婚約破棄のためなら逃走します〜魔力が強い私は魔王か聖女か〜

just married

レディ達の絶望

百合の花が優雅に咲き乱れるホールでの一角で、女性たちは厳重な警戒を敷いていた。


「まずいわ。この部屋じゃいくら防音魔法でもこの中に入られたら聞かれてしまう。集中できないわ」


時間が経ち、核心を聞いたクロエは、ドアの前に立つ侍従の目がふと気になった。
すぐに壁に控えている侍女と侍従を部屋から追い出すことにした。
そしてこの部屋に入れないように結界を張ったのだ。
さらに微かな声すらも聞かれない様にと、サリーの防音魔法も継続させる。



「クロエ様、かっこいいですわ！こんな話、聞かれたら顔を合わすことも出来なくなります。ハーベスト様達もいつ戻るかとドキドキしてましたが、これならより安心ですわ」


「これはイシュトハンの重大インシデント。慎重に事を進めねばなりませんものね」


4人は赤くなった顔を合わせながらしばらく見つめあった。
最初にクロエが沈黙を破る。


「それで、さっきの話は本当なの？子種で魔力を受け取るだなんて」

「はい。魔力を受け取るというか、混ざり合うというか、子種の分、女性の方がオーラの色は影響を受けやすいですが、男性もオーラの色に大きな影響を受けます」


マーベルは安心したのか、教科書を読む様にはっきりと答える。
しかし、クロエは返事が出来るほど理解出来ていなかった。


「混ざり合う？もっと詳しく教えてちょうだい。私たちの知識は噂話程度でしょう？結婚する前に知っておかなければならないと思っていても、中々情報は手に入りませんから、クロエ様だけでなく、私も知りたいことはたくさんありますの」

リリィはカップについた口紅をスルリと撫でて、ごく自然にナフキンで指を拭いた。
その指は少しだが震えている。


「リリィ様、ちょっとその前段階から私には疑問がいっぱいです。先に整理してもいいですか？」


クロエは焦る気持ちを隠しながら一つ一つ理解していくことにする。


「えっとまず、魔力の交換を意図的にするということではないのよね？」


クロエは唾液での魔力供給の混ざり合う感覚をもう一度思い出しながらマーベルに質問をしていく。


「そうでございます」

「では、では…夫婦が子作りをしているのかしていないのか、他者に丸わかりということですよね？」

「そうでございます」

「ではでは！？私とフリードが初夜を交わしていないことも家族は皆気付いていたということよね！？」



クロエは愕然として縋る様にマーベルの腕を掴む。


「やはり初夜を迎えていなかったのですね！？」


マーベルが答えに窮している間に、サリーが声を荒げた。


「その反応だと、意としていたわけではなさそうですわね」


リリィも熱った顔を覚ますために扇で仰ぎながらクロエを見る。


「何で誰も教えてくれないのよ…」


三人の視線を感じる余裕もなく、クロエは顔を両手で隠していた。
恥ずかしすぎて埋まりたい気分だ。


「幼い頃から察するものでしたから…それに、婚約者を選ぶ段階でも、オーラの色の近い相手を選んだりすれば、政略結婚で冷めた関係の相手でも社交界で生きていけるとか、そういう複雑なことも考えながら皆さん相手をお選びになるのが普通ですわ」

リリィの説明を受けて幾つか心当たりが浮かぶ。
クロエは衝撃的な事実をまだ受け入れられていなかった。


「でも…たしかに同じ様なオーラの色だったとしても、子作りが終われば夫婦はどうするのです？浮気する男達はどう誤魔化しているのですか？」


いくつもいくつも疑問が浮かんできていた。
当たり前に友人達がそんなことを考えていたなんて驚くと共に、自分がバイブルとしていた小説達は一体何だったのかと作者に問いたい気持ちだ。


「お茶会や夜会は、同じオーラを纏わないと社交界で不仲だと噂になりますので、皆さんキチンと対処しております。敢えて隠さない方もいらっしゃいますが、それは権力のあるごく一部の方です。浮気する男性の考えは計り知れませんが、亡くなった主人は堂々と相手の色を纏って帰ってきていました。娼館へ行かれる男性は、基本的に相手のオーラを確認すると聞きます」


マーベルが昔を思い出す様に目を伏せてから淡々と常識を教える。


「同じオーラの相手なら、浮気しても、娼館に行っていても私たちは気付けないでしょうか？」


サリーが不安そうに潤んだ目をマーベルに向ける。
それを聞いたクロエとリリィもマーベルに期待の視線向けていた。


「オーラだけでは難しいこともあると思います。残念ながらそれが現実ですが、オーラがなくても不審に思うことがあるはずです。目の前の相手を見ていれば、裏切りはすぐに気付けることでしょう」

「そうですか…不安になってきました…」
「わたくしも…いっそ独身でいようかと考えたところですわ…」

「私は一体これからどうすればいいのよ…」

三者三様の落ち込み方をしていると、間の悪いことに、男性達が結界にぶつかっただろう声が聞こえた。


3人は近くまた集まろうということで団結したあと、結界を解いた。


ようやく解放されたマーベルの手には、いつの間にか宝石が増えていたという。




男性が敵かの様に感じた女性達は、この後終始ピリピリとしており、男性達を虐めるような会話で八つ当たりをした。


「浮気をする様な男を引き当てたらどうします？」

クロエがチラリとフリードを見ながら話題に上げる。

「私なら徹底的な破滅をプレゼント致します。そして慰謝料をぶんどって別れますわ。そう思うと、家族にも予め伝えておいた方がいいでしょうか」

「あら、そうね。家族には味方になってもらわなければならないから、少しずつ刷り込んでおかないと、我慢しろなんて言われたら溜まったものじゃありませんもの。お兄様が浮気をしたなんて聞いた日には、公爵家の跡取りは私が奪い取りますわ！そんなクズがのうのうと家紋を名乗るのも許せませんもの。お兄様、そんなことがもしあれば廃嫡を覚悟なさってくださいませね」


「フリード、貴方はチリも残さず消え去るから遺書を書いておいた方がいいわ。なるべく早くね」


殺意すら感じる雰囲気に怖くなった男性達は、ティーカップに手をつけることすらも避けるほどだった。
マグシスもハーベストも、戸惑いながら2人をエスコートして帰った。


「さぁフリード、少しお話をしましょうか」


にっこりと笑ったクロエの笑顔が恐ろしすぎて、フリードは初めてクロエから逃げたいと思った。
転移が出来たら、きっとフリードは逃げ出していただろう。