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14.指輪を外していなくても
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しおりを挟む翌日、瓦田課長から、亘が入院していると聞いた。鼻の骨にひびが入っていて、頬も通常の三倍ほどに膨れ上がっているらしい。
正直、ざまぁみろ、と思った。
が、そうも言っていられない。
社長が帰って来て、比呂の処分を決定する前に、この状況を何とかしなければ。
瓦田課長に聞いてみたが、亘が入院している病院まではわからない。
最初に会った時に交換した亘の名刺は、長谷部課長に渡してしまった。尤も、名刺の番号は仕事用だろうから、今は掛けても出ないだろう。
私は亘と連絡を取る手段を考えていた。
ホテルに電話して聞いたところで、入院先なんて教えてくれないだろうし……。
どうしたものかと考えて、二日目。
亘の方から連絡が来た。
「はい。トラスト不動産インテリアデザイン課の相川です」
仕事用のスマホが鳴り、私は業務用の声色で言った。
『よう』
その、たった二文字で相手がわかってしまった自分に嫌悪する。
私は席を立ち、今日は使われる予定が入っていない会議室を目指す。
「お加減はいかがですか?」
『しゃいあくだぜ。お前の男、頭おがしーじゃないが』
活舌が悪いのは、顔が腫れているからだと思う。
「ご用件をお伺いします」
そう言いながら、会議室のドアを開けた。電気は付けず、ドアを閉める。ブラインドが開いているから、部屋は明るい。私は耳に当てていたスマホを下ろし、素早く操作して耳に戻した。
『お前の男、処分が決まるまで謹慎してんだろ?』
「先ほどから――」
『お前んとこの社長が帰って来たら、クビ宣告間違いないよな』
クククッと下品な笑い声が聞こえる。
『助けてやろうか』
「仰ってる意味が――」
『俺のをしゃぶれよ』
「――っ!」
『あの男と別れて、俺の愛人になれ。そうしたら、今回のことはなかったことにしてやる』
「可愛い婚約者がいらっしゃるじゃないですか」
『大したことねーよ。セックスも教科書通りにしかさせてくんないし、面白くもなんともねー』
セックスの教科書ってなんだよ、と言いたかったが、やめた。
そもそもお前は教科書読めたかよ!? とも言いたかったが、やめた。
『あの時の続き、させろよ』
「……」
『助けたいだろ? それとも、八倉みたいに置き去りにするか?』
どこまで腐っているのか。
比呂じゃなくても、目の前に亘がいたら、思いっきり喉に爪を立てて潰してやりたい。
『明後日、退院するんだ。俺の自宅の住所を送っとくから、来いよ』
私の返事を待たず、電話は切れた。
八倉くん……。
亘の口から、その名前を聞くとは思わなかった。亘が彼を憶えていたこと自体が驚きだ。
明後日、か。
私は会議室を飛び出し、長谷部課長の姿を探した。
課長は、ちょうど開いたエレベーターの中から姿を現した。乗っているのは課長一人。
私は、降りようとする課長の腕を掴み、箱の中に戻した。後ろ手に〈閉〉ボタンを押す。
「相川? なんだよ?!」
「課長! 約束通り、借りを返してください」
「はっ!?」
「お願いします。時間がないんです!」
長谷部課長はパチパチと数回瞬きをして、それからため息をつき、やっと頷いた。
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