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愛は変態を助長させる

15:一緒に食事……。【真翔SIDE】

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 先輩は悠子ちゃんを見たまま
何も言わずに固まっていた。

本来なら先輩が自己紹介する場面なのだが。

気まずい間があり、
先輩は首を傾げる悠子ちゃんに気が付いたのか
慌てて「ごめんね、可愛い笑顔にビックリしちゃって」
と軽い調子で言う。

悠子ちゃんはそれを笑って受け止めた。

「ありがとうございます。
お二人ともお仕事帰りなんですね。
お疲れさまでした」

優しく言われて俺の疲弊した心は
一気に蘇った。

あぁ、可愛い。

そっと悠子ちゃんの手を握ると
悠子ちゃんは黙って握り返してくれた。

「そうだ。
これからコイツと一緒に
夕飯を食べる予定だったんだよ、
一緒にどうだい?」

絶対に嫌だ。
悠子ちゃんと一緒にアパートに帰って
悠子ちゃんの手料理を食べるんだ!

……と。
俺が言えたら良いのだが、
言えるはずがない。

悠子ちゃんは俺を伺うように
視線を向けてくるが、
ダメなんだ。

俺は拒否したいが、できないんだ。

俺のこの心をわかってくれ!

ぎゅっと力を込めて悠子ちゃんの手を握る。

「お洒落な良い店があるんだよ」

先輩はなおも言う。

さっきは安くてうまい店って言ってたくせに。

「奢るよ。
コイツも一緒に」

「え、でも」

「いいって、いいって。
先輩だからな、たまには
後輩を労わないと、な」

と俺の肩に腕を置くのはやめて欲しい。

断れない。

「じゃ、じゃあ、少しだけ」

と悠子ちゃんが言うと、
先輩は嬉しそうに、じゃあ、こっち、と
首を傾けて道を示す。

カッコいいな。
……女癖悪いけど。

俺は悠子ちゃんから
朝は着ていたであろう服が
入った袋を引き取って
その代わりに手を繋いで
先輩の後を追う。

そっと横目で見ると、
外で手を繋いでいるのが
恥ずかしいのだろう。

頬を赤くして悠子ちゃんが
俺の横をてとてとついて来る。

可愛い。

俺は人混みが苦手だと言う悠子ちゃんの
盾になるべく、悠子ちゃんより
少しだけ前に出た。

悠子ちゃんは俺の身体に隠れるように
ついて来る。

俺が悠子ちゃんのカバンを持ってあげたからか
悠子ちゃんの手がいつのまにか
俺の手ではなく腕を掴んでいた。

やばい。
顔がにやける。

「ここだ」と先輩は
夏らしい華やかな店の前で立ち止まった。

「ビアホール?」

悠子ちゃんが店の看板を見て呟く。

「ここは南国をイメージした店で
各国のビールが飲める店なんだ。

料理も上手いぜ」

先輩は言いながら店の扉を開ける。

俺たちは慌てて先輩の後ろをついていく。

店は確かに南国ムードだった。

ヤシの実っぽい木があちこちにあって
貝殻や魚のオブジェも飾ってある。

悠子ちゃんは、うわーっと声を挙げた。

一目で楽しそうなのがわかる。

俺たちは大きな熱帯魚の水槽が見える席に
案内された。

「ここはビールのカクテルも有名なんだぜ」

先輩はメニューを広げて悠子ちゃんに見せた。

「カクテル?」

「飲んだことない?」

先輩の言葉に、悠子ちゃんは頷く。

そうだよな。
バイト先の居酒屋には
そんなハイカラなものは無い。

そして悠子ちゃんが飲むのは
たいてい焼酎だ。

もっともそれは、店長さんがそれしか
悠子ちゃんに飲ませないからだけれど。

「じゃあ、こんなのは?
ジュースとビールを混ぜ合わせたものだよ」

なんて先輩は俺が聞いたことのないぐらい
優しい声で説明している。

先輩、悠子ちゃんは俺のです。

悠子ちゃんは初めての店と
初めてのカクテルに興奮しているみたいで
目を輝かせて先輩の話を聞いている。

「……じゃあ、それを頼んでみようか。
お前はどうする?」

って先輩に聞かれて、
俺はビールで、と言ってしまった。

ふてくされていると思われただろうか。

その後も先輩はメニューを見ながら
悠子ちゃんに料理の説明をして
どんどん注文をしていく。

俺の出る幕はない。

ただ悠子ちゃんが楽しそうなのが
唯一の救いだ。

先輩は女の子の好みを熟知しているようで
料理や酒だけでなく、
ファッションや化粧品の話もする。

だがそのあたりは悠子ちゃんは
付いていけないようで、
不思議そうな顔をして聞いていた。

そうなんだ。
悠子ちゃんは先輩が今まで
付き合ってきたような女性とは違うんだ。

しばらくすると飲み物がやってきて
俺たちは軽く乾杯をした。

悠子ちゃんは一口飲んで
「おいしーっ」と笑う。

料理が来ると、
「真翔さん、真翔さん、
これ、このエビ、殻がついてます」
とエビチリを取り分けながら不思議そうに言う。

俺が「殻ごと食べるんだよ」と
教えてあげると、物凄く
ビックリした顔をしていた。

取り分ける時に殻を外すかどうか
悩んでいたらしい。

しかも、殻ごとエビを食べる時は
おそるおそる、という様子で
それがまた子どもっぽくも見え、
さらに可愛さが増す。

「美味しいーっ。
香ばしいです」

「ははっ。可愛いねぇ、悠子ちゃんは」

先輩がいきなり悠子ちゃんを名前で呼ぶ。

いや、そこはダメでしょう。
俺はちゃんと苗字を伝えましたよね?

「もの知らずで恥ずかしいです」
と頬を赤らめる悠子ちゃんは
名前で呼ばれていることに気が付いてないようだ。

「でも真翔さんに
少しづつ、いろんなことを
教えて貰ってます」

と悠子ちゃんが俺を見て微笑むので
俺は沸き起こっていた嫉妬心が
一気に消えた。

「そうなんだ。
二人はどこで知り合ったの?」

先輩がそう聞き、悠子ちゃんは
素直に俺の母との話をする。

「ぼ……私は、その、人見知りで
あまり外に出るのが得意じゃないんですけど
真翔さんは、そんな私のそばに
ずっと一緒にいてくれて」

恥ずかしそうに言う悠子ちゃんに
俺はめろめろだ。

それに悠子ちゃんは俺の前だけは
「僕」という。

それは以前、男性の身体だったからだ。

だが、悠子ちゃんは俺以外の人間の前では
「私」という。

俺の前だけ、素の状態になるのだと
言われているみたいで、
俺はたったそれだけのことで幸せな気分になってしまうのだ。

「そうなんだ。
じゃぁ、悠子ちゃんはコイツに
全部教えて貰ったんだね?」

先輩は意味ありげなセリフを言うが
もちろん、悠子ちゃんには通じない。

「はい。
電車の乗り方も教えてもらったし、
動物園も、ショッピングモールも、
全部真翔さんが連れて行ってくれたんです」

動物園では、うさぎを抱っこしたんですよ、って
嬉しそうに言うものだから
先輩の怪しい雰囲気は無散した。

女ったらしの先輩の魅力も
天然の悠子ちゃんの前では形無しのようだ。


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