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第三章 フドゥー伯爵家

第七十一話 遠征終了

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 崖から荷車ごと船に飛び移った俺たちは、無事に甲板の上に着地した。

「ただいまー。何かあった?」

「あぁ……。例の一行だな。冒険者ギルドで見ていたみたいだが、霧が発生した後は見えなくなったから教えろってよ。しかも、質が悪いことにギルマスを連れて来やがったんだよ」

 ジェイドがダルそうにしながら説明してくれる。
 彼も神父様たち同様、崖から落ちた荷車に驚いた被害者だからね。

「それで?」

「言うわけないだろ。守秘義務があるって言えば、ギルド側は突っ込めないからな。熊さんゴーレムが乗船の邪魔をしてくれたっていうのもあるけどな」

「さすが、ユミルっ」

「グァ♪」

 頭に手を乗せて照れている仕草をするユミル。
 可愛い。

「捕虜の引き渡しがどうのとかも言っていたけど、冒険者ギルドの依頼を受けたわけじゃないから拒否させてもらった」

「さすがだね」

「まぁこれくらいはな」

 珍しく照れているようだ。
 よくよく考えてみれば、初対面の頃から交渉役だったな。
 肉体労働よりも意見をまとめたり、交渉をしたりするほうが得意なのかも。

「セルグラト、王都で情報操作ってできる?」

「可能だ」

「教会に送った各種書類が王家にも届いている頃だから、王家に対する不信感を煽っておきたいんだよね。前回の裁定が間違っていたって知らしめるために」

「ふむ。任せてもらおう」

「よろしくね」

 情報操作の方向性を軽く打ち合わせした後、セルグラトはネビロスに何か許可をもらいにいった。
 許可申請の内容は、配下の召喚だった。

 それぞれ特殊な能力を持つ配下を持っているらしく、今回は転移や転送能力を持つ『アグラシス』と、洗脳の能力を持つ『シドラゴサム』の二人を呼ぶらしい。
 前者は女性で、後者は細身の男性だった。
 甲板に出現した二人は俺の方を向いて一礼した後、セルグラトと一緒に転移していった。

「さすが。仕事が早い」

 頑張れっ! 王太后っ!
 馬鹿の尻拭い経験者として応援しているっ!

「グリム、そろそろ霧をよろしくー」

「ホォー」

 霧で視線を遮った後、艦隊を送った海域まで転移した。

「……どこ、ここ?」

 メイベルを筆頭に、誰も来たことがない【奈落大地】の東側。
 目の前には魔導戦艦と魔導船で構成された艦隊、右舷前方には赤黒い砂に覆われた大地、左舷には雲にも届きそうなほどの山脈がある。
 場所の把握をしろというのは無理があるだろう。

「ここは、男爵領の西側の海域だよ」

「――え? じゃあ……右側のアレって、【奈落大地】なの?」

「そうだよ。僕の土地だよ」

「……仮だろ」

 神父様は失敗すると思っているらしく、懐疑的な視線を向けている。

「仮登録した時点で僕の勝ちですよ」

「ほぅ、主殿はかなり自信があるようだな」

「ネビロスは、どうなるか気になっていたんだっけ?」

 ネビロスがパシリに立候補してまで召喚された理由が、【奈落大地】の緑化を直接する目にすることだった。
 バラムは一部の者にだけ連絡が取れるらしく、打診したときに【奈落大地】の話をしたらしい。

「そうだ。神罰が下った土地だぞ? 一つの村なら分からなくもないが、大国に匹敵する広さだからな。気にならないわけがない」

「僕のどすこいパワーに不可能はない」

「……いつもこうなのか?」

 ネビロスはムカついたのか、周囲にいるバラムや神父様たちに自分がおかしいのか確認していた。
 神父様たちは「いつものこと。最初はムカつくけど、しばらくすれば少しは慣れてくる」と、失礼なことを言っている。

「さぁ船を固定したら、とりあえず男爵領に戻るよー。早く港の建設を始めないとね。港湾都市とかいいよねー」

「「「「「はーい」」」」」

 製塩地帯まで船で進んで船を停泊させる。
 私兵団に捕虜や奴隷たちを連れてきてもらい、収納したままだった教会の馬車に乗せていく。

「ユミル、スロープを作ってあげて」

「グァーーーー……グァ?」

「あっ寝てたの? ごめんね。スロープ作って欲しいな」

「グァ」

 そういえば、もう少しでおやつの時間だったな。お昼ご飯食べなかったから、おやつだけでも食べておきたい。
 ユミルも食べるのを我慢するために、寝ていたのかもしれない。

「あとでおやつにしようか」

「グァ♪」

「可愛い」

 そうと決まれば、ゆっくりと運んであげる必要はない。
 壊れない範囲で滑り落ちろと思いつつ、甲板から海岸まで繋いだ氷のスロープに馬車を載せ突き落とした。
 叫び声が聞こえたけど無視して、馬車のシャーシに結びつけたロープを引くと同時に【観念動】で衝突を回避させる。

「はい、速やかに降りてー」

 同乗している私兵団が文句を垂れながら捕虜たちを降ろしていき、空車になった合図を送ってきた。
 合図を確認してから、【観念動】を使いながらロープを引いて二陣の準備をする。

「はい、次の方ー。乗って下さい」

 一度目を見てしまったため、二陣の足取りが重く見える。

「はい、ドンドン」

「はい、ドンドン」

「グァグァ」

 手拍子してテンポ良く載せること数度、やっと全員降ろし終わり、他の船を含む全ての船を投錨させた後、海岸いる捕虜たちと合流する。

 現在、海岸には神官騎士の精鋭たちがおり、製塩工場で高品質の塩を作っている。

「神官騎士の諸君、後日正式に紹介するけど、ここにいる四人は神聖帝国に駐留していた聖騎士です」

「――え?」

「本当に?」

「初めてみた」

 などなど。
 様々な感想が口からこぼれているが、憧れの存在の貫頭衣姿に半信半疑の者もいるようだ。

「聖騎士が四人いて、神官騎士の精鋭は百人いる。二十五人ずつの編成をしようと思っているから、後日組みたい人とか聞かせてね」

「え? 希望を聞いてくださるのでしょうか?」

「もちろん。今まで組んでいた人の癖が分かっていた方が連携が上手く機能するとか、今まで組んでいたけど合わないという人もいるだろうしね。できるかぎり要望は聞くよ。仕事も軌道に乗ったら交代制にするしね」

「りょ、了解しました」

「うん。じゃあまずは交代で船の見張りをしてて。魚釣りとかしててもいいから、流されたり魔物に襲われてたりしたら報告して」

「「「はっ」」」

「よろしくねー」

 荷車には俺たちが乗り、馬車には違法奴隷二十六人を乗せて一路怪物村改め【キビラ村】へ。
 もちろん、その他の捕虜は歩かせている。

「怪物村の名前決めたの?」

「うん。【キビラ村】にしたんだー」

「ふーん。どういう意味?」

「黄金都市の一つなんだよ」

「都市……?」

「開発はガンツさんに止められているからね。これからだよ」

「あぁ……泣きそうになりながら怒ってたときの……」

「そう、それ。弱視の僕にも見えるようにって至近距離まで顔を近づけて……本当に怖かった……」

「それで約束しちゃったんだよね?」

「そう。装備を優先してもらってるしね」

 私兵団の三人組が男爵領の冒険者ギルドで馬鹿にされていた一つの要因が、貧乏冒険者としては標準の平服装備だった。
 今回サーブル村支部の告発をしたから、トドメに職員の見る目のなさを指摘できればと思っている。

 そのためにも冒険者らしい装備は必要不可欠だ。

 ガンツさんには無理させることになるから、開拓という楽しみは待っていてあげている。

「四日しか経ってないから、まだできてないと思うけどね」

「どすこいパワーは偉大だね」

「でしょーー!」

 どすこいパワーのエネルギー源であるモフモフを現在も堪能しており、同時にユミルのご機嫌を取っている。
 ユミルは賢いから、もう少しで新しいモフモフが追加されることを察して不機嫌になってしまったのだ。

 だから、ユミルは運命的な出会いをした特別な存在で、これから召喚する者はユミルの弟や妹だよと、説得を続けている。
 実際にユミルは、廃棄世界で出会って契約した唯一の存在なのだ。

 元々契約するために行ったわけではないのに、契約することになったのは運命としか言いようがないと言ったところ、ご機嫌でクッキーを食むまで機嫌が回復した。

「カルム、わたしはそろそろユミルちゃんとお風呂に入りたい」

「無理です」

「なんでーー!」

「僕のどすこいパワーのエネルギー源だからね」

「じゃ……じゃあ一緒に寝るのは?」

「僕の部屋で一緒に寝れば可能だけど……貴族令嬢には無理だと思うな」

「あっそれなら大丈夫。わたしの国は大丈夫なの」

「――ホントに? 嘘はいけないよ?」

「本当だよ。カルムとわたしなら大丈夫。だから、一緒に寝ようね」

 ヤバい……。地雷踏んだかも……。
 そうだっ。ママンに相談しよう。
 きっと駄目だと言うはずっ。

「あっ。もうすぐ着くよ」

「ユミルちゃん、お泊まり楽しみだねー」

「グァ」

 話が噛み合っていない。

『グリム、メイベルの国におかしな風習ってあるの?』

『さぁー? 私は知りませんねー』

『帰ったら風習事典を召喚しよう』

『ですねー』

 キビラ村についてすぐ、神官騎士も入っていた倉庫を改造した牢屋に分けて引き渡す方の捕虜を収監していく。
 引き渡さない捕虜は俺の奴隷になるから、すでにいる三十二人の奴隷に世話を頼んだ。

 違法奴隷たちはそのままサーブル村に行き、教会で正式な手続きをした後解放する。
 違法奴隷たちにはあらかじめシボラ商会の村に無断で入ったり、捕虜に復讐したりした場合は問答無用で捕縛して奴隷にすると伝えてある。

「カーティル、ご苦労様。警備の指示を出したら奈落湯に来てねー」

「はっ」

「じゃああとでねー」

 荷車に馬車を連結して、どすこいパワーで荷車一台引きの馬車を作る。
 正確に言えば、連結したように見せただけで、荷車の下を通したロープを俺が持っているだけ。

「……何だ? これは」

「どすこい馬車だよ?」

 ネビロスは魔法で動いていると思っていたようで、キビラ村に到着してすぐに馬車と荷車の周囲をハエルと一緒に調べ回っていた。
 結果、何も見つけられなかったネビロスが、謎の動力について質問する。

「……まともに答えてくれることってあるのか?」

「あるぞ」

「じゃあバラムは知っているのだな?」

「フルカスもな」

「……へぇー?」

「バラム殿……」

 ネビロスはフルカスに標的を変えたようだ。
 非常識班の関係性が見えて面白い。

「はい、到着ーー!」

「グァーー!」

 四日間の遠征は無事に終了するのだった。

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