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第一部
観性の違い
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「?あの時あの瞬間、公爵は死んだじゃないですか。反撃する間もなく、一瞬でもう一度死にますか?今度は本気で」
クロエはパチンと指を鳴らすとデイヴィッドは廊下の壁に磔にされた。首、手首、胴、足首と四箇所が拘束されている。
「呪文も唱えないと言うのはただの噂ではなかったんだな」
「指を鳴らしたのはサービスです。指を鳴らさなくても呪文を唱えなくても魔法は使えます。ほらこうやって」
クロエが手のひらを前に出すと、炎が揺らめいた。大きくなったり小さくなったり、火力も自由自在なようだ。
デイヴィッドはどうしてこうなったのか理解が出来なかった。ステラにしてもそうだ。敢えて魔力を消費しなくてもいいように魔法師を雇っている。それは一般的なことで何も間違いではない。
「分かった。分かったから、なぜ怒っているのか先に説明をしてくれ」
デイヴィッドはベッケルン教会本部が消滅した事件を思い出した。表では教会内での内部紛争によって崩壊したとなっているが、貴族達の間では、イシュトハンの末娘クロエが手を出したことは暗黙の了解として知れ渡っている。彼女が本気を出さずとも、人一人を消し去ることは簡単なことだ。
「ええっ!?ここまでしてまだ分からないんですか??」
「いや全く」
クロエが呆れたと言うよりは驚いたように磔にされたデイヴィッドを見た。その目は年上の男性を見る目には見えなかった。
「一つ提案があります」
「なんだ?」
「姉様とは別れた方がいいです。公爵が理解できなければ、多分二人ともすぐに死にます。そんなことになったら、私はどうやってもクラーク家を潰すと思うんですよね…」
「だから今のうちに別れて欲しいです」とクロエはデイヴィッドに笑いかけ、デイヴィッドはますます理解し難いと顔を歪めた。
デイヴィッドの顔を見て、「分かりました…分かりましたよ…」とクロエは話をすることに決めた。遠回しに言っても、根本を理解していない人には何も通じない。通じなければ全てが無意味だった。
魔力が強いと知れ渡っているイシュトハン家の者を殺すには、その辺の魔法師を雇うことはない。遠い異国の魔法師を雇ってでも魔力の強い暗殺者を使う。だから今のイシュトハンは自分の身は自分で守ることを教育されている。自分たち以外では自分を守れる人は存在しない。
王家への暗殺より骨が折れるのがイシュトハン家への暗殺だという事実。防御を怠ればその瞬間に命は絶たれ、死ねば公爵はステラを守ることは出来ない。
クロエは雇った魔法師の中に敵がいるかもしれない想定をしたのか?とデイヴィッドに詰め寄り、ステラの部屋に入れない時点で、クロエに求めなければならなかったのは、安全の確保と、ステラの安全確認への協力だったと説教をした。年齢も立場もプライドも関係なく、死なせない最大限の方法を常に選択出来ないようなら、不幸な結末になるだけだ。
「ここにイシュトハン戦記があります」
クロエはデイヴィッドの目の前で、もう一度指を鳴らすと、その手に一冊の本が現れる。デイヴィッドはまるでおとぎ話の中にいるような錯覚を覚えた。呪文を唱えなければ魔法は使えない。その常識すらも目の前から崩れ落ちていく。それが目の前のクロエだった。
「今日はこれを読み終わるまで食事は抜きです。読み終わるまで部屋から出てこないでください」
次の瞬間には、拘束されていたデイヴィッドは自らの部屋で座っていた。そして、その膝の上に、ポンと先程クロエが持っていた本が降ってくる。
「陛下がクロエ嬢にこだわる理由が分かる…」
デイヴィッドは大人しく目の前のイシュトハン戦記を読み始めた。イシュトハンは徹底的な防衛力で領地を守ってきた歴史がある。イシュトハンの騎士団は魔法騎士はとても少ないと聞く。実力で言えば王立騎士団とは比べ物にならないというが、団結力と防衛戦略に長け、他者の侵略に落ちることはなかった。
「ご主人様…大丈夫ですか?」
滅多にお目にかかることはない本を夢中になって読んでしまっていたデイヴィッドはノックの音で我に返った。
「あぁ、大丈夫だ。本を読み終わったら声をかけるよ」
執事は主人の部屋に入るのにノックはしない。ならば、部屋に入れない事情があったのだ。
「いえ、ステラ様はお部屋でお休みになっておいでだったようです。そのご報告です」
「分かった。疲れているのだろう。ゆっくり休むことが出来るようにしてくれ」
「承知いたしました」
デイヴィッドはそっとドアノブに触れた。しかし、ノブを回してもドアは開くことはない。
クロエ嬢が閉じ込めたのだろう。しかし、ステラが無事ならばそれでいい。デイヴィッドは再び本を開いた。
◇ ◇ ◇
「もう読み終わったのですか?」
パタンと本を閉じたタイミングで、クロエがデイヴィッドの部屋に現れた。やはりこの部屋に転移してくることが出来るのかと、目の前に突きつけられた現実を受け止めるしかなかった。転移に必要なマーキングはいつしたんだと考えるのは無駄なことだとすぐに思い至る。
「見ていたようにいいタイミングだ」
「見ていたのだから当たり前です」
どうやって…そう言おうとしたが、それも話の本筋から外れてしまうと思えば口から出てくることもなかった。
「分かった。降参する。ステラに気を使うあまりに彼女を危険な状況に追い込んでいたと認める。それにクロエ嬢も、危険な状況に晒していてすまなかった。もし許してくれるなら、帰国までの滞在中の防衛系全般のアドバイスをくれないか?」
武力での攻撃には騎士で事足りることだろう。何百人と束でかかって来られた時は転移魔法がある。しかし魔力攻撃に対しては一定のリスクの低減策しかとっていない。どうしたって回避出来ない状況はあるだろうが、イシュトハン戦記を読んだ後では不十分だったと認めざるを得ない。
難攻不落のイシュトハンは、大魔法師級との戦いを何度も余儀なくされた。イシュトハンを襲う相手はピンからキリまでいろいろあるが、一つ大事なことは、いつ襲われるかわからない、実力も測りようがない相手には、常に最大級の警戒をするべきだと書かれていた。
魔法攻撃では初手で全てが決まる。無警戒のところに最大の魔法を打ち込む。それが何よりも勝率が高い。だから、防衛の基本は平常時の防衛を高めることだ。そう書かれていた。実際、イシュトハンでは筆頭魔術師として活躍したステラ達の母サリスが防衛の全てを請け負っている。
大きな魔力を持っているからこそ、多くの上級魔法師のように冷酷な一面を持っている。いや、イシュトハンの三姉妹のように、まるで感情を抑えている様子すら見せない者は他にいないかもしれない。
ステラも笑顔は見せるが、社交界では表情が読み辛い魔法師そのものだと言われていたのを思い出した。
イシュトハンは普通が通用するような家ではなかったということだ。
「合格を与えてもいいでしょう」
そうしてデイヴィッドはクロエと一緒に部屋を出た。安心したらお腹が空いた。
「えっ!デイヴィッド生きてたの!?てっきりクロエが殺ってしまったのかと…」
ダイニングではステラが山盛りの葡萄を口に運んでいるところだった。魔力補充のために食べているのだろう。
「私が死んでも悲しんでくれないということはわかった…」
「いや…そういうわけじゃないけど、クロエが変なこと言うから…これは殺したに違いないとたった今結論を出したところで…つい勘違いを…ごめんなさい」
魔力が多い者はどうしたって死生観が歪むと、授業でも習う。平民の死生観と貴族の死生観、そして魔法師の死生観は全く異なるのだ。
人は簡単に死ぬ。少し力を間違っただけで相手を殺してしまう。デイヴィッドがステラを真に理解できる日は来ないだろう。ただ、理解する努力はしたいと、ステラの気まずそうな顔を見ながらデイヴィッドは思った。
クロエはパチンと指を鳴らすとデイヴィッドは廊下の壁に磔にされた。首、手首、胴、足首と四箇所が拘束されている。
「呪文も唱えないと言うのはただの噂ではなかったんだな」
「指を鳴らしたのはサービスです。指を鳴らさなくても呪文を唱えなくても魔法は使えます。ほらこうやって」
クロエが手のひらを前に出すと、炎が揺らめいた。大きくなったり小さくなったり、火力も自由自在なようだ。
デイヴィッドはどうしてこうなったのか理解が出来なかった。ステラにしてもそうだ。敢えて魔力を消費しなくてもいいように魔法師を雇っている。それは一般的なことで何も間違いではない。
「分かった。分かったから、なぜ怒っているのか先に説明をしてくれ」
デイヴィッドはベッケルン教会本部が消滅した事件を思い出した。表では教会内での内部紛争によって崩壊したとなっているが、貴族達の間では、イシュトハンの末娘クロエが手を出したことは暗黙の了解として知れ渡っている。彼女が本気を出さずとも、人一人を消し去ることは簡単なことだ。
「ええっ!?ここまでしてまだ分からないんですか??」
「いや全く」
クロエが呆れたと言うよりは驚いたように磔にされたデイヴィッドを見た。その目は年上の男性を見る目には見えなかった。
「一つ提案があります」
「なんだ?」
「姉様とは別れた方がいいです。公爵が理解できなければ、多分二人ともすぐに死にます。そんなことになったら、私はどうやってもクラーク家を潰すと思うんですよね…」
「だから今のうちに別れて欲しいです」とクロエはデイヴィッドに笑いかけ、デイヴィッドはますます理解し難いと顔を歪めた。
デイヴィッドの顔を見て、「分かりました…分かりましたよ…」とクロエは話をすることに決めた。遠回しに言っても、根本を理解していない人には何も通じない。通じなければ全てが無意味だった。
魔力が強いと知れ渡っているイシュトハン家の者を殺すには、その辺の魔法師を雇うことはない。遠い異国の魔法師を雇ってでも魔力の強い暗殺者を使う。だから今のイシュトハンは自分の身は自分で守ることを教育されている。自分たち以外では自分を守れる人は存在しない。
王家への暗殺より骨が折れるのがイシュトハン家への暗殺だという事実。防御を怠ればその瞬間に命は絶たれ、死ねば公爵はステラを守ることは出来ない。
クロエは雇った魔法師の中に敵がいるかもしれない想定をしたのか?とデイヴィッドに詰め寄り、ステラの部屋に入れない時点で、クロエに求めなければならなかったのは、安全の確保と、ステラの安全確認への協力だったと説教をした。年齢も立場もプライドも関係なく、死なせない最大限の方法を常に選択出来ないようなら、不幸な結末になるだけだ。
「ここにイシュトハン戦記があります」
クロエはデイヴィッドの目の前で、もう一度指を鳴らすと、その手に一冊の本が現れる。デイヴィッドはまるでおとぎ話の中にいるような錯覚を覚えた。呪文を唱えなければ魔法は使えない。その常識すらも目の前から崩れ落ちていく。それが目の前のクロエだった。
「今日はこれを読み終わるまで食事は抜きです。読み終わるまで部屋から出てこないでください」
次の瞬間には、拘束されていたデイヴィッドは自らの部屋で座っていた。そして、その膝の上に、ポンと先程クロエが持っていた本が降ってくる。
「陛下がクロエ嬢にこだわる理由が分かる…」
デイヴィッドは大人しく目の前のイシュトハン戦記を読み始めた。イシュトハンは徹底的な防衛力で領地を守ってきた歴史がある。イシュトハンの騎士団は魔法騎士はとても少ないと聞く。実力で言えば王立騎士団とは比べ物にならないというが、団結力と防衛戦略に長け、他者の侵略に落ちることはなかった。
「ご主人様…大丈夫ですか?」
滅多にお目にかかることはない本を夢中になって読んでしまっていたデイヴィッドはノックの音で我に返った。
「あぁ、大丈夫だ。本を読み終わったら声をかけるよ」
執事は主人の部屋に入るのにノックはしない。ならば、部屋に入れない事情があったのだ。
「いえ、ステラ様はお部屋でお休みになっておいでだったようです。そのご報告です」
「分かった。疲れているのだろう。ゆっくり休むことが出来るようにしてくれ」
「承知いたしました」
デイヴィッドはそっとドアノブに触れた。しかし、ノブを回してもドアは開くことはない。
クロエ嬢が閉じ込めたのだろう。しかし、ステラが無事ならばそれでいい。デイヴィッドは再び本を開いた。
◇ ◇ ◇
「もう読み終わったのですか?」
パタンと本を閉じたタイミングで、クロエがデイヴィッドの部屋に現れた。やはりこの部屋に転移してくることが出来るのかと、目の前に突きつけられた現実を受け止めるしかなかった。転移に必要なマーキングはいつしたんだと考えるのは無駄なことだとすぐに思い至る。
「見ていたようにいいタイミングだ」
「見ていたのだから当たり前です」
どうやって…そう言おうとしたが、それも話の本筋から外れてしまうと思えば口から出てくることもなかった。
「分かった。降参する。ステラに気を使うあまりに彼女を危険な状況に追い込んでいたと認める。それにクロエ嬢も、危険な状況に晒していてすまなかった。もし許してくれるなら、帰国までの滞在中の防衛系全般のアドバイスをくれないか?」
武力での攻撃には騎士で事足りることだろう。何百人と束でかかって来られた時は転移魔法がある。しかし魔力攻撃に対しては一定のリスクの低減策しかとっていない。どうしたって回避出来ない状況はあるだろうが、イシュトハン戦記を読んだ後では不十分だったと認めざるを得ない。
難攻不落のイシュトハンは、大魔法師級との戦いを何度も余儀なくされた。イシュトハンを襲う相手はピンからキリまでいろいろあるが、一つ大事なことは、いつ襲われるかわからない、実力も測りようがない相手には、常に最大級の警戒をするべきだと書かれていた。
魔法攻撃では初手で全てが決まる。無警戒のところに最大の魔法を打ち込む。それが何よりも勝率が高い。だから、防衛の基本は平常時の防衛を高めることだ。そう書かれていた。実際、イシュトハンでは筆頭魔術師として活躍したステラ達の母サリスが防衛の全てを請け負っている。
大きな魔力を持っているからこそ、多くの上級魔法師のように冷酷な一面を持っている。いや、イシュトハンの三姉妹のように、まるで感情を抑えている様子すら見せない者は他にいないかもしれない。
ステラも笑顔は見せるが、社交界では表情が読み辛い魔法師そのものだと言われていたのを思い出した。
イシュトハンは普通が通用するような家ではなかったということだ。
「合格を与えてもいいでしょう」
そうしてデイヴィッドはクロエと一緒に部屋を出た。安心したらお腹が空いた。
「えっ!デイヴィッド生きてたの!?てっきりクロエが殺ってしまったのかと…」
ダイニングではステラが山盛りの葡萄を口に運んでいるところだった。魔力補充のために食べているのだろう。
「私が死んでも悲しんでくれないということはわかった…」
「いや…そういうわけじゃないけど、クロエが変なこと言うから…これは殺したに違いないとたった今結論を出したところで…つい勘違いを…ごめんなさい」
魔力が多い者はどうしたって死生観が歪むと、授業でも習う。平民の死生観と貴族の死生観、そして魔法師の死生観は全く異なるのだ。
人は簡単に死ぬ。少し力を間違っただけで相手を殺してしまう。デイヴィッドがステラを真に理解できる日は来ないだろう。ただ、理解する努力はしたいと、ステラの気まずそうな顔を見ながらデイヴィッドは思った。
応援ありがとうございます!
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