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吸血鬼殲滅戦・序

第158話 吸血鬼殲滅戦・序『手取川の戦い』

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 荒れる川の流れの中を、かき分けるようにオオムカデ爺やが進む。

 ようやくケルラウグ川の川岸が見え、岸へ上がった。

 オオムカデ爺やは魔力を使い果たした様子で、岸に上がるなりすぐさま倒れて動かなくなってしまった。

 やはり相克のフィールドエリアを進んだことで相当の消耗をしたようだ。



 「よくやった! 爺や! ちょっと休んでいろっ!」

 「は……、はいですぅ……。」


 ムカデ爺やから降りたオレたちは、川を振り返るが、ゴウゴウと流れるその勢いに、引き返すことはもうできないと改めて認識させられた。

 中洲にそびえ建つ『人ごろし城』をいったんやり過ごし、このまま、川沿いに北に進むのだ。

 だが、『人ごろし城』から追っ手がかかったりすることを警戒し、ちょっと森の中に入り、姿が見られないようにして北上する。



 それにしても天候がこんなに悪くなってくるとは予想外だった。

 そういえば、天候を操る魔法というのもあるらしい……。

 まさか、この悪天候も魔法でおこした現象なのか?

 いや……。オレたちは闇に紛れ、川を渡った。

 敵に気づかれているわけはない。



 「このまま、80ラケシスマイル(100km)ほど北に行けば、『ジュラシック・シティ』です。」

 「そこまで歩いていくか……。」

 「うむ。移動術を使おう。」

 「移動術……ですか?」

 「ああ。ミナ! 頼む。」

 「はい。ヘルシングさん。」



 ミナさんが呪文を唱える。

 「レベル3強化魔法『きたえる足』よ!」

 『大空晴れて深みどり、心はひとつ、日はうらら、足並みそろえ、ぐんぐん歩け、みんな元気できたえる足だ!!』


 すると、オレたちの足が軽くなって、勢いよく速く走れるようになった!

 なるほど、身体強化の魔法っていうわけだ。

 足だけでなく、それに合わせた全身の筋肉なども強化されているから、バランスが取れなくなるってこともなかった。



 森林の中を走るオレたち。

 森林の奥はなにか不気味な雰囲気だ。

 この森の名は『メメント森』という。

 『メメントモリ』は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」、「死を忘るなかれ」という意味の警句だったっけ……。



 その意味の通り、『死』と隣合わせなんだろうか、恐ろしい魔獣の鳴き声が時折聞こえてくる。

 なるべく、魔物と出会いたくない。

 今は、一刻も早く『ジュラシック・シティ』に到着することが先決なのだ。



 (マスター! 少し様子がおかしいです。)

 (どうした? アイ!?)

 (はい。この周囲20ラケシスマイル(周囲32km)の魔物たちの姿が見えません。)

 (それって……、いいことじゃあないの?)

 (いえ。まったく見当たらないのです。これは違和感しかありません。)

 (なるほど。そう言われるとそうだな。じゃあ、索敵範囲を広げてくれ。)

 (イエス! マスター!)



 「ヘルシングさん! ジンさん! もうすぐ『ジュラシック・シティ』が見えてくるはずです!」

 ジョナサンさんがそう言って前方に向かって指を差した。


 「マスター!! 背後60ラケシスマイル(約100km)に敵の影を発見致しました!」

 「なにっ!? 数はどのくらいだ?」

 「およそ……、8千です! 牛のような角を持った集団です。いかが致しますか?」

 「ジン殿! 前に『ジュラシック・シティ』が見えたぞ! ん……!? あれはなんだ!?」



 一気に情報が多い!

 しょうがないんだけど……。

 前が開けた場所に巨大な街が見えた。







 「おおっ! すごい!」

 「ああ……。ジン殿は『ジュラシック・シティ』は初めてか? あの高層居住地に緑の樹木と共存する生活スタイルなのが、ディノエルフ種だ。」


 ヘルシングさんが説明してくれた通り、高層ビルに樹木がいっぱい生えてる不思議な風景のような街だ。

 元のオレの世界で、建築家のステファノ・ボエリ氏のデザインマンションのようだ。

 ミラノの「垂直の森」とかそんな感じなんだ。



 「あっ! そうだ! ヘルシングさん。後方から追手がやってきてます!」

 「なに……!? そうか!」

 「やはり、気づかれてたか!?」

 「そうね。おそらく『人ごろし城』からの敵でしょうね。」



 「あ! あれ見てください! 街の門が開きます!」

 「なにものか出てきます!」


 街の門が開き、トカゲの大きくなったような種族が軍勢で出てきた。

 その軍勢はみな一様に、鎧姿で盾と剣を持った竜人、リザードマンたちだった。



 「あれはっ! 恐竜騎兵隊『ディノ・ドラグーン』っっ!?」

 「え!? 『ディノ・ドラグーン』って!?」

 「ああ。『ジュラシック・シティ』の防衛軍だよ。別名『狂竜隊(マッド・ドラグーン)』とも言われている。」

 「じゃあ、『ジュラシック・シティ』からの援軍ですか!?」

 「いや……。援軍とは限らない……。」

 「どうして……?」




 「マスター! それは……。彼らが援軍であれば、誰を敵と認識しているのでしょう?」

 「アイ? そりゃあ、青ひげ男爵に決まってるじゃあないか?」

 「ええ。そうであれば、なぜ青ひげ男爵の存在をすでに知っているのか? それと、我々が青ひげ男爵と敵対していることをなぜわかっているのか? ……という疑問が湧きます。」



 たしかにそうだ……。

 オレたちは『人ごろし城』に気づかれずにここにやってきたと思っていたが、追っ手がかかっているというところを考えると川を渡ったことがバレていたと考えるべきだ。

 そして、オレたちが北上し、『ジュラシック・シティ』にやってきたまさにこのタイミングで、その『ジュラシック・シティ』から軍隊が出されて、こちらに迫ってきている……。

 ……となると?



 (ええ。マスター。『ジュラシック・シティ』は敵と通じております。あるいは、すでに敵の手に落とされたか……?)

 (そ……そんな……!? もしそうなら非常にやばくないか?)

 (イエス! マスター。かなり危険な状況です。前方と背後を敵に挟まれている状況。つまり挟み撃ち……でございます。)



 それって、絶体絶命じゃあないか?

 あぁ……! なんだか戦国時代の戦でこういうの読んだことがあったぞ……。

 たしか……。

 上杉謙信と織田信長の戦いだったっけ……。



 『手取川(てどりがわ)の戦い』だ。加賀国の手取川において上杉謙信軍が織田信長軍を撃破したとされる合戦のことだ。

 織田軍の柴田勝家は、全軍が手取川を越えたところで、助けに行くはずの七尾城の落城と、上杉謙信の松任城入場を知り、即座に退却を指示したのだけど、そこを、上杉謙信が自ら2万の兵を率いて、松任城から討って出て、柴田勝家がボロボロになって敗走したという有名な合戦だ。

 川を渡ろうとすれば流されて溺死し、川を渡るのを拒めば上杉勢に討たれると言う状況で、織田勢は敗戦したのだ。



 ヤバい!

 オレたちもまさに今その状況じゃあないか!?

 しかも前後を挟撃されている!



 「ヘルシングさん! 挟撃を受けています! 前方と背後! おそらく『ジュラシック・シティ』は吸血鬼の手に落ちています!」

 「やはり……。そうか! ジン殿もそう思うか!?」

 「ええ! タイミングが良すぎる!」

 「あの前方の『恐竜騎兵隊』の先頭の者……。あの者は間違いなく吸血鬼でも手練れだろうなぁ……。」



 ヘルシングさんが指差したその先頭の者は荒くれたパンクロッカーのような格好をした恐竜というのがふさわしいヤツだった。

 そいつが叫び声をあげたのだ。



 「我こそは恐竜騎兵隊『ディノ・ドラグーン』、凶暴種『十の災い』が壱の竜シアッツである! 貴様らのことは聞いている! いざ尋常に勝負!」


 すると、『ディノ・ドラグーン』達が、雄叫びをあげて勢いを増して、オレたちの方へ迫ってくる!



 



 間違いない。

 『ジュラシック・シティ』はすでに吸血鬼どもの手に落ちていた。

 そして、オレたちはとてつもないピンチに陥ったということだったー。



~続く~

©「きたえる足」(作詞:片桐 顕智/作曲:成田 為三)


※『手取川の戦い』について
記録が少なく実像が不明確なことから、その帰趨(上杉軍大勝)や規模については議論があるとのことです。
『信長公記』には「柴田勝家等の出陣の記述及び羽柴秀吉の戦線離脱」の記述はあるものの合戦の記述はなく、『長家家譜』(長家)では「七尾城への援軍として織田勢4万が出陣したが、落城の報に接し、秀吉は戦わずして帰陣した」ことが記述されているのみに過ぎないとのこと。

本作では、フィクションですので上杉謙信が鬼神の如き強さを示した今までのイメージの『手取川の戦い』を採用しております。

以下は、参考までに、中公新書の『織田信長合戦全録』(谷口克弘著)からの引用です。

〈『信長公記』は、天正三年にあたる巻八以降は、完璧に近いほど正確な記事を載せており、大きな事件を漏らすこともない。たとえ地方で起こった事件にしろ、きちんと記録するのが作者太田牛一の真骨頂といえる。その『信長公記』に載せられていないばかりでなく、北陸を舞台にした軍記物にもほとんど記載がないのだから、この手取川の戦いは、それほど目立った戦いではなかったと判断したほうがよいだろう。
〈上杉軍の追撃の前に、織田軍が敗走したことだけは確かであろう。そして上杉謙信の勝因は、その戦闘力よりも加賀の一向一揆を味方にしたというところにあるだろう。そのため織田軍は、最後まで上杉軍の動きが見えなかったのである。



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