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3章 疑惑の夜会編

12 皇子は幼馴染と踊る

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「ところでクラリス嬢は?一緒ではないのか?」

リードは何故か清々しい気分になりながらもアドルフに問えば、彼は困った様に笑った。

「陛下にご挨拶をした後に、いざこざの真ん中へ飛んで行ってしまいました。何かご友人が厄介な人物に絡まれてるから撃退して来ると…そのまま友人と過ごすから、私は好きに夜会を楽しむ様に言われてしまいました。女性同士の友情とは、時に恋敵より厄介なものですね。」

女性同士の友情に恋愛を邪魔された経験などないリードには、全く共感出来ないが、今日の準主役でありながら、全く夜会慣れしておらず、いざこざを巻き起こして居そうな人物にはすぐに心当たりが付き、苦笑と共に頭を抱えた。

「我が国の聖女が迷惑を掛けたようだな。すまない。」

貴族達に囲まれて、困ったセリーナの表情を想像すれば、代わりに詫びてやるくらいは仕方ないと思えたのだ。

「いえいえ、貴国の聖女…セリーナ嬢でしたね、彼女には私も感謝をしているんです。彼女のお陰で最愛の人を得られたと言っても過言ではありません。クラリスが教えてくれた占いなる技も気になります。叶う事ならミルワード王国もそのお力にあやかりたいものです。」

不審な物言いに、リードは今度こそアドルフをキツく睨んだ。

「軽率な発言は控えて貰おう。セリーナ ディベルは我が国の国王陛下より正式な任命を受けた聖女だ。貴国へ連れ帰ろうなど、国際問題を避けたければ、冗談でも口にせぬ事だ。」

クラリスの話をした時よりも鬼気迫るリードの様子に、アドルフは虚を突かれた後に、意外な様子を隠さずに微笑み直した。

「これは失礼。リード殿にとってそんなに大切な方とは存じず軽率な発言でした。」

「グリフィス王国にとって…だ。あいつにはまだまだ聖女としての務めを果たして貰わなくてはならないからな。」

何を当たり前の事を…と言うリードは、何か訳知り顔でこちらをみるアドルフを再度睨みつけた。

「グリフィス王国にとって…ですか。リード殿は本当にクラリスが言っていた通りのお人柄のようですね。」

よく知らない人物から、さも自分をよく理解しているような発言を受けるのは気分の良いものではない。

「どういう意味だ。」

「いえ、思っていたより人間らしい面をお持ちだと…。それはそうと、クラリスにお会いになりませんか?聖女様の居室にお邪魔していたようですが、そろそろ出て来るようですので。」

先程嫉妬心を覚えると言っていたとは思えないような発言を、アドルフはあっけらかんと言ってのけた。
その表情には不安の色は一切ない。

にしても…こいつ、ニコニコと読めない奴だが、何故逐一クラリスが何をしているかまで把握してるんだ…。
密偵にでも見張らせているのか…だとしたら、凄い執着心だ。

目の前で笑うアドルフにリードは視線を走らせて再度観察した。リードからしたら理解不能な気味の悪い存在ではあるが、敵に回さない方がいい相手である事は、長年外交で培った感でわかっていた。

それに、クラリスに会いたいかと聞かれれば、素直に頷か無いわけにはいかないのだ。リードは彼女に聞きたいことがあるのだから。

「私は先にハフトール公爵邸に失礼致しますので。こう見えても、義父上の機嫌を取るのも大変でしてね。リード殿下もご婚姻を結ばれればわかりますよ。あぁ、手のものを何人か残して行くのはお許し頂けますよね?ただの護衛ですから。」

やはり見張らせているのか…。

束縛の酷い男は嫌われる…程度の知識を持ち合わせてるリードは、呆れた顔で目の前のアドルフを見た。

「お言葉に甘えるとしよう。宴は明日以降も続くので、どうか楽しんでいってくれ。」

出来れば、俺の知らない所で…勝手に楽しんで行ってくれ。と、明日以降続く宴の間は特に関わりを持ちたく無い旨を遠回しに伝えれば、その意味を正しく読み取ったアドルフは涼しげな笑みを浮かべて頭を下げた。

「えぇ、またいずれお会いしましょう。」



権力に興味が無いくせに切れ者で、飄々としているくせに執着心が強い…。
 我が幼馴染は変な相手を好いたものだ…。

先程までのアドルフとのやり取りをぼんやりと思い返していると
セリーナの暮らす塔へと続く小さな森の出口から、クラリスが暗闇を一人で歩いて来たとは思えない程堂々とした様子で現れた。

「クラリス。」

「リード殿下、お久しぶりですね。」

まるで自分がここに居ることは知っていたような様子の彼女と、彼女を護衛しているであろう連中が特に動く気配のない事から、リードが既にアドルフの許可を得て、ここでクラリスを待っている事はクラリスや護衛達に伝わっている事がわかり、その情報伝達術に舌を巻く。

他国の城の中だぞ…。

クラリスの護衛についているのは、情報戦においては恐ろしい程の優秀な者達なのだろう。…それを婚約者1人を守るために惜しげもなく使っているのだと思うと、やっぱり変な奴だと認識を強めなくてはならない。

「あぁ。…少しお時間をいただけますか?レディー。」

久しぶりのクラリスを相手に、何を言えばいいか少し迷ったリードだったが、幼い頃のように少しふざけた調子で手を差し出せば、クラリスは途端に隣国の皇子の婚約者の顔から、よく知る幼い笑顔を覗かせた。

「ええ、光栄ですわ、皇子様。」

皇太子殿下ではなく、皇子様と…。
数年前に立太子するまではそう呼んでいたな。

普段はリード殿下と呼んでいたが、こうやってふざけて紳士淑女の真似事をすると、彼女は決まってリードの事を皇子様と呼んだ。

彼女をエスコートし、テラスへやってきた。
夜会会場の音楽やざわめきは聞こえるが、向こうからこちらを見つける事が難しいであろうこのテラスは、デビュタント前のクラリスを連れて夜会の様子を覗こうと、よく訪れた2人の思い出の場所でもあった。

夜会会場からはちょうどワルツが聞こえている。

「一曲、お相手願えますか?」

「喜んで。」

クラリスの手を取り、誰も居ないテラスでステップを踏めば、呼吸をするように当たり前に揃うステップに懐かしいものを感じずには居られない。

「クラリスが居なくなり、ファーストダンスの相手に困っている。」

通常、夜会は皇太子であるリードと婚約者のファーストダンスで始まる。
何年も何年も皆の前で踊って来たパートナーが突然居なくなり、ここぞとばかりに押し掛けるご令嬢方を順に相手にするのは骨の折れる仕事だった。

難しいステップを踏んでも、お見通しといった様子で平然と付いてくるクラリスをリードはくるりと一回転させた。

「やはり、クラリスが一番しっくりくる。」

真顔で本当の事を伝えれば、彼女はふふふと楽しそうに笑った。

「光栄ではありますが…それは慣れの問題ですわ。」

「慣れ…か。」

「そうです。人は習慣を取り上げられると不安を覚えるものですから。でも、リード殿下もいつか知りますわ。」

会話さえも2人のステップを阻みはしない。
それこそ目を瞑っていても平気だろう。
それくらい2人で繰り返し、繰り返し一緒に踊って来たのだ。

「何をだ?」

「ダンス1つでも心臓が壊れそうな程脈打つ事があるという事をです。」

「…そんな恐ろしい体験はごめんだ。」

「そう言うと思いました。」

コロコロと楽しそうに笑うクラリスは、まだ10歳の頃に…夜会に憧れて2人っきりでこっそり踊った時のように無邪気に見えた。

「幸せ…そうだな。」

「…リード殿下?」

「会ったら聞こうと思っていた。ミルワードでの暮らしに不便はないか。大切にして貰っているのか。…幸せなのか。でも、聞かずとも、今のクラリスを見ていればわかる。」

ふっと、クラリスが踊るのをやめて、リードも同じく足を止めた。

「クラリスが幸せなら、それでいい。」

ポツリとリードの漏らした言葉を、クラリスは誰よりも深く噛み締めていた。

彼の伴侶となるように…と幼い頃から言い聞かされてきた。
それは決定事項であり、その為に自分は存在するのだと。

将来の伴侶となるリード殿下は、いつでもクラリスを気遣ってくれた。
誰よりも大きなプレッシャーに負けるまいとしていた。
どんな時でも自分を律する事を忘れなかった。

理想の伴侶だったと思う。
リード殿下の隣で、グリフィス王国の発展を願いながら生きて行くのは有意義な人生だっただろう。

でも、出会ってしまった。
何よりも大切だと思える人に。
彼さえ居れば、他の事などどうでも良い…そんな我儘な感情は、クラリス自身経験した事が無かった。

最後まで自分の宿命と、自分の気持ちの中で揺れ動いていたのは、彼が…リード殿下が誰よりも優しい人だと…きっと、どんな決断をしても、私を責めてはくれないだろうと知っていたからだ。

泣きそうになる気持ちをグッと押し込めて、クラリスはリードの手を優しく包み込んだ。

「私も…リード殿下の幸せを誰よりも願っています。」

リードには、どうしても幸せになって欲しい。
それこそ私を伴侶とするより、もっともっと幸せな人生を歩んで欲しい。

風に乗って流れて来ていたワルツの調べが静かに終わった。
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