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14.指輪を外していなくても
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しおりを挟む「あんまりにも偉そうに俺の提案を馬鹿にするんで、ムカつきました」
副社長以下、緊急招集に駆け付けた重役たちの面前で、比呂は言い切った。
その瞬間、私と長谷部課長が同時に目を伏せた。金城くんは、ただただ肩を竦ませている。
社長は海外出張中、専務は社長に同行していて、連絡が取れないかった。
ということで、長谷部課長の言った通り、比呂は処分決定まで自宅謹慎となった。
社長の戻りは五日後の予定で、二日ほど延びる可能性があった。
比呂は瓦田課長に自宅まで連行された。
『処分決定まで課長が毎日謹慎しているかを確認に来るらしい。せっかく、お前の部屋で主夫しようと思ってたのに』
私が、大人しく謹慎しているように言うまでもなかった。
暴力事件を起こしておきながら、愛人の家で新婚ごっこなんて、絶対に知られるわけにはいかない。
長谷部課長からも、比呂の謹慎期間中は会わないように言われた。
私は家に帰ると、多めに作って冷凍してあったカレーとハンバーグ、餃子を保冷バッグに入れた。それから、比呂が普段使っている髭剃りや部屋着のスウェットなんかをバッグに詰めて、タクシーで彼のマンションに行った。
玄関前にバッグと保冷バッグを置き、待たせてあったタクシーに乗り込む。そして、比呂にメッセージを送った。
『玄関前に荷物を置いたから』
既読になり、二分ほどで着信。
『何だよ。寄ってけよ』
「馬鹿言わないで」
『あいつ、面の皮厚いのな。俺の拳の方がダメージ大きくて。舐めて癒やしてよ』
「自業自得でしょ。くだらないことでキレて」
『どこがくだらないんだよ』
急に声のトーンが低くなり、鼓膜から全身に冷気が走る。
「くだらないじゃない」と、私もまた低い声で静かに言った。
「言わせておけば良かったのよ」
『殴り足りなかったな』
「比呂」
『二度と喋れないように、喉を潰してやればよかった』
「バカ」
『クビんなったら、独立すっかな。お前もついて来いよ』
こんな時まで、私を手放そうとしない比呂の言葉に、胸が詰まる。唇を噛み、湿った瞼を大きく開く。私が泣いても、事実は変わらない。
「……嫌よ。道連れなんて、ごめんよ」
『はっ! ひっでぇな』
「そうよ。今頃気づいたの? もっと早く気づいていたら、こんな馬鹿なこと、しなくて済んだのにね」
『それでも、同じをことをしたさ』
タクシーの窓に映る私は、眉を寄せ、唇を噛み、無駄に瞬きを繰り返し、何とも不細工だ。おまけに、汗で化粧が剥げ落ちている。最悪だ。汗で視界がぼやける。街灯が大きく歪み、ちょっとしたホラーだ。
『千尋?』
「……なによ」
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『泣くなよ』
「泣いてないわよ。寒いだけよ」
『温めてやりたいな』
「バカなこと言ってないで、大人しくしてなさいよ」
一方的に電話を切る。
言えるはず、ないじゃない。
『温めて欲しい』なんて、言えるはずがなかった。
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