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3巻
3-3
第二章 領主に会いに行こう。
海からベイリーの街に戻った僕達は、その足で冒険者ギルドへ向かった。
僕達がこの街にいることをギルドに知らせるためと、持っている素材で採取依頼を受けるためだ。シーリンの冒険者ギルドにベイリーの街に向かうとは伝えたけれど、到着の報告はしていなかったからね。
お金に困っているわけではないものの、僕は定期的に依頼を受けるようにしている。
ほら、ギルドの資格には失効期限っていうのがあるだろう? 三年間と余裕はあるが、依頼を受ける習慣をつけておきたいと思っているのだ。
ギルドに入ると、僕はまず依頼ボードへ行き、持っている素材と依頼書を照らし合わせた。手持ちのもので、素材採取の依頼を達成できるかもしれないからね。
何枚かの依頼書をピックアップして、受付の列へと並んだ。
もうすぐ夕方だから、仕事から戻ってきたのであろう冒険者がちらほらいる。
「こんにちは。お仕事の依頼でしょうか?」
僕の順番が回ってくると、受付の女性から声を掛けてきた。どうやら冒険者ではなく、仕事を依頼しに来た人間と思われたようだ。……まあ、仕方がないか。
僕はカウンターに依頼書とギルドカードを差し出した。
「いいえ。この依頼を受けたいんですが」
「すみません。冒険者の方だったんですね。見かけたことがなかったもので」
女性は頭を下げ、申し訳なさそうにした。
「先日この街に着いたばかりなんです」
「そうだったんですね。では、こちらをお預かりします」
受付の女性は依頼書とギルドカードを受け取ると、水晶板を操作し始める。
彼女が作業するのを横目に、僕は依頼書に書かれていた素材を《無限収納》から鞄を通して取り出し、カウンターへと並べた。
《無限収納》を使える人間はほぼいないから、変な詮索をされないように、こうして誤魔化すことにしているのだ。シーリンでは何人かに知られているけど、この街では一応用心しておく。
「え! Aランクっ!?」
「まあ一応……」
「失礼しました。こちらの依頼にある素材は全てお揃いですか?」
「はい、揃っています」
「確認させていただきます」
僕がAランクということに受付の女性は驚いたようだが、すぐにカウンターに並んだ素材を手に取り、再び確認作業を始めた。
だが、受付の女性は突然大声で叫び出した。
「きゃーーーーーっ!!」
「っ!?」
「「ひゃあ」」
僕は彼女の悲鳴のような声にぎょっとした。
アレンとエレナも驚いたらしく、僕の足にしがみついている。
「め、迷宮ぅ~! あ、新しい迷宮を見つけたんですかっ!?」
「はぁ!?」
僕の驚きを余所に、受付の女性は再び叫んだ。どうやら依頼処理をしている時に、僕のギルドカードに記載された【迷宮記録】を目にしたようだ。
それにしても彼女は今、何と言った? 新しい迷宮だって?
僕達はシーリンから近い『土の迷宮』と、つい先日の海の中にある『細波の迷宮』しか行ったことがない。
――ということは、細波の迷宮って未発見だったのか……。
エーテルディアに一〇八箇所ある迷宮。
僕はシルに刷り込まれた知識のお蔭で全ての迷宮についてどこにあるのか知っているが、どの迷宮が一般に知られているかまでは把握していなかった。
調べておくべきだったな……。
僕はうっかり未発見の迷宮に足を踏み入れ、その痕跡がきっちり記載されたギルドカードを見られてしまった、ということか……。
これはまずいか? ……いや、大丈夫だ。誤魔化せる!
迷宮の入り口は海中だったが、潜りさえすれば簡単に見つけられるような場所だし……。うん、大丈夫だろう。
『海で遊んでいたら、偶然見つけた』――これでいこう!
海を泳いでいる時にたまたま近くを通りがかったのは本当のことだし。
「カレン、新しい迷宮とはどういうことだ?」
何事かと駆け寄ってきた男性のギルド職員が、受付の女性――カレンさんに声を掛けた。
「こ、こちらの方の【迷宮記録】に『第五十三の迷宮〝細波〟』と記載されていますぅ~」
「何っ!? ――こ、これはっ!」
男性は驚きの声を上げた。そして、僕の情報が表示されている水晶板を覗き込み、【迷宮記録】の記載を確認したのだろう。今度は目を見開いて固まっている。
男性職員の反応を見て、他の職員もわらわらと集まり始め、ざわめきがギルド内に広がっていく。
あーあ……職員だけじゃなく冒険者もこちらに注目しだした……。
「タクミ様、本当に迷宮ですかっ!?」
「……?」
……え? 何それ、どういう意味だろう?
「阿呆か、カレン! お前は何を言っている! ギルドカードに記載されている時点で迷宮に決まっているだろうがっ!!」
えっと、〝迷宮じゃないかもしれない〟という話か?
いや、そもそも僕が迷宮を発見しましたと、口頭で報告したわけではない。
ギルドカードの記録を見ているわけで、それを疑うならカードの機能自体を疑うことになる。
というか、カードの内容って一応個人情報ですよね? 大声で叫ぶの止めて欲しいんですけど……。情報の秘匿って決まりはどこにいったんだ?
「ですけどショーンさん! 迷宮を新たに見つけるなんて大事ですよ」
「お前より俺のほうがその凄さはわかっているっ!」
「でもでも~」
「カレン、お前はもう黙れ! 言っていることが滅茶苦茶だ!」
「いやいや、ショーンさんもテンションがおかしいですからね?」
あ~……帰っていいかな? いいよね?
アレンとエレナも、周りから注目を浴びて萎縮しているし……。
とりあえず、出したものを片付けて――
「ちょっ、ちょっと待ってください! 何をなさっているんですかっ!?」
ちっ! こっそり帰ろうと思ったのにカレンさんに気づかれてしまった……。
「帰ろうかと。あ、ギルドカードを返してください」
「なっ!! 何言ってるんですかっ! 駄目ですよぉ!」
こっそりトンズラするのは無理だったので、開き直って堂々と帰ろうとしたら阻まれた。
カレンさんが、ギルドカードを抱え込んで返してくれないのだ。
身分証を置いていくのは気が引けるけど……これ以上騒がれるのは嫌だし、もうこのまま帰ってしまおうか。
――そう思っていたら、いつの間にか僕達の周りに人が集まってバリケードができあがっていた。微妙に距離が開いているとはいえ、ガタイのいい男ばかりに囲まれているので圧迫感がとんでもない。アレンとエレナはさらに萎縮……いや、怯えている。
僕は二人の肩に手を回して宥めるように撫でながら、カレンさんを見据えた。
「何故、帰っては駄目なんですか?」
「何故って……。だ、だって新しい迷宮を発見したんですよ? いろいろと話を聞かせていただかないと!」
「嫌です」
「えっ!!」
「驚く内容だったとはいえ、個人情報を所構わず叫ぶような人達に教えたくありませんね」
「ええぇっ!?」
【迷宮記録】といえども、個人の情報であることは間違いない。それなのに秘匿義務のある職員が内容を叫ぶなんて、あってはならないことだ。
ばっちり注目を浴びて、ギルド内にいる人達には僕が新しい迷宮を見つけたことが完全にバレてしまっている。
僕がギルドに教えたくないと発言したことで、周りからは「独り占めする気か」とか「いやでも、最初にうまみを得てからギルドに情報を流すのは当然……」などという声が聞こえてくる。
重要な情報を簡単に教えるはずがないという同意の声、あるいは批判する声。ん~……半々ってとこかな?
「それとも僕が知らないだけで、『個人情報を他言してはならない』というギルド職員の規則はいつの間にか撤廃されたんですか?」
「……うぐっ」
カレンさんは言葉を詰まらせ、徐々に顔を青くした。
こんな重要な規則が撤廃されるなんてあるわけないんだしな。間違いなく、カレンさんは職務規定違反をしたことになる。
男性職員――ショーンさんや他の職員も、気まずそうな表情をしていた。
カレンさんを窘めもしないで、一緒に騒ぎに便乗しちゃっていたしね。
今回の迷宮については、バレても問題にならない――というより誤魔化すことが可能な内容だったが、そうでなかった場合は由々しき事態である。
これがたとえば、〝アレンとエレナが上級迷宮を攻略〟なんて内容だったら……確実に驚かれるだろう? それが暴露されれば、二人は大勢の人に目を付けられるかもしれない。
今のは仮の話に過ぎないが、上級迷宮の攻略はいずれ間違いなく実現するだろうし……。
そういえば、【依頼記録】のほうはガヤの森で狩った魔物素材の取引記録がある。今は詳しく見ていないのだろうけど、気づいたら騒がれそうな内容だな。
うん、これはやっぱり今のうちに牽制しておかないと!
「何を騒いでおる!!」
「「ギ、ギルドマスター!!」」
そうこうしているうちに、騒ぎを聞きつけた五十歳前後のわりとガッチリした体型の男性が奥から現れた。彼がギルドマスターのようだが、元冒険者って感じかな?
「お前が騒ぎの原因か?」
ギルドマスターは明らかに僕のほうを見てそう言った。
まあ、職員達と対面する位置にいるし、冒険者に囲まれているからな。そう捉えられるのも仕方がないだろう。
「僕が原因と言えばその通りですが、騒ぎの発端ではないですね」
「どういうことだ?」
「そちらの職員が、僕達の個人情報を大声で叫んだことがそもそもの始まりですから」
「何っ!? それは本当かっ!!」
僕の言い分を聞いて、ギルドマスターはガバッ、と勢いよく自分の部下達を振り返った。
「あ……その……」
「どうなんだっ! はっきりせんかっ!!」
「あ、新しい迷宮の情報があったため、思わず叫んでしまいましたっ!! 申し訳ありませんっ!!」
カレンさんはギルドマスターの怒声にビビリながらも、迷宮についての報告はしっかりとしてから頭を下げる。
「何っ!? ……その話は本当か?」
「は、はい。そちらの方の【迷宮記録】にしっかりと記載されていました」
「どれだ?」
「こちらです」
おい、ギルドマスター。今は【迷宮記録】の確認をする状況じゃないだろ……。
「で、この迷宮はどこにあるんだ?」
「それが……その……教えたくないと……」
「……そうなのか? 何故だ?」
「だからっ!! 問題をはき違えないでください。僕は迷宮の場所を教えたくないと言っているわけではありません。情報を簡単に漏らすような組織に教えたくないだけです!!」
追及したい点から話が逸れそうだったので、僕は咄嗟に言い募った。
個人情報の漏洩。今、大事なのは迷宮のことではなく、そちらのほうだ!
ほんと、そこんとこ忘れないで欲しい!
『……』
ギルド職員一同が沈黙していた。
「えっとな……その……」
「とりあえず別室に案内してくださいっ!!」
「そうだな、すまない。俺の執務室に来てくれるか?」
ギルドマスターも気まずそうに頬を掻きながら、自分の執務室を示した。
はぁ……とりあえず移動するか……。
ああ、その前にギルドカードを返してもらって、と。
素材の受け渡しをするだけだから、すぐに終わると思ってギルドに寄ったというのに……。大騒ぎになってしまい、予定より時間がかかっている。
もうすぐご飯の時間なんだけどな~。僕には迷宮発見の報告よりも、アレンとエレナの食事のほうが重要なんだが……。
だけど、報告しないで帰れそうにもない。これはさっさと話してしまったほうが早く帰れるかな?
はぁ……。
僕達はギルドマスターの執務室へと案内された。
室内にいるのは、ギルドマスターとカレンさんを含めた職員三人だ。
「まずは俺も含め、うちの職員達が申し訳ないことをした」
「「すみませんでした」」
執務室のソファーに僕達が落ち着くと、ギルドマスターと職員達が謝罪の言葉とともに一斉に頭を下げた。
「新発見の迷宮だろうが、あの場で口外するなんざ以ての外だ。本当に申し訳ない」
彼らは本当に悪かったと思っているらしく、とても真摯な態度だった。
「後から詳しく聞き取りをして処分を下すが……その、な……」
「停職や減給ってところですか?」
「……ああ、そうだ。さすがに解雇は勘弁してやってくれないか?」
「それで構いません。ただ今後、情報漏洩をしないようにお願いします」
「もちろんだ。しっかり指導しておく」
僕が了承すると、カレンさんが明らかにホッとしていた。
僕としては情報管理さえしっかりしてくれれば、職員の処遇はギルドの方針で決めてもらって構わない。下手に重い処分にして、ギルドとの関係がぎくしゃくするのは避けたいし、ギルドは今後も使用するだろうからね。
どのみち、流れてしまった情報を回収することはできないのだから、なるべく穏便に決着させてギルドに恩を売っておくのがいいだろう。まあ、次があったら容赦しないけどな!
「あ~、それでな……」
「迷宮ですね」
「そうだ。今回はギルドカードに迷宮の位置がはっきりと表示されているので、発見したことを領主様に知らせて人を派遣してもらい、その者とギルドの者が場所を確認しに行くことになる」
へぇー、迷宮のことはすぐに領主様に報告されるんだ~。
ちなみに発見者がギルドカードを持っていなかった場合は、発見者の証言だけになるので、領主様に知らせる前にギルドで調査を行うらしい。
「正式に認められれば国から褒賞が出る。もちろん、迷宮内の情報を提示してもらえれば、ギルドからも情報料が支払われる」
迷宮の存在はもう広まっているので、ここで渋る必要はないな。下手に隠して変な奴に絡まれるのは嫌だし。まあ、国からの褒賞とかは正直どうでもいいけど……。
「わかりました。お教えします」
「本当かっ!」
「はい。迷宮は『第五十三の〝細波〟』。全三十層の中級、水属性の迷宮だと思われます」
「水属性か!」
まずは基本的な情報を伝える。ほとんどはギルドカードにも記載されていた内容なので、それを見た者ならわかっていると思うが、一応な。
迷宮の属性は〝水〟で間違いないのだが、今の段階では断言しないでおいたほうがいいだろう。何故わかったのかとか聞かれると面倒だし。
「場所は街の東側の海岸沿い、徒歩で十分くらいの海の中に、大きめの岩礁がある場所はわかりますか?」
「ああ。浜辺からそれほど離れてない位置にあるやつだよな?」
「ええ、そうです」
街のすぐ側のためか、ギルドは岩礁の位置をしっかりと把握していた。
「その岩に迷宮の入り口があります」
「何っ!?」
「へ?」
「そんな近場に!?」
僕が迷宮の在処を伝えると、あまりの近さに話を聞いていた人達は唖然とした。
今まで見つかっていなかったのだから、人が通らないような場所だと思っていたのだろう。
「ちなみに入り口は海の中です」
「何てことだ……」
今度は全員でがっくりと項垂れている。反応豊かな人達ばかりだ……。
「ああ、あと入り口から迷宮内までは、五十メートルほどの完全に水没した通路を進まないといけません。確認に行くのでしたら準備が必要になりますね」
「何だと?」
「息継ぎする場所がないので、呼吸を止めて進むしかありません。そのへんを補う魔道具が用意できないのであれば、調査に出す人は選んだほうがいいですよ」
『……』
調査にはそれなりに動ける人間が行くと思うが、間違っても事務職や文官みたいな人が同行しないように言っておかないとな。
「君はどうやって入ったんだね?」
「肺活量にはそれなりに自信がありますので」
「そ、そうか……」
人魚の腕輪は全く出回っていないわけではないので、それを使ったと言ってしまっても大丈夫だとは思うが、一応黙っておくことにした。入手先を聞かれたら困るしな。
「……タクミさんはAランクですしね。そのくらい問題ないんでしょう」
「「Aランクっ!?」」
カレンさんの感心したような呟きに、他のメンバーが反応した。
ああ、僕のランクを知らなかったんだよな。
ただ、ギルドマスター……あなたは水晶板の情報を見ていたじゃないですか? まあ、【迷宮記録】に目が釘付けだったから、気づかなかったのかもしれないけど……。
というかカレンさん……個人ランクは街の門とかでは提示が義務付けられている項目なので、知っている人は知っている内容なんだけどさー。あまり公言するのは止めて欲しい。
今は職員しかいないからまだよかったけど、この人は不特定多数の人がいる場所でもやらかしそうな気配がある。
僕は若干呆れ、溜め息を零した。
「「おにーちゃん、おなかへったー」」
話が途切れたところで、アレンとエレナが僕の服を引っ張り、空腹を訴えてきた。
「ごめんな~。もう終わるから、ご飯食べに行こうか」
「「うん」」
「では、迷宮についての話は終わりでいいですね」
そう言って、すぐに話を切り上げる。幸い、必要最低限の情報は提供し終わっていたし、問題ないだろう。
「それじゃあ、僕達はこれで失礼します。アレン、エレナ、行くよー」
「「はーい」」
「え? ちょ……おい!?」
ギルドマスターの呼び止めようとする声が聞こえたが、僕はそれを無視して、アレンとエレナを連れてさっさと執務室を出る。
ギルドのホールに戻ると、迷宮の情報を得ようとしている冒険者がまだいるのが窺えた。その人達に捕まるのは嫌なので、「迷宮の場所はギルドに伝えたので、そちらから聞いてください」と言っておいた。これでひとまずは大丈夫かな?
さて、ご飯だご飯。夕食はどこで食べようかな。
◇ ◇ ◇
翌日。
僕達は宿の食堂で朝食を食べた後、部屋でのんびりと過ごしていた。
すると、そこに冒険者ギルドからサブマスターが訪ねてきた。
どうやら昨晩、もしくは今朝の早いうちに迷宮へ行き、確認を済ませてきたようだ。
迷宮は近場だしな。行って見てくるだけなら大して時間はかからない。
そしてこれから領主様のところへ報告に行くらしい。昨日のうちに予め申請をして、午前中に面会することが決まっていたようだ。
で、僕達にも同行してくれってさ。「何故、僕も?」と疑問を口にしたら、「発見者が何を言っているんですかっ!!」と怒られた。
いや、同行しなきゃいけないなんて知らなかったし。
そういうわけで、僕達は領主邸へと連れてこられた。まあ、特に抵抗する気はなかったし、領主様に挨拶しておくのも悪くないと思ったので、大人しくついてきたんだけどね。
そして、案内された一室でアレンとエレナとともに待っていると、間もなく三十歳くらいの男性が初老の男性を引き連れて部屋に入ってきた。
【鑑定】は使っていないが、入ってきた様子や服装からすると、初老の男性はこの家の執事で、若い男性のほうが領主様だろう。だけどこの人……どこかで見たような……。
「あなたがタクミさんですね。初めまして。セドリック・リスナーと申します」
「え? ……リスナー?」
領主様は僕のことを知っているような口振りをした。会ったことはないはずなのだが……。
家名がリスナー。そして、銀髪に灰青色の瞳ってことは、もしかして……?
「おや? アイザックから聞いていませんか?」
アイザック……といえば、騎士団のシーリン支部にいた、第二隊副隊長アイザック・リスナー様のことだろう。
「……知り合い、としか」
「あいつはまた……。弟が申し訳ありません。きっと、黙っておいて驚かせようと考えたのでしょうね」
弟っ!! この領主様はアイザック・リスナー様のお兄さん!
よくよく見れば、顔立ちがとても似ている。
ああ、そうか。だから、僕がベイリーに行くと告げた時、リスナー様が紹介状を書いてくれたのかー。
あの場には、シーリンの支団長であるデリック・ローレン様や、リスナー様が所属する第二隊の隊長であるグランヴァルト・ルーウェン様もいたし、支団長補佐であるフィリップ・カラン様もいた。なのに、わざわざ道具を借りてまで紹介状を書いてくれたのがリスナー様であったことが、少し不思議だったのだ。
でも、その時はただ単に、交友関係の深さを考慮してのことだと思っていた。
話し方からして、リスナー様とベイリーの領主様は気安そうな関係だなぁ……と感じたから。
だが、まさかリスナー様と兄弟だったとは……。
親族だから、紹介状を書くのはリスナー様が一番都合が良かったのだろう。
「シーリンではリスナー様……アイザック様には大変お世話になりました」
「いえいえ。手紙でですが、タクミさんのことは伺っております。アイザックの命の恩人だそうで。弟を助けてくださり、ありがとうございます」
挨拶をしたら、いきなり頭を下げられてしまった。
「あ、頭を上げてください!!」
僕は慌ててお兄さんを止めた。
「こちらこそ、リスナー様には……あ~、すみません。セドリック様とお呼びしても?」
リスナー様と呼ぶと、兄弟どちらのことだかわからなくて紛らわしい……。だけど、勝手に名前で呼ぶのは失礼にあたりそうだから、とりあえず許可を取ることにした。
「ええ、ぜひ。敬称も不要ですよ」
「いや、それはさすがに……」
「では、〝さん〟で手を打ちましょう。もちろんアイザックのことは呼び捨てで構いません。兄である私が許可を出しましょう」
「いや、でも……」
「お願いしますね」
柔和な笑みだったが、強引に呼び方が決定された。うん、逆らえそうにありません。
でも、アイザック・リスナー様を呼び捨てにするのは無理なので、〝さん〟付けで勘弁してください。
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