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3.書類
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「精神的疲労による失神です。何か強い心労、ショックを受けたのでしょう。しばらくしたら意識は戻ると思います。このまま落ち込むようなら連絡を。気付け薬を2日分お出ししときますよ」
「ありがとうございました先生」
執事が屋敷の裏戸口まで医師を送る。
「あ、ダクスさん。あの、さっきの男の方。今旦那様のお部屋に帰られましたけど...良かったですか?」
侍女のカラが執事に話しかけて来る。
「ああ。私もすぐ戻りますよ。着替えはされましたか?」
「はい。旦那様のお言付け通りお風呂にも入られてお食事もされました」
「そうですか.................」
「あの方どなたなんですか?」
「.................新しい旦那様のペットですよ」
「!!!」
「ふふっ。冗談ですよ」
「もう!ダクスさんたらっ!」
(まだ決定では無いだけですけど.................)
コンコンッ
「ダクスです。入りますね」
ガチャッと扉を開ける。
そこはサリアンの私室。天幕の張ってあるベッドに主人が眠る。その傍らに先程とは違い、小綺麗にした金の髪を持つ長身の男がベッドの横で椅子に座っていた。
「リグマイアス様。お疲れでしょう。お部屋を用意致しました。そちらでお休み下さい」
「いえ。私はここに。せめて彼女が起きるまでおります。...........私の所為ですので」
「.................。融資の件ですが、主人より無担保無利息にて貸付するように承りましたのでそのように手配させて頂きますね。すでに領地は返還の命が出されているようですが、我が商会から返還停止の通知と立て直しの案を国に申し立て致しますので」
リグマイアスは首を左右に振り言う。
「.................いえ。必要は有りません。私は一度無能故に手放してしまった。もう、信用など微塵も無い。このままで良いのです。私などより上手く回される方がされれば良い」
「ふうん。では、どうされるおつもりですか?」
「ふふ。旅でもしますよ。宛ては有りませんが。今の私には彼女に償う術がない。彼女が起きたらもう一度ちゃんと謝ってから出て行きます」
「.................貴方は勝手な方だ。主人の心を引っ掻き回して何事も無かったように出て行くと言う。」
「そ、そんなつもりは!」
「じゃあ、何故主人は倒れたのかお分かりですか?」
「.................私が.......現れたから。嫌な思いをさせたのでしょう」
「多分、主人はこのままだと自ら命を絶ちますよ?」
「え?ま、まさか。何故今更..........あ、いや、そう言う意味じゃなくて。既に4年も経っているし......」
「この4年間は貴方を見返したくて走り抜けてきたんですよ。それがね、あなたが思っていたより不幸になっていたと分かってしまった。主人が言ってたでしょ?目標が無くなった。疲れた、と。張り詰めていた気が切れたのです。今の主人は危うい。最悪の選択をするかも知れません」
「彼女は私を恨む事で頑張れたって事ですか?」
「そうです。でも、疲れてしまった。恨む事にも、悲しむ事にも。美しいのに元々淫乱の気が無い方ですから男性に見向きもしないし、新しいお相手でも居れば良かったんですが、尽く袖にしてしまわれるのでこちらもヤキモキしていたのですよ。それでね、調べたんです。貴方の今の状況やお相手の事、探ろうと思って」
「え?私?」
「そうしたら..........貴方.......」
「ん.................」
サリアンが身動ぐ。
「「..................................」」
「....もう少ししたらお目覚めになられるかも知れませんね。.......リグマイアス様。もし、このまま主人の前から消えると言うのなら、この書類にサインして下さい。だが、貴方があの契約を結ぶと言うなら...」
ダクスは一枚の書類をリグマイアスに渡す。
「.................これは.................」
「4年経っても貴方は主人を繋ぎ止めている。離れる決意が有るならもう、解放して差し上げて下さい。主人のお父上様にもいい加減煩く言われて困っていたんです。早く次の良い伴侶を見繕うようにとね。...........これで決着を付けましょう」
リグマイアスはその書類を懐かしげに眺めながら呟く。
「.................ええ。そうですね。お互いに........もう」
「...........ん....あ。.................ここ.................」
「サリアン....。大丈夫かい?」
「リグ........マイアス。私.................」
ダクスは主人の無事を確認した後、足音を消し、扉から姿を消した。
「あ、あの。リグマイアス......さん。私何が?」
「疲労で..........倒れたんだ。済まない。私が姿を見せたからだね。本当偶然だったんだけど。いや、本当はずっと君を探してた。会おうなんて思って無かったんだ。ただ、君がちゃんと幸せになれているか、それが知れれば良かった」
「.......幸せに見えるでしょ?」
「.................」
「見えない?」
「.....ああ」
「可笑しいわね。頑張って来たのよ?まあ、小娘だから父の威光もあるんだけど。自分の財は築いたわ。ふふ...っ」
「サリアン」
「リグマイアスさん。綺麗にしたのね。金の髪。綺麗ね。貴方の空色の瞳と相まって天使様みたい。随分痩せ細ってるけど。ふふ。食事は取った?ダメよちゃんと食べないと。融資するから...そうだ。計画書を作らないと。契約書も............」
「サリアン。良いんだ。もう。良いんだよ。私は領主には戻らない」
「っ!じゃあ、どうするの?何処に行くの?ダメよ.........ダメ」
「.................。旅にでも出ようと思って。働きながら転々とね。行けるところまで.....」
そう言ってリグマイアスは力無く微笑んだ。
「そう。決めたの」
じゃあ
「もう........私は必要無いわね」
ああ。これで.................終わり
下らない意地を張り続けるのも
もう終わり
貴方を気にするのも今日で終わり
貴方の空色を見るのも.......金の髪を見るのも
私も.................終わりにするわ
「リグマイアスさん。身体に気を付けてね?そうだ、当面の資金はお渡しするわ。私からの餞別よ。帰りにダクスから受け取って。貴方の旅が良いものであります様に。ダクスにメモを書くわ。少し待ってね」
もう、私には要らないものだから。全部あげても良い。もう.........好きにすれば良い
私はサイドテーブルの上に有るメモ用紙とインク壺を見る。その横に何かの書類が置かれていた。
「.......何?何の書類?」
「.................」
私は体を起こしその書類に目をやる。
「.........え?」
「.................サリアン。済まない」
「どう言う事?.................なんで?」
「出せなかった」
「........ああ.................!」
リグマイアスは徐に首から吊るした厚い皮の巾着の中から何重にも折られた紙を取り出す。
それを丁寧にゆっくりと広げていった。
その様子を呆然として眺める。
それはあの日
2人が終わった日
私が残して去って行った
自らの名前を書いた
別れの証
クシャクシャになった
離婚届だった。
「ありがとうございました先生」
執事が屋敷の裏戸口まで医師を送る。
「あ、ダクスさん。あの、さっきの男の方。今旦那様のお部屋に帰られましたけど...良かったですか?」
侍女のカラが執事に話しかけて来る。
「ああ。私もすぐ戻りますよ。着替えはされましたか?」
「はい。旦那様のお言付け通りお風呂にも入られてお食事もされました」
「そうですか.................」
「あの方どなたなんですか?」
「.................新しい旦那様のペットですよ」
「!!!」
「ふふっ。冗談ですよ」
「もう!ダクスさんたらっ!」
(まだ決定では無いだけですけど.................)
コンコンッ
「ダクスです。入りますね」
ガチャッと扉を開ける。
そこはサリアンの私室。天幕の張ってあるベッドに主人が眠る。その傍らに先程とは違い、小綺麗にした金の髪を持つ長身の男がベッドの横で椅子に座っていた。
「リグマイアス様。お疲れでしょう。お部屋を用意致しました。そちらでお休み下さい」
「いえ。私はここに。せめて彼女が起きるまでおります。...........私の所為ですので」
「.................。融資の件ですが、主人より無担保無利息にて貸付するように承りましたのでそのように手配させて頂きますね。すでに領地は返還の命が出されているようですが、我が商会から返還停止の通知と立て直しの案を国に申し立て致しますので」
リグマイアスは首を左右に振り言う。
「.................いえ。必要は有りません。私は一度無能故に手放してしまった。もう、信用など微塵も無い。このままで良いのです。私などより上手く回される方がされれば良い」
「ふうん。では、どうされるおつもりですか?」
「ふふ。旅でもしますよ。宛ては有りませんが。今の私には彼女に償う術がない。彼女が起きたらもう一度ちゃんと謝ってから出て行きます」
「.................貴方は勝手な方だ。主人の心を引っ掻き回して何事も無かったように出て行くと言う。」
「そ、そんなつもりは!」
「じゃあ、何故主人は倒れたのかお分かりですか?」
「.................私が.......現れたから。嫌な思いをさせたのでしょう」
「多分、主人はこのままだと自ら命を絶ちますよ?」
「え?ま、まさか。何故今更..........あ、いや、そう言う意味じゃなくて。既に4年も経っているし......」
「この4年間は貴方を見返したくて走り抜けてきたんですよ。それがね、あなたが思っていたより不幸になっていたと分かってしまった。主人が言ってたでしょ?目標が無くなった。疲れた、と。張り詰めていた気が切れたのです。今の主人は危うい。最悪の選択をするかも知れません」
「彼女は私を恨む事で頑張れたって事ですか?」
「そうです。でも、疲れてしまった。恨む事にも、悲しむ事にも。美しいのに元々淫乱の気が無い方ですから男性に見向きもしないし、新しいお相手でも居れば良かったんですが、尽く袖にしてしまわれるのでこちらもヤキモキしていたのですよ。それでね、調べたんです。貴方の今の状況やお相手の事、探ろうと思って」
「え?私?」
「そうしたら..........貴方.......」
「ん.................」
サリアンが身動ぐ。
「「..................................」」
「....もう少ししたらお目覚めになられるかも知れませんね。.......リグマイアス様。もし、このまま主人の前から消えると言うのなら、この書類にサインして下さい。だが、貴方があの契約を結ぶと言うなら...」
ダクスは一枚の書類をリグマイアスに渡す。
「.................これは.................」
「4年経っても貴方は主人を繋ぎ止めている。離れる決意が有るならもう、解放して差し上げて下さい。主人のお父上様にもいい加減煩く言われて困っていたんです。早く次の良い伴侶を見繕うようにとね。...........これで決着を付けましょう」
リグマイアスはその書類を懐かしげに眺めながら呟く。
「.................ええ。そうですね。お互いに........もう」
「...........ん....あ。.................ここ.................」
「サリアン....。大丈夫かい?」
「リグ........マイアス。私.................」
ダクスは主人の無事を確認した後、足音を消し、扉から姿を消した。
「あ、あの。リグマイアス......さん。私何が?」
「疲労で..........倒れたんだ。済まない。私が姿を見せたからだね。本当偶然だったんだけど。いや、本当はずっと君を探してた。会おうなんて思って無かったんだ。ただ、君がちゃんと幸せになれているか、それが知れれば良かった」
「.......幸せに見えるでしょ?」
「.................」
「見えない?」
「.....ああ」
「可笑しいわね。頑張って来たのよ?まあ、小娘だから父の威光もあるんだけど。自分の財は築いたわ。ふふ...っ」
「サリアン」
「リグマイアスさん。綺麗にしたのね。金の髪。綺麗ね。貴方の空色の瞳と相まって天使様みたい。随分痩せ細ってるけど。ふふ。食事は取った?ダメよちゃんと食べないと。融資するから...そうだ。計画書を作らないと。契約書も............」
「サリアン。良いんだ。もう。良いんだよ。私は領主には戻らない」
「っ!じゃあ、どうするの?何処に行くの?ダメよ.........ダメ」
「.................。旅にでも出ようと思って。働きながら転々とね。行けるところまで.....」
そう言ってリグマイアスは力無く微笑んだ。
「そう。決めたの」
じゃあ
「もう........私は必要無いわね」
ああ。これで.................終わり
下らない意地を張り続けるのも
もう終わり
貴方を気にするのも今日で終わり
貴方の空色を見るのも.......金の髪を見るのも
私も.................終わりにするわ
「リグマイアスさん。身体に気を付けてね?そうだ、当面の資金はお渡しするわ。私からの餞別よ。帰りにダクスから受け取って。貴方の旅が良いものであります様に。ダクスにメモを書くわ。少し待ってね」
もう、私には要らないものだから。全部あげても良い。もう.........好きにすれば良い
私はサイドテーブルの上に有るメモ用紙とインク壺を見る。その横に何かの書類が置かれていた。
「.......何?何の書類?」
「.................」
私は体を起こしその書類に目をやる。
「.........え?」
「.................サリアン。済まない」
「どう言う事?.................なんで?」
「出せなかった」
「........ああ.................!」
リグマイアスは徐に首から吊るした厚い皮の巾着の中から何重にも折られた紙を取り出す。
それを丁寧にゆっくりと広げていった。
その様子を呆然として眺める。
それはあの日
2人が終わった日
私が残して去って行った
自らの名前を書いた
別れの証
クシャクシャになった
離婚届だった。
応援ありがとうございます!
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