオナの側を誰かがばたばたっと走り抜けていく。
(小さい……、男の子?)
次の瞬間、目の前に広がっている光景は、立派なベッドに横たわった青白い顔色の男性とその男性の回りを取り囲むたくさんの人々。人々は手に何か白い紙のようなものを持っている。
『姉さん、だから私は姉さんと距離を置いていたんです』
弱々しい誰かの言葉。
『何を言ってるのよ、メイジャー。まだ若いのに貴方がそんな状況になってしまったのは、信心が足りてないからだと思うの。でも私に任せて。私がちゃんと正しい道に戻してあげるから』
どういうこと、と思ったその瞬間。
「いい加減に、しろっ……!」
ぱっと手を振り払われ、同時に映像が立ち消える。
今回の映像はかなり乱れていたし、時間も短かった。
そのせいなのか、それともそうではないのか――『ちから』をつかったあと特有の疲労や頭痛は起こらない。それはフィオナにとっては本当に初めての経験だった。
(理由はわからないけど、やっぱりこの男性が関係してる……?)
彼は先ほどよりももっと青ざめて、フィオナを信じられないとばかりに見つめていた。
「な、なんであの……ことを……?」
だが青年はそのままゆるゆると首を横に振る。フィオナとしても、『ちから』について言及するつもりはない。
「――少し身体が楽になっていませんか?」
青年が虚をつかれたような表情になった。
「え?」
「私も身体が楽になったので、そうだったらいいなと思いましたが、私の気のせいかも知れません」
青年の切れ長の瞳が見開かれる。その目の下の隈が少しだけ薄くなったように見えるのは、気のせいだろうか。彼の返答を待たずに、フィオナは肩をすくめた。
「では、私はここで帰宅しますので――どうぞお大事に。夜、少しでも眠れると良いですね」
フィオナは立ち尽くす青年を残してさっさとカードルームから退室した。
執事からお金をもらい、平民たちが多く住むエリアに借りたアパートメントに戻る。
――もう二度と会わないだろう、あの青年のことは、忘れることにした。
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