婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

佐原香奈

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liberty

ステラ様

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王城の謁見の間には、城中の護衛が集まってきていた。
狭いドアの前には王城の護衛が立ち塞がっている。


「フロージア、約束は守るものよね?」

「ステラ…」

「正直、フロージアよりフリードリヒの方が立ち回りは上手いわ。でもクロエを手に入れる為に頑張ったのですから、認めなくてはいけません。仕方がないから貴方を王と認めてあげる」



5年前、ダリアが相手にする程でもないゴミの様な姫を追い詰めていた時、ステラはイシュトハンの後継者として婚約者候補たちと顔合わせを重ねていた。


学園を卒業して一年後に慌ただしく見合いを始めたのは、フロージアがステラを選ばなかったからだ。
優しく穏やかな彼に惹かれる者は少なくなかった。
長年彼が婚約者候補を選ばなかったのは、幼い頃から一緒に過ごしたステラと心を通じ合わせていたからに他ならない。
恋人であったわけではないが、王太子候補として、イシュトハンの次期当主として、2人はお互いを高めていた。


フロージアが選んでくれるのなら、イシュトハンは妹に任せて妃になる覚悟は最初からしていた。
学園での成績、礼儀作法、ダンスに魔力、どれをとっても他の誰よりもプリンセスに選ばれるのに相応しいと自負する位の努力をしてきたし、それがこの国にとっても最善だろうと考えていた。


「イシュトハンの当主になる君を、私が欲しがることは罪だろう」


フロージアは、ステラがイシュトハンの当主となることを理由にステラの元を去った。
それまで婚約者を探すのはもう少し待って欲しいと、伝えてきていたのは他でもないフロージアだった。
それはステラを婚約者として迎えるべく手を回しているのだと思っていたが、そうではなかったらしい。

ステラは初めて自分のことを愚かだったと判断した。
彼はそれ程愛してはいなかったのだと理解するまでそう時間は掛からなかった。
デイヴィッドと出会った時、自分もそれ程フロージアを愛していた訳ではなかったのかもしれないと感じたのだから同罪かもしれない。


それでもフロージアの誠実さのかけらも感じない対応には納得がいかなかった。
ダリアが城の結界を壊し城中を焼き尽くし、この謁見の間に呼ばれ、今よりも強い結界を張るようにと命を受けた時には、デイヴィッドとはまだ出会っていなかった。



その時フロージアは私の肩を抱きながら言ったのだ。


「君まで巻き込んですまない」


屈辱的だった。自分の事を振った男の住む王城を護れと命令されたのだ。
それでもダリアのように暴れなかったのは、フロージアのこれまでの努力を認めていたからだ。
彼が国王となることに対してまで嫌悪感は抱けなかった。


「約束してフロージア、貴方が国王になった時、私をこの理不尽な任から下ろすと。私はもう貴方には関わりたくないの」


フロージアがステラに別れを告げたすぐ後から、侯爵家の女性を懇意にしていることは耳に入っていた。
その女がこの王城に頻繁に呼ばれていることも噂になっていた。


今思えばあの約束をした時には既にどこかでこうなる未来が見えていたのだ。
ステラはその後、イシュトハンの当主をクロエに譲ってクラーク公爵家へと嫁いだ。
当て付けのようだと思われたかもしれない。実際、当て付けだという想いも持っていた。


「さぁ陛下、今すぐに退位を発表しなさい。これは命令です」


デイヴィッドとの間には娘と息子が出来た。
その2人ともが高い魔力を持っていることは周知の事実。
今王家を掌握しなければ、今クロエを犠牲にしたら、同じ苦労をこの先ずっとさせることになる。


「本当に国を裏で操ろうと言うのか」


「貴方たちは間違えたのよ。あの時、私を妃にするべきだった」


自分の魔力が、この国を脅かす程だと言うことは充分に認識していた。しかし、それを隠していたのも事実。
そんなものがなくても、当たり前に選ばれると思っていたのだ。


「ステラ、あの時の事を恨んでいたのか」


フロージアは当たり前のように近づいて来る。
この部屋の中で唯一拘束されていない事で勘違いしているのだろうか。


「恨む?私はその間違いのおかげで幸せを手に入れた。私はデイヴィッドを愛しているし、2人で感謝しているくらいよ」


フロージアの後ろで束ねられた髪がパサリと落ちて、蜂蜜色の髪が彼の頬を隠した。


「じゃあなんでこんな事を」

フロージアは髪を切られても身動き一つしなかった。
ステラは座っていた椅子からそっと立ち上がると、口の中で呪文を唱え、フロージアを扉の前にいる護衛たちの集団の元へ投げ込む。


「私たちの尊厳を護るためです!クラーク公爵家はこの場を持って独立することも、ここに報告致します」


彼らは自分より力を持つものに対しての接し方を決定的に間違えた。
簡単に捻り潰せる相手に誠意ある対応をされなければ、忠誠心なんて生まれるはずもない事を考えもしなかったのだ。

独立の準備はもうずっと進めてきてた。
デイヴィッドが歪な力関係に対して、子供たちの将来に不安を覚えたからだ。


「クラーク公爵は承知しているのか!」


「はぁ…陛下、当たり前です。王国を潰さない事は慈悲です。イシュトハン家由来の者達への不可侵条約と陛下の退位を条件として、俗国として保護下に置きましょう。もし破ることがあれば、その玉座には私が座っているでしょうね」


「くっ…要求をのもう」


「陛下!」


「黙れ、他に方法はない」


そのまま国民に向けてクラーク公爵家が独立し、王国は事実上の従属国となる条約を結んだと発表した。
そして、陛下はこの場を持って退位し、略式ではあるがフロージアはその場で戴冠した。
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