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第一部

プロムナード準備

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 卒業式にパートナーは必要がない。だから私は王都のイシュトハン邸でドレスの準備をゆっくりと始めるところだった。


「ステラお嬢様、クラーク公爵がお越しになりました」

「ええっ!?」


 予定のない訪問者に驚き、私は手に持っていた宝石を落とした。


「危機一髪です!」


 ドレスにシワができないようにトルソーごと抱えてやって来た、朝からテンションの高いケアリーが、見事な前転を披露しながらその宝石をキャッチし、高く掲げた。まるで闘技場の勝者のようだ。


「ケアリーありがとう」

「いえ、この宝石がないと完成しませんので」


 ケアリーを立たせた後、私は急いで部屋を出る。


「デイヴィッド!急にどうしたの?まだ間に合うの?」

 朝の挨拶もなく階段を駆け下りながら話しかけるステラに、デイヴィッドは満面の笑みだ。


「どう?似合う?」


 デイヴィッドはアカデミックドレスと言われる黒に特徴的な白の刺繍の入ったガウンと、タッセルの付いた帽子姿で、誰が見てもアカデミーの卒業生だと気付く格好をしていた。昨年ステラが着たのも同じものだ。


「えぇ、とても似合うわ。これを見せに来てくれたの?」

「卒業式の最後はガウンを投げてしまうからね。見せるなら今じゃないとと思って」


 卒業式が終わると、生徒たちがガウンを空へ投げる風習がある。最近は帽子も空をクルクルと舞うと言うのもよく聞く話だった。確かに見れるチャンスは今しかない。


「デイヴィッドのガウン姿を見れて良かった。嬉しいわ」

「ステラに見せずに終わるなんて勿体無いと思って。節目のイベントも日々の日常も、全て共有したい」

「デイヴィッド…」


 私が絆されかけているのはデイヴィッドから感じる分かりやすい愛だった。言葉にして、態度にして、私を安心させてくれる。


「また着替えたら迎えにくる。ランチも期待していて」

「うん。デイヴィッド、卒業おめでとう」

「まだ式は終わってないから、後でもう一度言って欲しいな」


 デイヴィッドはわざわざ転送魔法の使える高位魔法師を連れてきていた。デイヴィッドをアカデミーに送り届けた魔法師は、トコトコと歩いて魔法省へ帰るようだ。なのでイシュトハンから馬車で送り届けた。相手を転送する魔法と、自分が転移する魔法、両方使える魔法使いは一人も存在しない。イシュトハン家のクロエを除いては…


「ステラ様ー!ドレスが待ってますよー!」


 二階から大きな声が玄関ホールに響く。きっと、ケアリーはこっそりとデイヴィッドのガウン姿を見ていたことだろう。まぁ先程の見事な前転へのご褒美と思えば気分は悪くない。今の所、ケアリーに不審な点はない。


「少し絞りますけど、下胸は残しますから!羊毛の柔らかさに合うように丸みのある胸に仕立てます」


 二人掛かりでコルセットの紐を引っ張られながら、私は目の前の柱にしがみついた。だが今までとは違い、コルセットはデコルテ側に押し上げるように胸を押しつぶすことはない。
 胸が大きくないことは自覚はあったが、丸みを作らなければないほどではないと言いたいが、これを言える状況ではない。フーフーと息を吐くのが精一杯だ。


「胸は丸くなるようにドレスに仕掛けがありますから、ドレスさえ着ればご理解いただけますから!ッ頑張ってくださいね!」


 私はウエストの圧迫感から声を出すことも出来なかった。


「よし!さすがステラ様です。よくお似合いで感動しています!」


 鏡を見ると、丸みを帯びた胸、くびれたウエスト、極端に膨れずともボリュームのあるスカートが、着るだけで最高級の女のように見せた。腰の位置も高く見え、横から見ても丸みがわかる胸は、普段の盛ったデコルテなんかよりも上品に感じた。


「とても良いわ」


「今回はコルセットから特注で作らせたのです。早く公爵様と並んだところを見たいですね」


 上半身の羊毛は重厚感があるのに、スカートはレースに刺繍を施してとても軽やかで重みを感じない。社交のないプロムではダンスを楽しむ時間が長いので、軽いドレスはとても助かる。


「髪とメイクは私たちが担当いたします」


 髪を纏め上げ、紅を引かれ、ネックレスにピアス、そしてステラカットの指輪をグローブの上から嵌めた。この石のいいところは、正面から近くで見ないと、その石の希少性に気が付かないことだ。


「公爵様がお越しになりました!」


 時間ピッタリにやってきたデイヴィッドは、ブルーグレーのスーツをクールに着こなし、いつもは横に流している髪をオールバックに固めて、バシッと決めて真っ赤な薔薇を抱えていた。


「ステラ嬢、再び会えて光栄です。とてもお美しいです」

「何よ私に?」


 薔薇の花束を受け取ったステラは思わず笑った。今日の主役はデイヴィッドなのに、ただのパートナーが薔薇をもらっても無意味だ。


「パートナーになってもらう女性に花も贈らない男は男じゃないと思って」

「過去の自分を悔いているの?」

「私は女性の口説き方をもっと勉強しておくべきだった」

「私で練習したらいいわ!一生懸命ね」

「毎日が本番だと本当に困るよ。オペラだってリハーサルがあるのに、人生のリハーサルがなんでないかな」

「薔薇はありがたくもらっておくわ。とてもいい香り。練習だからといいながら気軽に受け取らせて、実はそれが本番だったと言うのは不器用な男の子にキュンとする乙女小説の定番よ」

「流石に女性用小説は読んだことがない」

「守備範囲が狭いことが敗因のようね」


 本当にどうでもいいことを永遠と話すのが好きだ。貴族は目的の話題に持っていくためにとても遠回りして頭を使いながら話すのが常だけど、デイヴィッドとは、耳に口がついているかのように話ができる。これが私の素なのだと思った。
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