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5、ユーゴという少年

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「リリィちゃんはこっちに来たばかりなのかい? なら丁度この間から新しい演題をイリス劇団がやっているはずだよ。連れて行ってやったらどうだい?」

 不躾な視線の中から、一人の恰幅の良い女性が前にずずい、と姿を現した。メイドのものではないが、深い臙脂のエプロンドレスを身につけており、その手にはネギに見える野菜を持っている。
 そのネギをぐいぐいとユーゴの手に押しつけながら「採れたてだよ」という様子から、八百屋か農家なのかもしれなかった。

「いや、これから昼食をとりに行くところだ。他にも見せたいところがあってな、時間があったら寄ってみよう」

 やんわりとユーゴはそれを柔和な笑顔で押し返す。さすがにネギを抱えて町中を歩きたくはなかったのだろう。莉々子的には面白いのでユーゴが押し負けて受け取ったなら、喜び勇んでその背中にひもでもってくくりつけることもやぶさかではなかったが、残念ながらそうはならず、ネギは女性の手の中へと戻っていった。
 ちょっと残念に思いつつ、莉々子はそのネギを目線で追ってしまう。

「食事かい? ユーゴ様は外で食べることが多いねぇ。どうせなら、料理人の一人や二人でも雇ったらいいのに。わざわざ食べに外に出るのは面倒だろう」
「いや……、街の様子を見る口実にもなるしな」

 その善意の提案も、やはりやんわりと断るユーゴに、莉々子もネギの女性の意見に内心では同意していた。あの広い屋敷で一人も人を雇っていないというのはどう考えてもおかしい。実際に、屋敷の中はほこりまみれで到底手が行き届いているとは言えない状態なのだ。
 頑なに雇いたがらないのは、莉々子のことを召還した時にユーゴが念押しをするように言った『決して裏切らない味方』という言葉に何か関わりがあるのだろうか。

(裏切られたことでも実際にあるのだろうか……?)

「ああでも、最近はあまり外食をしてない様子だったねぇ。もしかしてリリィちゃんが作ってくれていたのかい?」

 その言葉に、莉々子の思考は遮られてしまった。どきん、と心臓が跳ねる。

「いえ……、あの、料理は苦手で……」

 自然と、言葉は蚊が鳴くような小さな声になった。
 内心ではあんな道具で料理なんて出来るわけがないとか、この世界の食材もよくわからないし、などと言い訳を大量に生産していたが、そんなことは当然言えるわけがない。
 気まずそうに黙り込む莉々子に「おやまぁ……」と女性は声を漏らす。それは若干の呆れを含んだ声音だった。

「リリィちゃんも苦手なのかい。ユーゴ様は言うまでもないし……。いままでは一体どうしてたんだい?」

 問われて、莉々子とユーゴは顔を見合わせた。
 次の瞬間、にっこりと微笑んで、2人同時に示し合わせた言葉を返す。

『母が作ってくれていたので』

「そうかい、それは難儀だねぇ。でもユーゴ様はともかく、女の子なんだからリリィちゃんは少し料理のお勉強をしてもいいんじゃないのかい?」

 嫁の引き取り手がなくなっちまうよ、というその言葉に、意外にも反論したのはユーゴのほうだった。

「いいんだ。リリィは嫁には行かないから」

 ぎょっと目をむいて莉々子は思わずユーゴをまじまじと見る。
 それが異世界人である莉々子を他所には出せないということや道具として手元に置いておきたいということを意図した発言なのは莉々子にとっては明白だったが、そんなことを言って良いのか、と驚く。
 それは明らかに、怪しい言葉ではないのか。
 しかし、莉々子の予想に反して、女性は快活に笑うと「ユーゴ様はおねぇちゃんっ子なのかい! 知らなかったよ!」と告げた。

「でも、いつかはお嫁にいかないと」
「いいや、不要だ。これは俺が養うからな」

 すましたユーゴのその言葉に、周囲からもどっ、と笑いが沸き立つ。

(そんな反応なのか)

 莉々子は呆然とその様を見やる。
 そうか、なるほど、考えてみればユーゴは13歳の少年。
 ちょっと際どい発言も、姉を思う寂しがり屋な少年の発言に取られることもあるのか。
 莉々子は戦慄する。
 何にって、ユーゴにだ。

(こいつ、自分の使い方をわかっていやがる……っ)

 どうやら目の前のこの悪魔は、幼い子どもである利点を存分に使い倒すつもりらしい。
 嫌だ、こんな13歳。
 はて、13歳といえば小学6年か、中学1年くらいのはずだ。
 その時分、莉々子はここまで計算高かっただろうか、どんな子どもだったろうか。

「行くぞ」

 自身の過去に思いを馳せていると、首輪のリードを引かれるように、飼い主から袖口を捕まれて引きづられた。
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