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第一部
クロエのいたずら
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柊の低木の上、白樺の木の間、クロエはまん丸に服を重ね着したまま、ハンモックで寝ていた。この地は魔法を使う人が極端に少なく、魔法にもほとんど頼らない生活をしていて興味深い。どの国でも平民の大半が他人のオーラすらも感じられないほど魔力は低いが、魔石を通して魔法を使っている。だが、このスノーランドは自ら火を起こし、日没と共に眠る。クロエはもう一度村の方へ行きたいなと考えながらうつらうつらと眠りに落ちようとしていた。
「クロエ嬢!クロエ嬢!」
クロエが周囲に張った結界を叩き壊すかの如く強い力で叩くのは、姉の婚約者であるデイヴィッドだった。
「公爵?どうしたんですか?気持ちよく寝ていたのに…」
寝不足のクロエは化粧もしていないため目をコシコシと擦りながら上体を起こした。
「こんな寒空の中寝ていたら死んでしまうだろう?侍女も連れずビックリした」
「あぁ…でも森に行くとは言いましたよ。何か問題でも?」
クロエの頭はまだフワフワと浮いて完全には戻ってきていなかった。無理やり起こされれば脳がついてこない。
「ステラのことも探してるんだが、一緒じゃないのか?」
「はい。一緒じゃないですよ。見ての通り」
クロエはハンモックに乗ったまま両手を広げて一人だとアピールした。それを見たデイヴィッドの顔はみるみる青くなる。
「ステラがどこに行くとか言っていたか?」
「あぁ、門番に聞いてみたらいいじゃないですか」
氷城の結界の出入り口を見張っている門番が全てを把握しているはず。クロエに聞くのはお門違いだった。
「ステラ嬢も外出した形跡はない」
「私もですね」
「そうだ」
「お姉様は静かなところで寝ているだけですよ」
クロエは自身の転移魔法で部屋から森に来たので、侍女は行き先を知っているが、門番は行き先を知らなかったはずだ。クロエはパフリと再び寝転がった。まだまだ眠い。
「どこにいるんだ?」
「安全な場所です」
「それはどこか教えることは出来ないと?」
「まぁ…そうですね」
クロエはまともに話すつもりは無さそうだった。いつもと違って笑顔一つ溢さず、デイヴィッドもこの子も魔術師らしい一面があるのかと背中にぞくりと悪寒が走った。その時、クロエは寝そべったまま右手を上げて指を鳴らした。それを認識する前にすでにデイヴィッドは倒れていた。
「デイヴィッド様!」
「痛いッ」
デイヴィッドが倒れたことで駆け寄ろうとした魔術師と騎士、それから侍従は次々に壁に激突して膝を付いた。
「何が起こっているの!?」
それを見ていた侍女は膝を震わせながらへたり込んだ。
次にデイヴィッドが目が覚めた時、氷城の自室で寝ていて、執事が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「ご主人様、お加減はいかがですか?」
デイヴィッドはその状況を理解するのに酷く時間がかかり、起き上がっても尚、返事出来ずにいた。
「少し身体が痛い…かな。何があった」
「先に目を覚ました者から聞いた話では、突然倒れられた後、目の前からご主人様が消えたと。恐らくこの部屋に転移させられたものと思われます。今の所、目を覚ました魔法師の中には転移させた記憶のあるものはおりません。医者の話では恐らく倒れた時の擦り傷はあるが、問題はないとのことでした」
「理解した。ステラとクロエ嬢はどこに?」
デイヴィッドはクロエが転移魔法を使えることを思い出してはいたが、他人を転移させられることを忘れていた。直前にクロエが転移魔法を使っていたので、自身と他人両方を転移させることが出来るという正しい認識に至らなかった。
しかし、少し遅れて状況から考えれば恐らくはクロエがここに転移させたのだろうという憶測に落ち着いた。転移魔法は予め訪れた場所へしか転移させられないと言う前提があるので、クロエが足を踏み入れていない自室にいたことは腑に落ちはしないが、状況を見ればそう考えるのが妥当だった。
「ステラ嬢は未だ不明です。お部屋も結界で固く閉ざされていますが、未だ物音もしないことから、恐らくいらっしゃらないのではと考えています。クロエ嬢はつい先程お部屋に戻られました」
「待て、今は何時だ?」
「お昼をだいぶ過ぎた頃ですが…昼食はお持ちしてもよろしいですか?」
クロエに会いに行ったのが昼前だったので、数刻眠りに落ちていたようだ。デイヴィッドは昼食は断り、その足で節々が痛む身体を不思議に思いながらクロエの部屋へと向かった。
「公爵、死んだ気分はどうでしたか?」
デイヴィッドがクロエの部屋をノックしようとすると、後ろから声を掛けられ、バッと振り返る。先程までは誰もいなかったはずだ。
「そんなに驚くことはないですよ。私が破った加護の魔法も防御魔法も、魔法師が掛け直したのでは?」
「よく知ってるいるな」
デイヴィッドはニコニコと笑っていたクロエとは別人のように表情もなく佇むクロエに、無意識に距離を置こうと足を後ろへと動かした。
「もちろんです。異国の地で加護の魔法も防御魔法もなく罠でもあれば当主を失うのですから。死人の公爵はどうしてこちらに?」
「ステラの居場所を教えてくれ」
「死人に居場所をどう教えればいいのか…助けられるんですか?死んだ人間が?」
「助けなければならない状況なのか!?」
デイヴィッドは距離を取ろうとしていたはずが、焦ったようにクロエに詰め寄ったが、無闇にクロエを掴みかかるようなことはしなかった。デイヴィッドの声を聞いた騎士達が階段下から様子をのぞいているのをクロエは横目で確認した。
「頼む。この極寒の地でステラの安否も分からないんじゃ困るんだ」
「困る必要はありません。それは生者の特権ですよ?死んだ者には何も出来ないんです」
「クロエ嬢、私はこうして生きている」
デイヴィッドはクロエの目線に合わせるように身をかがませて、暗く揺らぐクロエを見たが、クロエはピクリとも反応しなかった。
「クロエ嬢!クロエ嬢!」
クロエが周囲に張った結界を叩き壊すかの如く強い力で叩くのは、姉の婚約者であるデイヴィッドだった。
「公爵?どうしたんですか?気持ちよく寝ていたのに…」
寝不足のクロエは化粧もしていないため目をコシコシと擦りながら上体を起こした。
「こんな寒空の中寝ていたら死んでしまうだろう?侍女も連れずビックリした」
「あぁ…でも森に行くとは言いましたよ。何か問題でも?」
クロエの頭はまだフワフワと浮いて完全には戻ってきていなかった。無理やり起こされれば脳がついてこない。
「ステラのことも探してるんだが、一緒じゃないのか?」
「はい。一緒じゃないですよ。見ての通り」
クロエはハンモックに乗ったまま両手を広げて一人だとアピールした。それを見たデイヴィッドの顔はみるみる青くなる。
「ステラがどこに行くとか言っていたか?」
「あぁ、門番に聞いてみたらいいじゃないですか」
氷城の結界の出入り口を見張っている門番が全てを把握しているはず。クロエに聞くのはお門違いだった。
「ステラ嬢も外出した形跡はない」
「私もですね」
「そうだ」
「お姉様は静かなところで寝ているだけですよ」
クロエは自身の転移魔法で部屋から森に来たので、侍女は行き先を知っているが、門番は行き先を知らなかったはずだ。クロエはパフリと再び寝転がった。まだまだ眠い。
「どこにいるんだ?」
「安全な場所です」
「それはどこか教えることは出来ないと?」
「まぁ…そうですね」
クロエはまともに話すつもりは無さそうだった。いつもと違って笑顔一つ溢さず、デイヴィッドもこの子も魔術師らしい一面があるのかと背中にぞくりと悪寒が走った。その時、クロエは寝そべったまま右手を上げて指を鳴らした。それを認識する前にすでにデイヴィッドは倒れていた。
「デイヴィッド様!」
「痛いッ」
デイヴィッドが倒れたことで駆け寄ろうとした魔術師と騎士、それから侍従は次々に壁に激突して膝を付いた。
「何が起こっているの!?」
それを見ていた侍女は膝を震わせながらへたり込んだ。
次にデイヴィッドが目が覚めた時、氷城の自室で寝ていて、執事が心配そうに顔を覗き込んでいた。
「ご主人様、お加減はいかがですか?」
デイヴィッドはその状況を理解するのに酷く時間がかかり、起き上がっても尚、返事出来ずにいた。
「少し身体が痛い…かな。何があった」
「先に目を覚ました者から聞いた話では、突然倒れられた後、目の前からご主人様が消えたと。恐らくこの部屋に転移させられたものと思われます。今の所、目を覚ました魔法師の中には転移させた記憶のあるものはおりません。医者の話では恐らく倒れた時の擦り傷はあるが、問題はないとのことでした」
「理解した。ステラとクロエ嬢はどこに?」
デイヴィッドはクロエが転移魔法を使えることを思い出してはいたが、他人を転移させられることを忘れていた。直前にクロエが転移魔法を使っていたので、自身と他人両方を転移させることが出来るという正しい認識に至らなかった。
しかし、少し遅れて状況から考えれば恐らくはクロエがここに転移させたのだろうという憶測に落ち着いた。転移魔法は予め訪れた場所へしか転移させられないと言う前提があるので、クロエが足を踏み入れていない自室にいたことは腑に落ちはしないが、状況を見ればそう考えるのが妥当だった。
「ステラ嬢は未だ不明です。お部屋も結界で固く閉ざされていますが、未だ物音もしないことから、恐らくいらっしゃらないのではと考えています。クロエ嬢はつい先程お部屋に戻られました」
「待て、今は何時だ?」
「お昼をだいぶ過ぎた頃ですが…昼食はお持ちしてもよろしいですか?」
クロエに会いに行ったのが昼前だったので、数刻眠りに落ちていたようだ。デイヴィッドは昼食は断り、その足で節々が痛む身体を不思議に思いながらクロエの部屋へと向かった。
「公爵、死んだ気分はどうでしたか?」
デイヴィッドがクロエの部屋をノックしようとすると、後ろから声を掛けられ、バッと振り返る。先程までは誰もいなかったはずだ。
「そんなに驚くことはないですよ。私が破った加護の魔法も防御魔法も、魔法師が掛け直したのでは?」
「よく知ってるいるな」
デイヴィッドはニコニコと笑っていたクロエとは別人のように表情もなく佇むクロエに、無意識に距離を置こうと足を後ろへと動かした。
「もちろんです。異国の地で加護の魔法も防御魔法もなく罠でもあれば当主を失うのですから。死人の公爵はどうしてこちらに?」
「ステラの居場所を教えてくれ」
「死人に居場所をどう教えればいいのか…助けられるんですか?死んだ人間が?」
「助けなければならない状況なのか!?」
デイヴィッドは距離を取ろうとしていたはずが、焦ったようにクロエに詰め寄ったが、無闇にクロエを掴みかかるようなことはしなかった。デイヴィッドの声を聞いた騎士達が階段下から様子をのぞいているのをクロエは横目で確認した。
「頼む。この極寒の地でステラの安否も分からないんじゃ困るんだ」
「困る必要はありません。それは生者の特権ですよ?死んだ者には何も出来ないんです」
「クロエ嬢、私はこうして生きている」
デイヴィッドはクロエの目線に合わせるように身をかがませて、暗く揺らぐクロエを見たが、クロエはピクリとも反応しなかった。
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