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第13話 ライスカレー

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 私はいつものように、店の売上金を持って会長室に向かった。
 
 「今日の売上です」

 会長はカネを確かめると、満足そうに笑った。

 「今日はまたよく頑張ったな? ご苦労さん」
 「マドカが太客を持っていますから、助かります」
 「マドカは今、週3だったよな? これからは週5で店に出せ、あの女ならもっと稼いでくれるはずだ」
 「マドカは昼の仕事もしています。病弱な母親の面倒も看て、小学生の娘もいます。週5は無理です」
 「だからなんだ?」

 会長は椅子に深く座り直すと、愛用のハバナ産の葉巻に火を点けた。

 「三上、そこに座れ。
 お前は優秀な男だ、それは認める。
 だがなぜ、そんなお前が仕事をすぐに辞めてしまい、いまだに自分の会社すら持てずにいる。
 お前ほどの男がどうして成功しないかわかるか?」

 私は黙っていた。
 そんなことは言われなくてもよく分かっていたからだ。

 「答えろ、三上」
 「自分に酔っているだけだからです。俺はやれば何でも出来るんだと」
 「違う、そうじゃない。
 お前は俺にはない物を持っている、そしてお前は俺にある物を持っていない。
 俺には「やさしさ」はないがお前にはある。だが、お前に「やさしさ」はあるが「非情」がない。
 俺がこの暗黒街でのし上がってこれたのは、「鉄の非情」があったからだ。 
 だが、お前にはそれがない。
 俺はカネがなくてなあ、コンビニで100円のコッペパンを70円分くれと言った男だ。 
 そして俺は思った。強くならんといかん、信じられるのはカネだけだと。
 俺たちの商品は女だ、人間だと思うな、商品だと思え。
 マドカをもっと稼がせろ、いいな? これは命令だ」

 この佐田源蔵という男は昔、ある大手飲料メーカーで、最年少で課長に昇りつめた男だった。
 大学ではセブンイレブンが卒論のテーマだったらしい。
 単なる武闘派ではなく、緻密な理論に基づく絶対的な実行力があったからこそ、ここまでこれたのも事実だ。
 この街で佐田の名前を知らない者はいない。

 確かに佐田会長の言う通りだった。
 私には非情がなかった。
 カネは力だ、カネのない奴の話など誰も聞きはしない。
 今までの私であれば、すぐにその場で辞表を叩きつけていた筈だ。
 だが、今の私にはもう時間がなかった。

 「失礼します」

 私は会長室を後にした。




 「オジサン、お帰りなさーい。
 今日はカレーだよ。ちょっと待っててね? すぐに温めるから」
 「悪いな、受験勉強で大変なのに」
 「全然平気、寧ろいい気分転換になるよ、お料理をしていると」


 私が冷蔵庫から瓶ビールを取出し、コップに注ごうとすると、凛花がそれを私の手から奪った。

 「注いであげるよ、今日も一日お疲れ様でした」

 凛花にビールをコップに注いでもらい、私がそれを飲むと、

 「美味しい?」
 「うん、ウマい」
 「小さい頃、よくオジサンにビールを注いであげたよね? 丁度良く泡が出来るようにと、慎重に慎重に注ぐんだけど、ビール瓶が重くてコップが泡だらけになっちゃって」
 「そんなこともあったな?」
 「ねえ、覚えてる? オジサンと一緒に寝る時は、いつも絵本を読んでくれたこと」
 「ああ、『100万回生きた猫』とかな?」
 「そうそう、それでオジサンが感動して泣きながら読んでくれた」
 「忘れたよ、もう昔の話だ」
 「オジサン、ありがとう」
 「それはこっちのセリフだ。苦労を掛けたな? 凛花。ごめんな」
 「私、オジサンの娘に生まれて本当に良かった」
 「なんだよ急に、気持ち悪いなあ」

 私は照れ隠しをした。危うく泣きそうになったからだ。


 「はい、ライスカレー。ご飯が多いと「ライスカレー」だったよね?
 よくオジサンがそう言ってた。 オジサンの大好きなラッキョウもあるよ」

 今日のカレーは少し塩っぱい味がした。
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