王妃の愛

うみの渚

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王妃の愛

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 王城の一番豪華な寝室で、二人は最期の会話をしていた。

「フローラ、其方が余の妃となり支えてくれたこと、感謝する。一人息子のアルフォンスも、次代の王として立派に育ってくれた。まだ若い其方を置いていくのは心残りだが、余の病は待ってはくれない。本当にすまない」

 ベッドに横たわったまま蒼白い表情で、フローラと呼んだ女性の手を力なく握って感謝の気持ちを伝えた。
 女性は儚げな笑みを浮かべたまま、ベッドで横たわる男性を見つめて告げた。

「すまないとは何のことでしょう。私を無理矢理妃にしたことですか?そのためにアルバート様を殺したことですか?」

 儚げな笑みはそのままなのに、その口から発せられた言葉は驚くほどに冷たかった。

「っ!!」

 王は妃の突然の変わりように驚愕した。

「まあ、そのように驚くことはないでしょう?私が何も知らないとでも?陛下?」

 妃は笑みを貼り付けたまま、王から手を引くとスッと立ち上がり話しを続けた。

「陛下は弟のアルバート様が昔から苦手でしたね。お優しいあの方をどうしてあそこまで厭うのか、私には分かりませんでしたわ。ですが、陛下がアルバート様を暗殺したことだけは、調査の結果分かりました。なぜ、あのようなことを?」

 スッと目を細めて見下ろしてきた瞳には、何の感情も見受けられなかった。

「フ、フローラ。何を言っているんだ?余はそのようなことはしていない。アルバートは、た、確か車輪が外れて転倒した所を野盗に襲われたと聞いたぞ」

 王は上体を起こして説明しようとしたが、やせ細った体は言うことをきかない。

「……陛下。報告書にはただ野盗に襲われたとしか書かれていませんわ。なぜ、ご存知なのでしょう」

 無表情で語る声は、全て知っているとでも言う口ぶりだった。
 それでも尚言い逃れをする王。

「あ、いや、もう昔のことで詳しくは覚えていない。誰かの報告書と間違えたんだろう」

 目を泳がせて言い訳を始める王。

「ハァ、ワインドーズ家。ご存知ですよね?王家の暗部です」

「あ、ああ。代々王家に仕えている家だ。それがどうした?」

 妃は机の上の書類を手に取ると、王に向けて放り投げた。
 王は震える手で書類を一枚手に取り、目を通した後言葉を失った。

「ワインドーズ家、ウィルフリートは暗部の長で間違いありませんね?車輪に細工し、野盗に変装させてアルバート様を暗殺するよう命じたのは陛下だと、証言は取れています。それと陛下のサインと印が押されています。陛下は詰めが甘いですね。まぁ、そのおかげで助かりましたが」

「あ、フ、フローラ。ちがー」

「陛下。もうこれで最期なのです。私は真実が知りたいのです。どのような思惑でアルバート様を亡き者にしたのか、教えてください」

 妃は無表情のまま淡々と告げた。
 王は妃のその様子に観念したのか、ポツリポツリとその心情を吐露した。

「……アルバートは昔から優秀で見目も良く、剣術も得意で非の打ち所がなかった。それに加えて余は、剣術しか取り柄がなく、常に奴と比べられていた。悔しかった。父上も母上も奴ばかり可愛がって憎らしかった。しかも、婚約者はフローラ、君だ!余には何もない!せめて婚約者くらい愛した人としたいと思って何が悪い!ゴホッゴホッ」

 弱った体で声を張り上げたせいで、シーツに血がポタポタと落ちた。

「……では、私の気持ちはどうなるのです?愛していた人を亡くしたのですよ?不慮の事故であれば、何とか納得させることが出来たかもしれません。しかし、アルバート様は実の兄に殺されたのです。私は陛下が憎い!憎くて憎くて仕方ない!」

 拳をギュッと握りしめて、静かに王を睨みつけた。

「……フローラ。余は其方を愛している。誰にも渡したくなかった。アルバートにも!」

 王は妃に今にも泣き出しそうな顔で縋った。

「私は陛下を愛したことなど、ただの一度もございませんわ」

「あ……」

 王は絶望の瞳で妃を見つめた。

 ゴフッ

 咳と共に盛大に血が零れた。

「もうそろそろですわね。陛下、最期に大事なお話しがございます。アルフォンスのことですが、あの子は陛下のお子ではありません。あの子は、私とアルバート様との子です。安心してください。ちゃんと王族の血は引いていますから、この国は安泰ですわ」



 口から大量の血を吐いている王を、顔色一つ変えずに眺めている妃は、彫像のように美しかった。
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