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目覚め
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私はまだ、聖女としての誇りを捨てていない。
かつて、祈りが認められていたころには、何度も革命軍の解散を成功させてきた。
争いは何も生まない。平和的解決を重ねていくことでしか、権利は向上していかない。
……志願兵たちは、説得できるはずだ。誰も本当は、死にたくなんてないはず。
国に戻らずとも、どこかの村で農民として働き、平和な日々を――。
『……急に、どこかの国の兵が、若い女を出せって。武器を掲げてやってきたの』
やめろやめろ。今思い出す話じゃない。
心を落ち着けないと。
私は何度か深呼吸をした。
やがて、馬車の音が聞こえてきた。
西の方角から、兵が大勢こちらに向かっている。
百どころじゃない、その倍……。いや、二倍はいるかもしれない。
「……マルキ―。手出しは無用ですよ」
「わかってるって」
マルキ―が、私の後ろで、楽しそうにスキップをしている。
それを咎めることも、もはや無駄だと思った。今は目の前の兵たちから、目を逸らしてはいけない。
兵が……。ずらりと、門の前にいる私たちを囲むようにして、並んだ。
その中でも、白髪の目立つ、体の大きな兵が、こちらに向かってきた。おそらくこの兵をまとめるリーダーだ。その年齢のせいで、もう軍では用済みになったのだろう。
「私は、ゴーカモス・センザテラだ。魔王軍よ。今すぐ降伏せよ。さすれば命までは取らぬ」
「へんっ。誰がするもんですか。べーっ!」
「こら、マルキー……」
私はマルキ―を手で制した。
「貴様は、この城の王か?」
「違います。あの、私の話を聞いてくださいますか」
「なんだ」
「今すぐここを立ち去ってください。誰も血は見たくないはずです。私たちは攻撃を受けない限りは、何も行動しません」
「……おかしなことを言う魔族だ」
どうやらゴーカモスは、話が通じるタイプらしい。良かった。これなら――。
「だあああ!!!!」
そう思っていたら、いきなり一人の兵が、こちらに向かってきた。
そして、剣を振り降ろしてくる。私は思わず、魔法でその兵の動きを止めてしまった。
久々に使う魔法。この体の魔力を操りきれなかった私は……。
「がっ……。うっ」
動きを止めるだけのはずだったのに……。兵の命を奪ってしまった。
「おい!カンザがやられたぞ!?」
「てめぇ!よくもカンザを!!」
「殺せ!みんな行くぞ!」
兵たちが剣を掲げ、向かって来る。
嫌だ。殺したくない。
「来ないでください!お願いします!」
そう叫ぶだけで、風が巻き起こり、こちらに向かっていた、五十余りの兵が吹き飛んでしまった。
「すごーいカリアナ!さすが元聖女!」
私は手が震えた。どうして?私は平和的な解決を……。
「……抵抗する。それでよろしいかな?」
「違います!私は!」
あぁ、ダメだ。ゴーカモスの号令で、ついに残った全ての兵が、こちらに向かって侵攻を始めた。
……殺さないと。
「えっ……」
今、私は何を?
足元に、さきほど息の根まで止めてしまった兵が横たわっている。
生きているのか、死んでいるのか、わからないほど、綺麗な顔をしていた。
衝動的に、私はその顔面を殴りつけた。
衝動的に?
おかしい、おかしい。私は何をしてる?
「カリアナ、見て?」
いきなり、私の目の前に、鏡が差し出された。
そこに写る私は……。笑っている。
「違う、違う……」
「もう認めなよ。とっくに限界だったんだって。人間が憎くて憎くて仕方ない。殺したい。その長い爪で……。八つ裂きにしたい。そうでしょう?」
「嫌です、私は」
「今のカリアナは、魔族の体なんだよ?人間を殺したっていいじゃん。誰も中身が聖女なんて、気が付かないんだから」
その言葉を聞いて、私は急に体が軽くなった。
まさか、素直に受け止めようとしているのか?
もはや、理性は働かなかった。本能で、私は今、息をしている。
「うおおお!!覚悟ぉ!」
目の前に現れた兵。私は手を前に突き出し、彼の胸に爪を深く突き刺した。
「っ……!?」
兵は目を見開いた後、その場に倒れた。
「……ひ、ひ?」
声が漏れる。
体が言うことを聞かない。目に見える肉塊を、次々に裂いていく。赤色、赤色、段々視界がぼやけてきて、色しか認識できなくなっていく。
「……ぐぉっ」
「……?」
男の低い声を耳にして、私はようやく、正気に戻った。
「すごいすごい!カリアナ、本当に一人で倒しちゃった!」
後ろから、マルキーが拍手しながら、駆け寄ってくる。
そこら中に、死体が転がっていた。これ、全部私が……?
「……やった」
心に明かりが灯った気がした。
「やったああああああああ!!!!」
人生で出したことがないくらいの、大きな声。
これが本当に、私の声なのか。それすらも疑わしいほどの、獣のような、低い濁った音。
「手出しは無用って、こういうことだったんだね。カリアナ」
「マルキ―」
「ん?」
「……リブレル姫の命日は、まだ始まったばかりです」
「どういうこと?」
「多くの魔族が……。人間によって殺された。きっと、魔王軍にだって、英雄がいたはずです」
「う、うん」
「……私たちが、人間を攻める理由も、あるということです」
「……カリアナ?」
マルキ―が、抱き着いてきた。
「とりあえず、城に戻ろう?」
「そうですね……」
デリッサにも、報告しなければいけない。
魔王軍の兵として、働くことを決めたと。
かつて、祈りが認められていたころには、何度も革命軍の解散を成功させてきた。
争いは何も生まない。平和的解決を重ねていくことでしか、権利は向上していかない。
……志願兵たちは、説得できるはずだ。誰も本当は、死にたくなんてないはず。
国に戻らずとも、どこかの村で農民として働き、平和な日々を――。
『……急に、どこかの国の兵が、若い女を出せって。武器を掲げてやってきたの』
やめろやめろ。今思い出す話じゃない。
心を落ち着けないと。
私は何度か深呼吸をした。
やがて、馬車の音が聞こえてきた。
西の方角から、兵が大勢こちらに向かっている。
百どころじゃない、その倍……。いや、二倍はいるかもしれない。
「……マルキ―。手出しは無用ですよ」
「わかってるって」
マルキ―が、私の後ろで、楽しそうにスキップをしている。
それを咎めることも、もはや無駄だと思った。今は目の前の兵たちから、目を逸らしてはいけない。
兵が……。ずらりと、門の前にいる私たちを囲むようにして、並んだ。
その中でも、白髪の目立つ、体の大きな兵が、こちらに向かってきた。おそらくこの兵をまとめるリーダーだ。その年齢のせいで、もう軍では用済みになったのだろう。
「私は、ゴーカモス・センザテラだ。魔王軍よ。今すぐ降伏せよ。さすれば命までは取らぬ」
「へんっ。誰がするもんですか。べーっ!」
「こら、マルキー……」
私はマルキ―を手で制した。
「貴様は、この城の王か?」
「違います。あの、私の話を聞いてくださいますか」
「なんだ」
「今すぐここを立ち去ってください。誰も血は見たくないはずです。私たちは攻撃を受けない限りは、何も行動しません」
「……おかしなことを言う魔族だ」
どうやらゴーカモスは、話が通じるタイプらしい。良かった。これなら――。
「だあああ!!!!」
そう思っていたら、いきなり一人の兵が、こちらに向かってきた。
そして、剣を振り降ろしてくる。私は思わず、魔法でその兵の動きを止めてしまった。
久々に使う魔法。この体の魔力を操りきれなかった私は……。
「がっ……。うっ」
動きを止めるだけのはずだったのに……。兵の命を奪ってしまった。
「おい!カンザがやられたぞ!?」
「てめぇ!よくもカンザを!!」
「殺せ!みんな行くぞ!」
兵たちが剣を掲げ、向かって来る。
嫌だ。殺したくない。
「来ないでください!お願いします!」
そう叫ぶだけで、風が巻き起こり、こちらに向かっていた、五十余りの兵が吹き飛んでしまった。
「すごーいカリアナ!さすが元聖女!」
私は手が震えた。どうして?私は平和的な解決を……。
「……抵抗する。それでよろしいかな?」
「違います!私は!」
あぁ、ダメだ。ゴーカモスの号令で、ついに残った全ての兵が、こちらに向かって侵攻を始めた。
……殺さないと。
「えっ……」
今、私は何を?
足元に、さきほど息の根まで止めてしまった兵が横たわっている。
生きているのか、死んでいるのか、わからないほど、綺麗な顔をしていた。
衝動的に、私はその顔面を殴りつけた。
衝動的に?
おかしい、おかしい。私は何をしてる?
「カリアナ、見て?」
いきなり、私の目の前に、鏡が差し出された。
そこに写る私は……。笑っている。
「違う、違う……」
「もう認めなよ。とっくに限界だったんだって。人間が憎くて憎くて仕方ない。殺したい。その長い爪で……。八つ裂きにしたい。そうでしょう?」
「嫌です、私は」
「今のカリアナは、魔族の体なんだよ?人間を殺したっていいじゃん。誰も中身が聖女なんて、気が付かないんだから」
その言葉を聞いて、私は急に体が軽くなった。
まさか、素直に受け止めようとしているのか?
もはや、理性は働かなかった。本能で、私は今、息をしている。
「うおおお!!覚悟ぉ!」
目の前に現れた兵。私は手を前に突き出し、彼の胸に爪を深く突き刺した。
「っ……!?」
兵は目を見開いた後、その場に倒れた。
「……ひ、ひ?」
声が漏れる。
体が言うことを聞かない。目に見える肉塊を、次々に裂いていく。赤色、赤色、段々視界がぼやけてきて、色しか認識できなくなっていく。
「……ぐぉっ」
「……?」
男の低い声を耳にして、私はようやく、正気に戻った。
「すごいすごい!カリアナ、本当に一人で倒しちゃった!」
後ろから、マルキーが拍手しながら、駆け寄ってくる。
そこら中に、死体が転がっていた。これ、全部私が……?
「……やった」
心に明かりが灯った気がした。
「やったああああああああ!!!!」
人生で出したことがないくらいの、大きな声。
これが本当に、私の声なのか。それすらも疑わしいほどの、獣のような、低い濁った音。
「手出しは無用って、こういうことだったんだね。カリアナ」
「マルキ―」
「ん?」
「……リブレル姫の命日は、まだ始まったばかりです」
「どういうこと?」
「多くの魔族が……。人間によって殺された。きっと、魔王軍にだって、英雄がいたはずです」
「う、うん」
「……私たちが、人間を攻める理由も、あるということです」
「……カリアナ?」
マルキ―が、抱き着いてきた。
「とりあえず、城に戻ろう?」
「そうですね……」
デリッサにも、報告しなければいけない。
魔王軍の兵として、働くことを決めたと。
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