解放の砦

さいはて旅行社

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2章 そして、地獄がはじまった

2-16 戦端

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 あのE級冒険者三人はA級かB級冒険者である父親を持ち、それを鼻にかけていたのでけっこう他の者たちから嫌がられていたそうだ。
 C級、D級冒険者たちからも。
 自分より多少年上の者からも嫌がられると、彼らはD級冒険者になったときにパーティを組んだり、C級冒険者のパーティに入れてもらうのにかなり苦戦を強いられることになる。
 多少の実力があったとしても、仲間に入れてもらえないことが多い。

 父親がC級、D級冒険者に息子のために声を掛けることはまずない。
 冒険者は自己責任だから、自分の目で見て信頼できる仲間を見つけなければ、自分が死ぬからだ。それは剣の腕や魔法の力とは別のものである。そして、信頼関係を結べるかは自分の力によるものが多い。
 父親本人がA級、B級冒険者だと、息子とはいえ実力の差がありすぎる。自分の仲間に迷惑をかけるから、自分のパーティに入れることは絶対にしない。しようとすると自分がパーティ脱退の危機に陥るからな。

 そして、父親が息子を引き連れて、この砦に宿泊している場合、だいたい妻とは離婚か死別している。
 砦に所属する冒険者は、砦に宿泊しなければならないという決まりはない。
 独身者等は面倒だからこそ、砦に一か月単位で滞在費を払って泊まる。が、妻子持ちの場合、うちのように通ってくる冒険者もいる。A級、B級冒険者ならば、ある程度の住宅を街に購入することもできる。家に使用人を一人か二人ほど雇うことも可能だろう。一回出発すると少なくとも一か月ほど遠征してしまうA級、B級冒険者は、結婚でもしていない限り家を持とうとは思わないらしい。
 砦は冒険者のみが長期滞在できる決まりなので、妻子は特段の事情がない限り砦に宿泊できない。たまに妻子を保護する目的で滞在させることがあるが、問題が解決したら街に戻っていく。ま、むさくるしい男どもの巣に居続けたい女性は少ないだろう。


 D級冒険者からは砦の当番や頼まれごと以外は、制約はあるが冒険者として自由に選択できることが多くなっていく。仲間を作って計画を立てて、魔物を討伐していかないと生活費に困っていくのである。
 E級、F級冒険者は砦の雑用があるのと、最低ランクの使用人部屋を使っているため、砦の滞在費は取られない。成人から、ではなくD級冒険者になると、普通に魔物討伐していけば砦での生活費は払えるようになるため、普通に暮らせると言われているC級冒険者になるための準備期間としてしっかりとお金のことを身につける期間にもなる。
 だからこそ、砦の依頼を多く受けるD級冒険者も少なくない。砦から一定の報酬も出るので、自分たちの行動範囲で魔物がなかなか出ないときなどは積極的に受ける姿を見る。
 晴れてC級冒険者になると一人前になったね、と評価を受けるのである。

 他領からのD級以下の冒険者を受け入れないのは、実際のところ砦が教育や訓練をしなければならない冒険者はそんなにいらないのである。今は母上の懐から出ている運営費だが、本来なら領民からの税金である。他領の冒険者をわざわざ砦の負担で訓練する義務はない。冒険者ギルドや国が金と労力を出して率先してやるのなら、他領からの受け入れも考えられるだろうが、そうでなければ受け入れることはない。


 最終的に誰もパーティに入れてくれなくとも、彼ら三人がパーティを組めばいい話なのであるが、F級冒険者時代からデカい顔をしていた彼らである。下の立場を作り、自分たちの仕事をやらせてきた。
 雑用をやりたくない彼らと仲間になりたいと思う冒険者はいないだろう。そして、三人のなかでも冒険中の雑用の押し付け合いをするのは目に見えている。押し付けられた方は不満を持つ。パーティを組んでも、仲違いするのも時間の問題だろう。

 というようなことを三十分ほど理路整然とこの三人に説明してあげた。
 その上で、C級、D級冒険者の若い男性には領内の遠い村ではあるが婿入りの話もあるということを。
 つまり、冒険者としては不適格でも、望んでくれる場所もあることを知らせる。農村では鍛えている健康な若い男性は大歓迎なのである。

 そして、ナーヴァルが適切なペナルティを課さなかったため、砦長の権限で彼らに反省文提出と、これから三か月の三人指定の雑用当番を言いつけた。つまり、この三人だけでやる仕事を雑用当番の仕事から割り振る。シーツの洗濯ならシーツの洗濯を三人だけで、とか、部屋の清掃を三人だけで、とか、担当のものをしっかり決めて他の雑用当番はこの三人には関わらない。しかも、ペナルティ期間の三か月は砦長か副砦長のチェックが必要となる。汚ければ、やり直しが待つ。このチェックは厳正にしてもらう上に、終わった直後に砦長のチェックが入るわけではない。当たり前だ、砦長も暇ではない。管理の大切さを身をもって学べ。


 三人は肩を落として砦長室を去っていった。
 多少は危機感を持ってくれただろうか?
 単独で行動できない冒険者は、必ず仲間が必要だ。
 パーティを組めなければ、冒険者を続けられない可能性だってある。

「ねえ、リアムー、リアムには仲間になってくれる冒険者ってまわりにいるのー?」

 ニマニマしてるクロが机の上にまだいた。
 ふっ、言いたいことはわかるぞ。

「俺は単独行動ができるから、母上以外の仲間は要らない」

「うわあー、ハッキリと言ったねー」

 そこでクロがチラッとナーヴァルの方を見る。

「?」

「うんうん、坊ちゃんがーC級冒険者になったらー、一週間の遠征につきあってやるかー、とかどこぞの誰かさんが言っていたのを小耳に挟んだよー」

 俺を坊ちゃん呼びするのって、冒険者ではそこにいる砦長しかいないから丸わかりなんですけど。そのナーヴァルはそっぽを向いて俺じゃないよーって顔をしている。うん、違うフリをしているなら気づかないフリをしよう。

「母上が遠征するなら俺もするけど、母上にあの家で一人で仕事をさせるくらいなら、昇級はどうでもいい」

「うわー、ここまで一貫して母上至上主義だとそれはそれで貫いてもらいたくなるねえ」

 クロがまだニマニマしているが、扉からほんのちょっと顔を出したシロ様は苦い顔をしている。
 様子を見に来たのだろうか?

「シロ様、どうしました?」

「クロがなかなか言わないから、どうしたもんかと思って来たんだが」

 ツンツンシロ様にキレがない。
 クロが更なるニヨニヨになった。

 なかなか言わないから。

 シロ様がそう言ったことで、クロは更に言うつもりがない顔になった。
 何をだろうなー。
 たぶん重要なことだ。
 クロはシロ様が面白いから、ギリギリまで言うつもりはない。そんなニヨニヨ顔だ。
 その反対に、シロ様はやや困り顔。
 が。

「お供えに大瓶の酒が欲しくなったなー」

 ツーン。
 盛大に顔を斜め上に向けながら、腕を組みながら、シロ様は言った。
 いつもは小瓶を週に一回。
 大瓶をシロ様が要求するってことは?
 考えろ、俺。
 シロ様は基本的にツンツンなので自分から欲しい物を要求できない。つまりコレが本当に話したいことではないのである。心の奥底では大瓶の酒をほしいだろうが。
 だからといって、関係のないことではない。
 遠回しに伝えているはずだ。
 砦の守護獣がやることって何だっけ。
 考えなくともすぐに思い当たる。砦では一つしかない。

「S級以上の魔物?」

 シロ様の目が輝いた。
 当たりのようだ。

「ナーヴァルさんっ」

「おおっ、冒険者どもに緊急招集をかける」

「僕はいつもより多めに好物のオカズが欲しいなー」

 クロがちょっと残念そうな表情になっている。
 もう少し悩んでほしかったのか。
 時と場合を考えろ。と言ってもクロだから仕方ないか。今までS級以上の魔物が現れると事前にわかることはなかった。大量の魔物が砦の方へ現れて、通常ははじめてわかるものだった。
 クロやシロ様が人の前に現れることは、俺が砦に来る前はほとんどなかったと言われている。

「わかった」

「S級が来るのは明後日だよー。明日には小物が大量に押し寄せてくるからー」

 クロが教えてくれた。
 もしかしてクロが洗濯場に来たとき、このことを俺に伝えに来たのかな?

 A級以下の魔物は冒険者たちが対応しなければならない。
 砦からA級、B級冒険者への帰還の合図の花火が何発も高く高く打ち上げた。時間を置いて、また何度か打ち上げる。
 砦側から知らせる方法が何もないというのは問題だった。
 今まで全くなかったのも不思議なのだが。。。多いよな、この砦はそういうこと。
 ので、とりあえず、前回全員が揃ったときに緊急時の砦への帰還の合図の花火だけは決めた。上空への花火ならば、魔法が使えない者でも知らせられる。
 この花火は閃光弾みたいなものだ。強烈な光と音で周囲に知らせる。
 花火とこちらで呼ばれているが、前世の花火大会みたいな華麗な花火とはまったく別物である。

 今は帰還の合図しかないが、今後は他の方法も検討することにする。
 魔物との戦闘中で気づかない可能性もあるので、数回は打ち上げる。今回が初めての試みなので、奥地にいる冒険者たちに感想を聞いて打ち上げ回数とかを検討していこう。
 俺が砦に来てからS級以上の魔物が現れたことはない。
 五年から十年の周期で現れるらしい。
 
 S級魔物は砦の守護獣であるクロ、シロ様が退治してくれる。
 だが、S級以上の魔物は一頭で現れるのだが、それ単独では現れない。
 来る前からA級以下の大量の魔物が砦に押し寄せてくるのである。
 このときばかりは遠征しているA級、B級冒険者たちが巻き込まれて死亡することも少なくない。
 冒険者たちは異変を感じたら、早めに砦に帰還して、砦で迎え撃つのが基本である。

 バタバタと騒がしくなってきた。
 花火に気づいたC級以下の冒険者たちもさっさと砦に戻って来ている。

 さて、俺も。
 立ち上がろうとしたら、クロがとめた。

「リアムー、まだまだ来ないんだから、お弁当食べよーよー」

 俺が朝、砦長室に置いた包みをクロが机の上に持って来た。
 弟アミールと一緒に食べるから、砦長室に置いてあるのだ。
 アミールがここにいないということはリージェンと一緒なのだろう。
 もしかしたら、とばっちりでナーヴァルに叩き起こされているかもしれない。
 シロ様もちょこんと机の上に座っていた。
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