33 / 48
第二章:夏
11
しおりを挟む「見る順番とかあるんですか?」
「特にないかな。人それぞれ好きなように見てる」
「じゃあ、別行動にしませんか?雰囲気もわかったんで、私一人で大丈夫そうです」
明音は力強く頷き、小さなスケッチブックとボールペンを取り出した。
「それに勉強もしたくて、多分時間かかっちゃうので」
秀悟は明音がデザイン系の専門学校に通っていることを思い出し、頷く。
「うん、わかった。見終わったら、声かけるようにするよ」
「はい、ありがとうございます」
秀悟と明音はその場で別れ、展示室を好きに見て回る。
展示室の一番目立つ場所、芯と蓉の作品へと秀悟は近づく。やはり二人の作品の前には人が多い。人の流れを邪魔しないように、秀悟は作品の前に立った。
薄い緑のスモークツリーは柔らかく、爽やかな緑の雪柳の葉と茎が流れを作り、風が吹きぬけるようだ。スモークツリーと雪柳の間には白のカサブランカが大きく咲き誇る。三者三様の質感と形に、見る者の心を躍らせる仕上がりだ。また、ガラス花器が清涼感を与える。それが芯の作品だった。やはり安定感があり、いつものように秀悟は圧倒された。
次は隣にある蓉の作品だ。秀悟は深呼吸をして、蓉の生けた花に対峙する。
ダンチクの葉は左右に広がり、伸びやかに曲線を描く。その根元には、手まり咲になった紫陽花が薄く紫に色づいている。紫陽花は大きさが異なるものが三つ咲き、バランスよく生けられている。中段のブプレリュームが空間を緑で彩る。
今回は当たりの作品だという感覚があった。秀悟がどこか懐かしさを覚えたのは、紫陽花が椿と過ごした日のことを思い出させたからだった。また会えると思うと心が跳ね、秀悟は自然と頬が緩んだ。
その後、展示作品を一通り見終わった秀悟は、明音の姿を見つけ、声をかけた。明音はスケッチブックにペンを走らせていた。
「明音ちゃん、どう?」
「もう見終わります」
「勉強熱心だね」
「生け花のことはわからないんですけど、綺麗なものを見て、いい刺激になりました」
明音は答えながら、パラパラとスケッチブックを捲る。生け花作品が写実的に描かれ、さらにメモが書きこまれていた。目を輝かせた明音を見て、秀悟は楽しんでもらえたと安堵していた。
「そういえば、椿の作品はないんですかね?」
明音はスケッチブックをカバンに戻しながら秀悟に尋ねた。
「そういえば、見当たらなかったね」
生け花教室の生徒の作品はいくつか展示されていた。もしかするとスペースの関係で、椿の作品は展示されていないのかもしれない。もしくは、後期でされる可能性もある。
「体調のことがあるから、出品してないのかもしれませんね」
明音は残念そうな表情をした。体調とはもちろん発情期のことで、秀悟もそれを察する。せっかくの展示会に出品できないのは悔しいだろうと秀悟は椿の心境を慮った。
展示室を出た二人は、ロビーを並んで歩く。
「この後どうしよう?付き合わせちゃったし、お茶でも奢るよ」
秀悟の提案に、明音は一瞬喜んだが、すぐに我に帰る。推しの過剰摂取は身体に良くない。チケット代すら払っておらず、短い時間だったが秀悟と一緒にいれたのだから、さらに奢ってもらうなんて気が引ける。明音は首を横に振った。
応援ありがとうございます!
21
お気に入りに追加
84
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる