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10年後の約束
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「新田さんの話、どう思う?」
中庭から新田が立ち去ると、拓海はそう尋ねてきた。
「基哉さんの恋人に嫉妬されて、千華さんは揉み合いになって階段から落ちた……そんなふうに聞こえたね」
「だよな。でも、千華さんはそれを大きな問題にしたくない。基哉さんの恋人に襲われたなんて知られたくなかったのかな」
「きっとそう。基哉さんを傷つけたくなかったんだよね。だけど基哉さんは、あとになってそれを知って恋人とは別れたのかも。恋人はもう作らないって決めたのは、千華さんがまた危ない思いをしないようにって思ったからかもしれないね」
「なんか、俺の事故と関係あるかもって思ったけど、全然違ったな。聞いちゃいけない話を聞いたような悪い気分だよ」
「そうだね……」
光莉は神妙にうなずいて同調すると、困り顔に後悔をめいいっぱい浮かべる彼とともに帰路についた。
翌日のお昼過ぎ、拓海は会社へ出かけると言って身支度を整えていた。復帰前に一度、顔を出しておきたいということだ。スーツに袖を通した拓海は、いつもの彼じゃないみたいに凛々しかった。
この数日、拓海とは学生時代に戻ったかのような日々を送ってきた。しかし、いま目の前にいるのは、会社にすべてを投げ打ってきた彼だ。職場復帰したら、再会する前の彼に戻るんじゃないか。そんな不安を覚えるほどに彼の表情は変わっていて、光莉は彼の復帰を邪魔したらいけないような気になっていた。
「あっ、そうそう。腕時計の件だけどさ、同僚の名前を若村刑事に伝えておいたよ。お見舞いに来てくれた人で疑わしいやつなんていないから気が咎めるけどさ、調べてくれると思う」
玄関ドアに手をかけた彼は、不意に振り返り、思い出したようにそう言う。
「腕時計の持ち主、見つかるといいね」
「だよな。もし、若村が訪ねてきたら、すぐ俺に連絡しろよ」
若村はまだ自分を疑ってるだろうか。少なくとも、理乃を装って会社へ電話をかけた人物は女の人だ。腕時計の持ち主とは別の誰かであるのは間違いない。
「うん、わかった」
自身の潔白は確かなのだから、警察へ行ってもかまわない。そういう気持ちはあったが、そうでも言っておかないと拓海が心配するから、光莉は素直にうなずいた。
「帰りは遅くなるんだったよね?」
「ああ、上司と食事する約束になってる」
「ゆっくりしてきて。私も、クライアントに会う約束があるから、少し遅くなるかも」
それは嘘だったが、拓海が疑う様子はない。
「そろそろロスに戻らないと、仕事も困るよな」
「理乃の件が解決するまでは、日本で仕事しようと思ってるんだけど」
「そっか。クライアントが納得してくれるといいな。じゃあ、行ってくるよ」
「うん、いってらっしゃい」
笑顔で見送るとすぐ、光莉はきびすを返してリビングへ戻った。ローテーブルの下にはいまだ、高校の卒業アルバムが無造作に置かれている。それをつかみ、トートバッグにねじ込むと拓海のあとを追うようにアパートを飛び出した。
「新田さんの話、どう思う?」
中庭から新田が立ち去ると、拓海はそう尋ねてきた。
「基哉さんの恋人に嫉妬されて、千華さんは揉み合いになって階段から落ちた……そんなふうに聞こえたね」
「だよな。でも、千華さんはそれを大きな問題にしたくない。基哉さんの恋人に襲われたなんて知られたくなかったのかな」
「きっとそう。基哉さんを傷つけたくなかったんだよね。だけど基哉さんは、あとになってそれを知って恋人とは別れたのかも。恋人はもう作らないって決めたのは、千華さんがまた危ない思いをしないようにって思ったからかもしれないね」
「なんか、俺の事故と関係あるかもって思ったけど、全然違ったな。聞いちゃいけない話を聞いたような悪い気分だよ」
「そうだね……」
光莉は神妙にうなずいて同調すると、困り顔に後悔をめいいっぱい浮かべる彼とともに帰路についた。
翌日のお昼過ぎ、拓海は会社へ出かけると言って身支度を整えていた。復帰前に一度、顔を出しておきたいということだ。スーツに袖を通した拓海は、いつもの彼じゃないみたいに凛々しかった。
この数日、拓海とは学生時代に戻ったかのような日々を送ってきた。しかし、いま目の前にいるのは、会社にすべてを投げ打ってきた彼だ。職場復帰したら、再会する前の彼に戻るんじゃないか。そんな不安を覚えるほどに彼の表情は変わっていて、光莉は彼の復帰を邪魔したらいけないような気になっていた。
「あっ、そうそう。腕時計の件だけどさ、同僚の名前を若村刑事に伝えておいたよ。お見舞いに来てくれた人で疑わしいやつなんていないから気が咎めるけどさ、調べてくれると思う」
玄関ドアに手をかけた彼は、不意に振り返り、思い出したようにそう言う。
「腕時計の持ち主、見つかるといいね」
「だよな。もし、若村が訪ねてきたら、すぐ俺に連絡しろよ」
若村はまだ自分を疑ってるだろうか。少なくとも、理乃を装って会社へ電話をかけた人物は女の人だ。腕時計の持ち主とは別の誰かであるのは間違いない。
「うん、わかった」
自身の潔白は確かなのだから、警察へ行ってもかまわない。そういう気持ちはあったが、そうでも言っておかないと拓海が心配するから、光莉は素直にうなずいた。
「帰りは遅くなるんだったよね?」
「ああ、上司と食事する約束になってる」
「ゆっくりしてきて。私も、クライアントに会う約束があるから、少し遅くなるかも」
それは嘘だったが、拓海が疑う様子はない。
「そろそろロスに戻らないと、仕事も困るよな」
「理乃の件が解決するまでは、日本で仕事しようと思ってるんだけど」
「そっか。クライアントが納得してくれるといいな。じゃあ、行ってくるよ」
「うん、いってらっしゃい」
笑顔で見送るとすぐ、光莉はきびすを返してリビングへ戻った。ローテーブルの下にはいまだ、高校の卒業アルバムが無造作に置かれている。それをつかみ、トートバッグにねじ込むと拓海のあとを追うようにアパートを飛び出した。
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