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just married

初デート

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その日の晩、本邸へと帰っていたクロエが王都の屋敷に帰ると、執務机の上に手紙が置いてあった。


イシュトハン家の家紋が入った封蝋印だが、細かい部分が自分の使っているものと違う。
それはフリードのために新たに発注した封蝋印だった。



ーー明日、街に演劇を見に行こう。



メッセージカードの真ん中に几帳面に書かれた美しい文字が並んでいた。
今夜は絶対に寝室に行ってやるものか!と思っていたのに少し拍子抜けしてしまった。


思えばこれが初めての真面なデートの誘いだ。
気付けばあんなに意固地になっていた怒りが、少しだけ溶け出していた。



練習の成果を見せる時は今だと、引き出しにしまっておいた魔法陣の仕込まれた便箋を取り出すと、魔法で返事を書き、二つ隣のフリードの部屋へと転送した。
そのまま寝室の扉は開けず、自分だけのベッドへ横たわったが、夜遅くまで寝返りを打った。


ーーー早く朝になればいいのに


冷たい布団の中で無意識に何度も頭に思い浮かんでは消えて行った。
布団の中が冷たいだなんて感じたのは初めてで、眠れない理由を探しながら眠りについた。






***



その日、朝から朝食を共にしたフリードとの間には、不思議と嫌悪な雰囲気はなかった。

侍女に演劇に行くと伝えて準備をさせようとすると、休みだったはずのジェシーが態々転送装置で王都へと召喚されてきて、計画外に張り切ってメイクとドレスアップをさせられた。
クローゼットに眠っていたデイドレスを引っ張り出してきたようで、瞬く間に王都の部屋のクローゼットが潤ったのは言うまでもない。


「クロエ、準備は出来た?」


恥ずかしい程着飾ったので、ジェシーが扉を開けても暫く迎えに来たフリードと目を合わすことが出来ず、ドレスの裾を握りながら床ばかり見ていた。



「すごく綺麗だ」


二歩、三歩と近づいてくるフリードの気配に、クロエは顔を赤くする。
誰かと出掛けるためにドレスを選んだのも、化粧をしたのも初めてだったのだ。
夜会に出るためのドレスではなく、デートのためのデイドレスの出番が今まであったわけもなく、普段と違う自分に照れてしまう。


「あんまり褒めないで。こんな可愛いドレス、着たことないから恥ずかしい」


重ねられたレースと緩やかに広がる淡い色のシフォンスカート。
小説の中のヒロインが着るようなドレスを自分が着ているのが不思議だった。


「出掛けるのが嫌になるくらい可愛いよ?褒め言葉しか出てこないのは仕方ない」

「もうやめてってば」

フリードは裾を握っているクロエの腕ごと抱き締める。


「恥ずかしがってるクロエも含めて本当に可愛い」


フリードの甘い言葉を浴びながら、2人は馬車に乗って演劇を観覧した。


フリードの選んだのは甘い甘い貴族の恋愛物語で、戦争で引き裂かれそうになった2人に、クロエは胸がキュンと切なくなって、涙を流しながらハッピーエンドを迎えた。


フリードはそんなクロエの表情を何度もちらりと確認しては目を細めて手を握った。


「私、演劇は英雄が出てくる歴史物とか、宗教劇しか見たことがなかったの!恋愛ものが人気な理由がすごく分かった。あの俳優さんの姿絵を買って帰ろうかしら…あのヒロインの女優さんもすごく素敵だった。イシュトハンにもあの劇団を呼びたいわ」


目を輝かせて幕の閉じた舞台を見ているクロエは、久々の心が満たされる感覚に大満足していた。


「私はイシュトハンの劇場にも足を運んでみたいな。それに次はオペラに行くのもいいんじゃないか?」

「あぁいいわね。ゾクゾクする歌声を最後に聴いたのも一年も前だわ。歌劇場へオーケストラの講演にも行きたいわ」

「オーケストラか、いいね。王都だけじゃなく、各地のオーケストラの講演を見に行くのも楽しそうじゃないか?」

「いいわね!あぁ…なんだか久しぶりにピアノを弾きたくなってきちゃった」


座り続けて疲れたのか、クロエが伸びをするように背を逸らせて腕を前に伸ばす。


「午後からはクロエのピアノを聞こうかな。子供の頃以来聞いてないから楽しみだ」


フリードはクロエの逸らした背に腕を入れて、彼女を引き寄せて頬にキスをした。


その後街でランチを食べ、午後は屋敷に帰ってクロエがピアノを披露し、いつの間にかフリードがピアノを披露させられながらも、穏やかに2人の時間は終わりを迎えた。


その日の夜は、マトゥルス国の王家となったクラーク家で叙爵式の宴が予定されていた。
王国から献上された土地の分配先として、叙爵を受ける者の中に、ジュリアンも含まれている。
プロム以来顔を合わせていないジュリアンのことを考えると気持ちは少し沈んでいた。


さらに、ミーリン島の女王の滞在先が、クラーク家ではなく魔獣を隔離しているイシュトハンで決定され、これから慌ただしくなる。


「ミーリン島のことだけど、少し注意した方がいいと思っている」

「魔獣もいるから当然、良からぬことが起きないようにするつもりだけど?」



ジェシーにローブデコルテに着替えさせられ、髪を纏め上げられながら、クロエは鏡台を前にして書類に目を通していた。
その背後のソファでは、既に燕尾服に身を包んだフリードが同じく書類に目を通している。


「ミーリン島が海を隔てた先の三国によって魔獣を管理していると言う話だったが、神の国であるミーリン島について、あまりにも情報がないのが気になる」


「神の国だからこそではないの?」

ミーリン島は神の住まう島と言われる聖地として有名なところだ。
神話として語り継がれ、不可侵領域としての協定がされている、大陸でただ一つの安寧の地と言える。
イシュトハンはそれほど信心深い土地ではないが、それでもミーリン島を舞台にした宗教劇は教会で人気がある。


「魔獣のためとはいえ、三国に自治権があるかのような話に納得がいかないのが大きい。更に、ミーリン島は常に1番魔力がある者が王になる国だ。政治面は教会側が強く、当たり前に閉鎖的な考えのはずだ。他国に干渉されるのを容認するに至った経緯も明らかではないし、魔獣の件はどの国も知らされていないことだ」


「成程。三国の監視の元、魔獣を管理しているという話がそもそもおかしいと…まぁでも、何か企みがあるとしても、イシュトハンでは好きにはさせないわよ」


今はまだ母であるサリスがイシュトハン領全ての結界を張っている。
当日、イシュトハンの本邸にクロエが滞在すれば、何かあった場合も対処出来るはずだ。




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