【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以

文字の大きさ
104 / 147
13.再会の意味

しおりを挟む



 結局、コンビニ弁当を買って帰った。

 自分が思うより動揺していたんだと思う。

 初めて、仕事帰りに二人で並んで帰った。

 比呂は亘のことを聞かなかった。

 私も話さなかった。

 長谷部課長の前で話したことは事実だし、仕事を引き受ける以上、これ以上の私情を挟んでいいはずがない。

 ただ、比呂の怒りはひしひしと伝わってきたし、きっと、私の不安や苛立ちも伝わっていたと思う。

 だからかもしれない。

 その夜の比呂は、いつも以上に甘い声で私を呼んだ。

 いつものような性急さも強引さもなく、ひたすら優しく、私を蕩けさせた。

『大丈夫だよ』

 そう言われているようだった。

 実際に言われたのかもしれない。

 けれど、そう思った時には、私は抗えない高揚感と眠気に目を閉じていた。

 幸せな、夢を見た。

 小さな公園で、私は比呂を眺めていた。比呂の視線の先には、小さな女の子。

 二歳くらいの、柔らかな髪にリボンを巻いたその子に、比呂は湿らせた砂を四角く固め、何やら一生懸命説明している。

 女の子は真剣にうんうんと頷いているが、次第に飽きてきて、比呂の作った砂の家を叩いて潰してしまった。

 比呂は口を尖らせて、肩を落としている。

 それを見た女の子は砂まみれの小さな手で比呂の頭を撫でた。

 比呂は少し困った顔をして、けれどすぐに笑ってその子を抱き締めた。

『パパ! ――の服が汚れちゃうじゃない!』

 自分の声に、ハッとして目が覚めた。

 目の前には、比呂の寝顔。



 夢……か。



 なんて夢だ。

「千尋……?」

 ゆっくりと瞼を上げた比呂が、驚いた顔で私を見た。彼の指が私の頬を撫でる。

「どうした?」

「え……?」

「涙」

 言われた瞬間、目尻から水滴が零れた。こめかみを伝う。

「どうした?」

「……欠伸、しただけよ」

 言えるはずがない。

 私と比呂に子供がいる夢を見たなんて。

「……そっか。昨日……ちょっとしつこくしすぎたか?」

「ちょっとじゃないじゃない」

 ぎゅうっと抱き締められて、唇を重ねられた。

「またシたくなりそうだから、起きるか」と、いたずらっ子のようにニッと笑う。

「……バカ」

 ベッドを出て伸びをしながら部屋を出て行く比呂の背中を眺めていたら、また泣けてきた。

 言えない。

 だって――。



 夢は言葉にしたら現実にならないって、誰かが言っていたから。



 年甲斐もなくそんな可愛いことを思った自分に、笑えた。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

秘事

詩織
恋愛
妻が何か隠し事をしている感じがし、調べるようになった。 そしてその結果は...

身体の繋がりしかない関係

詩織
恋愛
会社の飲み会の帰り、たまたま同じ帰りが方向だった3つ年下の後輩。 その後勢いで身体の関係になった。

俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。 それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。 これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。 日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。 彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。 ※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。 ※内部進行完結済みです。毎日連載です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

元彼にハメ婚させられちゃいました

鳴宮鶉子
恋愛
元彼にハメ婚させられちゃいました

網代さんを怒らせたい

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「なあ。僕たち、付き合わないか?」 彼がなにを言っているのかわからなかった。 たったいま、私たちは恋愛できない体質かもしれないと告白しあったばかりなのに。 しかし彼曰く、これは練習なのらしい。 それっぽいことをしてみれば、恋がわかるかもしれない。 それでもダメなら、本当にそういう体質だったのだと諦めがつく。 それはそうかもしれないと、私は彼と付き合いはじめたのだけれど……。 和倉千代子(わくらちよこ) 23 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 デザイナー 黒髪パッツン前髪、おかっぱ頭であだ名は〝市松〟 ただし、そう呼ぶのは網代のみ なんでもすぐに信じてしまい、いつも網代に騙されている 仕事も頑張る努力家 × 網代立生(あじろたつき) 28 建築デザイン会社『SkyEnd』勤務 営業兼事務 背が高く、一見優しげ しかしけっこう慇懃無礼に毒を吐く 人の好き嫌いが激しい 常識の通じないヤツが大嫌い 恋愛のできないふたりの関係は恋に発展するのか……!?

処理中です...