異世界ゆるり紀行 ~子育てしながら冒険者します~

水無月 静琉

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書籍該当箇所こぼれ話

閑話 幸運な冒険者

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少年冒険者・エド視点
土の迷宮で出会った若手冒険者パーティのお話です。


**********


 僕はエド。一年前にやっと成人し、同じ村の幼馴染みであるクードとジェーンと一緒にシーリンの街にやって来て、憧れだった冒険者になった。
 初めは三人でパーティを組んで薬草の採取やFランクの魔物の討伐の依頼を受けていた。
 贅沢なんてできないギリギリの生活だけどな。
   ギリギリだといっても、村で生活していたってそう簡単には贅沢はできないのだから、大して変わらないぞ。やりたいことをやっているだけ、畑仕事ばかりな生活よりは断然楽しくやっている。

 そんな生活をしながらしばらく経った頃、ジンとセーラという同い年の、やはり冒険者になったばかり奴に出会った。
 そいつらと臨時のパーティを組んで、一緒の依頼を受けているうちに仲良くなり、正式に一緒のパーティを組むことになった。
 パーティ名は『永久の絆』。男三人、女二人のパーティだ。

 五人で地道に低ランクの依頼をこなし続け、最近やっとEランクに昇格することができた。
 その時、Eランクになれたことだし、そろそろ迷宮に挑戦しようと、ジンが提案してきた。
 シーリンの街のすぐ側には、都合がいいことに下級の迷宮がある。
 さらに街の周辺で低ランクの依頼を受けるよりは収入が見込めるとあって、反対の意見は出なかった。
 迷宮に行くのは僕も楽しみにしてたし、何となくEランクになったら……と考えていたので、その提案はとてもタイミングが良かった。
 だから、僕達は次の日からさっそく迷宮に行くことにした。


◇ ◇ ◇


 初めて迷宮を訪れてから何度も迷宮攻略に挑み、今日もまた迷宮に入っていた。
 僕達は今では一階から七階まで順調に進んで来られるようになっていた。
 この迷宮は一~七階は比較的危険の少ない迷宮で、八階層から攻略レベルが上がるということは知っていた。だから普段は七階までの攻略に留めていた。
 だけど今日は違った。
 七階層まで余りにも順調に辿り着いてしまったので、僕達は「八階へ下りてみないか?」という言葉に調子に乗って、八階の攻略に繰り出してしまったのだ。

「見ろよ! ここに隠し部屋があるぜ!」
「マジか。宝箱とかあるかな?」
「凄い凄い!」

 八階層の通路を歩いているとジンが隠し部屋を見つけた。
 隠し部屋といえば、宝箱が隠されている可能性が高い場所だ。情報だとポーションとかが見つかるらしい。下級のポーションでも見つかれば、今の僕達には充分なお宝だ。そんなものが手に入るかもしれないと、気分が高揚した。

「開けるぞー」

 隠し部屋を見つけたジンを先頭に、僕達はワクワクしながら扉を開けた。だけど――
 何とそこにはウルフにホーンラビット、スライサーバットが各十数体ずついるではないかっ!
 罠だっ!
 ヤバイ ヤバイ ヤバイ! こんなの無理だー!!!

「ひぃ~!」
「何だよ、これ!」
「に、逃げるぞー!」

 僕達は一目散に逃げ出した。あんなのに勝てるわけがない!
 全力で通ってきた道を戻るように駆け抜けた。

「つ、次は、どっち、だ……」
「右! 右だっ!」

 道を間違うことだけはしないようにしないと! もし、行き止まりなんかに行ってしまったらお終いだ!
 道を右に曲がる直前、ちらりと後方を見れば、追いかけてくる大量の魔物の姿が見えた。
 くそっ~。諦めてくんないかな……。
 いつものように七階層までにして、引き返せば良かったのに……と、今さらながら後悔する。

「くっ……」

 息が苦しくなってきた……。このままじゃヤバイ……。
 もう少しだ。一階、上に行けば助かるんだ!
 迷宮の魔物は階層を越えてまでは追いかけてこない。そう思いながら、縺れそうな足に叱咤し、走り続けた。
 げっ! 人!? 人がいるっ!?

「うわ――――っ!! 逃げてくださーいっ!!」

 必死に逃げていると、前に人がいることに気がついて慌てて叫んだ。
 ヤバイ、このままじゃ巻き込んでしまう。息を切らしながら必死に叫んだのに、そこにいた男の人は何故か立ち止まってしまった。
 な、何でっ!? 逃げろって言ってんのに何で逃げないのさ!

「ちょ、ちょっと! 何してんですかっ!?」

 さっさと逃げ出してしまいたいが、このままこの人を置いて僕達だけで逃げてしまえば、僕達は犯罪者になってしまう。パニック状態にあった脳が、一気に冷めるのを感じた。

「《ウィンドカッター》」

 引っ張って逃げようかと思ったその時、男の人が魔法を放った。
 放った魔法が魔物の集団に目掛けて飛んでいき、その瞬間、土埃で前が見えなくなった。
 とんでもない威力の魔法だった。下級の迷宮に来るような人が使うような威力ではない。
 そんな凄い魔法でも何匹かの魔物が土埃の中から飛び出てきた。だが、気づいた時には男の人と一緒にいた二人の子供が走り出していた。
 子供は滑らかな動きで魔物を蹴り飛ばし、簡単に残りの魔物を片付けていた。

「ええええぇぇぇぇ―――!!」

 何だよ、あの子供は!? あまりの強さに叫び声以外の言葉は出てこなかった。

 全ての魔物を倒し終わると、男の人――兄さんが僕達に声をかけてきた。

「すみませんでした!」

 僕達は慌てて頭を下げて謝罪した。
 魔物のなすりつけ行為。わざとではないとはいえ、僕達がしたことは犯罪の一つだ。この人が正式に報告したら、僕達は処罰を受けることになる。自然と体が震えてくる。
 だが、この人は僕達を訴える気はないようで、声に怒気は含んでいなかった。
 安堵した。そしてガチガチに緊張して強張っていた体から力が抜けた。
 この人がいい人で本当によかった~。
 これがガラの悪い冒険者だったら、訴えられなかったとしても暴力をふるわれたり、お金を巻き上げられる可能性もあったのだ。そうなってしまったら最悪の事態だった。

「「いっぱいー!」」
「ありがとう。疲れてないか?」
「「だいじょーぶ」」

 ドロップアイテムを拾いに行っていた子供が、大きな袋を引きずりながら戻ってきた。
 子連れの冒険者なんて珍しい。この兄さんは僕達の一、二歳上って感じだから弟と妹か? 確かにこの子供達は強かったけどさー、普通子供を連れて迷宮に来ないよな~。

「「あっ! あそこー」」
「ん?」
「うわぁぁ! ポイズンスパイダーだっ!!」

 毒を持つ蜘蛛の魔物。あいつは危険だ。あいつは隠密性に優れていて、いつの間にかに背後に忍び寄り、体が麻痺する神経毒を使ってくるんだ。
 この迷宮で気をつけなければならない魔物トップ3に入るやつだ。絶対にポイズンスパイダーの毒の解毒薬だけは買っていくように言われている。
 それにしても、背後に忍び寄られる前に気づけたなんて幸運だ。

「《エアショット》」

 ええぇぇぇー!!
 兄さんが軽い感じで魔法を使って、ポイズンスパイダーを瞬殺してしまった。
 しかも、見つけることさえ出来れば、倒すのは簡単だと言う。
 確かにポイズンスパイダーはそこまで強い魔物ではない。しかし、ポイズンスパイダーは警戒心が強く、遠くにいるうちに気づくなんて難しい。
 気づくことが出来たとしてもな……。僕達は剣か槍、ナイフで戦うスタイルで、遠距離での攻撃手段を持っていなかった。
 魔法を使う者もいなければ、盾役もいないし、探査ができる斥候役もいない。はっきりいってバランスの悪いパーティだった。
 この兄さんは僕達の装備を見てそのことに気づいたのだろう。だから兄さんは投擲術を覚えることを提案してくれた。僕達のようなあまりお金に余裕のない冒険者でも、落ちている石で練習すればいい、と。
 確かにそれなら簡単に練習ができるし、懐も痛まない。何故、今まで気づかなかったのだ、と思うほど画期的なことだった。

「あっ、またー」
「きたー」

 げっ! またポイズンスパイダーがいる。
 また、子供が天井に張り付いているポイズンスパイダーを見つけた。っていうか、何でいるのがわかるんだ?
 何故か落ちていた拳サイズの石を拾い出すし……。そして――

 ――ドコンッ!

『ええぇっ!?』

 僕達全員が驚愕を声を上げた。
 子供が石を投げると、大きな音を立ててポイズンスパイダーに命中。そして、天井にいたポイズンスパイダーが落下してきた。
 しかも、ポイズンスパイダーは地面でピクピクとしている。瀕死の状態だ。
 こ、子供が! こんなに小さな子どもがポイズンスパイダーを仕留めるなんて!
 僕……いや、僕達の誰でも、こんな風にポイズンスパイダーを倒すことなんてできない。なのに、自分よりも遙かに年下の子供が、あっさりとやってのけてしまった……。
 嘘だよなっ!?
 夢であって欲しい。口に出さなかったが、全員がそう思ったに違いない。

 下の階層へと進む兄さん達と別れ、僕達は出口に向かって慎重に足を進めていた。
 その道中、話題に上がるのはやはり、先程別れたばかりの兄さん達になるのは当然の成り行きだろう。

「凄かったな」
「うん。凄かった…」

 あの兄さんの魔法はとんでもなかった。数十匹もいた魔物の集団をたった一発の魔法でほとんど仕留めてしまったのだから。

「訓練すれば魔法って覚えられるかな?」

 ジンがそう呟いた。
 魔法か……。魔法って、才能の有無も関係あるけど、指導してもらうのって結構お金が掛かるんだよなぁ。でも、これから先も冒険者でやっていくには必要なことだよな。街に戻ったら詳しく調べてみよう。

「わたし、弓の練習をしようかな……」

 セーラもそう呟いた。
 そうだな。僕達の誰か一人でも弓を持つ奴がいた方がいいよな。セーラはナイフをメインの武器にしていたから、弓とナイフを使い分ける戦闘スタイルとかにしたらいいと思うんだ。

「俺は投擲の練習をする! あの兄さんの言うとおり、まず落ちている石で命中率を上げる!」

 クードも新たな目標を見つけたようだ。

「うん、それがいいね。僕も一緒に投擲の練習をする!」

 自分達の現状をきちんと把握して、欠点と向き合うことをしていなかった。それがいかに危険なことだというのに。
 今回のことで僕達は先ばかりを見ていたのに気がづいた。
 そうだ。死んでしまっては意味がない。今はじっくりと鍛錬を重ねて強くなるんだ。

「あの兄ちゃんにシーリンの街で会えるよな。改めてお礼が言いたいな」
「うん、そうだね」
「あっ! でも名前を聞いてない!」
『あっ!』

 後から助けてもらったお礼をしに行こうにも、名前を聞くのを忘れてしまった。

「でも、あんな小さな子を連れた冒険者なら目立つし、聞けばわかるんじゃないかな?」

 ジェーンの言う通りだ。子供を連れた冒険者なんて珍しい。冒険者ギルドで情報を集めればわかるかもしれない。

「そういえば子供は名前を言ってた。アレン? と……エレナ? だったか?」
「言ってた言ってた」

 もう一度会えるよね? 今度会ったら、きちんとお礼を言わないと!



 街に戻るとあの兄さんの名前はすぐにわかった。タクミさんと言うらしい。
 冒険者ギルドで『二人の子連れの冒険者』という特徴だけ直ぐに判明した。
 この街に来てそれほど経ってないという話なのに、タクミさんと子供達は結構有名だった。
 何でも、ギルドで絡んできた大柄の冒険者を子供が叩き伏せた、とか。「噂だ」と話を聞いた先輩冒険者は言っていた。
 まあ、迷宮での出来事がなかったら絶対に信じなかっただろうけどさ……僕達はそれが噂ではなく真実だと思った。


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