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本編

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家まで送ってくれると言い張っていたエリオット様は、ユーリス様に引きずられるようにして、どうしても外せないと言う執務へと向かって行った。

引きずられながらも必死に手を振るエリオット様に、思わず笑いが漏れる。

こんなに可愛らしい方だとは、今日まで思いもしなかった。
何だか心が温かくなる。

「馬車の用意が整いました。」

エリオット様に手を振り返しながら見送っていると、背後から声を掛けられる。

先程のユーリス様との会話を思い出す。

「エリオット殿下がお送りする事は叶いませんが、殿下の近衛騎士の1人がクリーヴス邸までお送り致しますので。」

「いえ、そんな騎士の方の手を煩わせる訳には行きません。」

「エリオット殿下と正式に婚約されれば、サラサ嬢にも護衛の1人や2人付くのが当たり前になります。その練習だとでも思って下さい。」

正式な婚約…。
そう、エリオット様に返事をしたとは言っても、婚約は私の一存で出来るものではない。
クリーヴス伯爵家として、正式に回答をし、書面が交わされた上で正式に婚約となる。

声を掛けてくれた近衛騎士を見れば、恭しく頭を下げられ、恐縮してしまうが、私が恐縮していては近衛騎士の方はもっと困ってしまうだろう。

エリオット様の婚約者になると言う事の重大さに、思わず溜息が漏れた。



家に帰ると、どことなく屋敷の雰囲気が活発な様な、忙しない様な気がした。

パタパタと早足に歩き去る使用人を呼び止め、何かあったかを問えば、旦那様がお戻りになりましたとにこやかに告げられる。

お父様…。

あの王宮の庭園での婚約破棄騒動の日に話して以来、領地に戻っていたお父様だ。

会っていないのは数週間のはずなのに、その間に起こった出来事の数々を思い返せば、長らく会っていなかった気がする。

一刻も早くお父様に会いたい。
エリオット様との事も報告しなくてはいけないだろう。

私は自室にも寄らず、お父様が執務室としている部屋の扉をノックした。

「サラサ、おかえり。早かったんだね。」

中から扉が開き、お兄様が顔を出す。

「お兄様、こちらにいらしたのですね。」

「あぁ。サラサが戻ったのが窓から見えて、こちらへ来るだろうと思っていた。さぁ、中へ。」

お兄様に促されて中に入れば、お父様がゆっくりとこちらに歩み寄った。

「お父様、領地でのお務めお疲れ様でした。」

礼をすると、下を向いた頬にお父様のゴツゴツとした手が添えられ、そのまま上を向かされる。

「大変な時に側に居れなくて悪かった。ほんの少し会わなかっただけなのに…綺麗になったな。」

お父様が目を細めて言うので、胸の奥から色々な感情が湧き上がってくる。

「いえ、こちらこそ何かとお騒がせをして、ご心配をお掛けしました。」

「謝る必要はない。さぁ、座って。話を聞かせておくれ。」

お父様に促されて、ソファーへ腰掛けると、向かいにお父様が、続いて隣にお兄様が座った。
お兄様はこちら側に座ったと言うことは、何かあれば説明をしてくれようとしているようだ。

「お父様、お兄様。私、エリオット殿下からのお申し出をお受けしようと思っています。」

婚約の話は既にお父様にも伝わっていると帰り際にユーリス様が言っていた。
それであれば、周りくどい話は不要であろうと、2人が一番知りたいであろう話から口にした。

「本当か、サラサ?でも、王宮に上がると言う事は、その…色々と大変な事もあるんじゃないか?」

驚いた様子でそう発したのはお兄様だった。

私の決断が意外だったのだろうか。
確かに、伯爵家から王宮に嫁ぐ事は、身分的には可能だが、そんな形にはめ込む程簡単ではないだろう。

チラリとお父様を見ると、少し視線を落とし、何かを考えている様子だ。

「ええ、色々と学ばなくてはならないようです。ですが、幸い学ぶ事は嫌いではありません。」

エリオット様は専属の教師を手配してくれると言っていた。
自信を持って王宮に上がれるようにしてくれると。

忙しくはなるだろうが、それも楽しみに思えていた。

「サラサの意見はわかった。この件は私の方で少し預からせて貰う。」

お父様の言葉に驚く。

「お父様は反対ですか?」

私が正式な婚約を望めば、クリーヴス伯爵家としては二つ返事で、承諾すると思っていたからだ。

「反対ではない。これ以上ない素晴らしい縁談だと思う。だが、相手が王家となれば、一度受けてしまえば、それ以降は我が家に選択権のある事はそう多くはないだろう。だから、少し慎重に事を運んだ方がいいだろう。」

今更、お断りしたいと思う事は無いだろうが、確かにお父様の言う通り、万が一があれば家を取り潰されかねないだろう。

「わかりました。お父様にお任せします。」

「では、フィールズ公爵には正式にお断りをして問題ないね?」

突然、ウォルター様の名前を出したのは、私とお父様のやり取りを頷きながら聞いていたお兄様だった。

いや、突然でもない。
2件の婚姻の申し込みがあったのだ。
一方を受けると決めれば、もう一方はお断りするのは必然だ。

「はい。フィールズ公爵にはお断りをお願いします。」

それから3人で色々な話をした。
エリオット様について聞かれる事が多かっただろうか。
とても和やかな時間だった。

しばらくの間そうして居たが、あまりお父様とお兄様の執務のお邪魔をするのも良くないだろうと、続きは夕食で話しましょうと切り上げ、自室に戻る事にした。

自室の扉を開けて、中には人がいない事にホッとしたのは、もしかしたらテレサが待っているかもしれないと思っていたからだ。

静かな自室にパタンと扉の閉まる音が響いた。
心地よい自室のはずなのに、一人になった途端に空気が重たく感じる。

空気を入れ替えようと窓に向かって、窓辺に置かれた花瓶が目に付いた。

フィールズ公爵から贈られた花が、まだ元気いっぱい咲き誇っている。

もう、彼からこの様に雄弁な花束を贈られる事は無いだろう。

2人で出掛ける事も、嫌味を言われる事も、下の名を呼ぶ事もないだろう。

花に触れようと伸ばした指先が薔薇の刺に触れた。

「痛い…。」

一人の部屋に自分の声がやけに大きく響いた。
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