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第四話 シルヴィア、婚約破棄される
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都の大聖堂。
そこで本日、聖女シルヴィアと王子エリックの結婚式が執り行われる予定となっていた。広場にはその様子を拝もうと、特別に招待された市井の者も詰めかけていた。
「シルヴィア、田舎もんのオラたちを結婚式に招いてくれてありがとう」
「ありがとうシルヴィア。母さん嬉しいわ」
「いえ当然のことですよ」
似合わないスーツとドレスを着たシルヴィアの両親。娘の晴れ舞台とあって、満面の笑みで幸せを噛み締めている。
そんな両親を見て、シルヴィアの心も温かくなった。
(ああ、やっと親孝行ができるのですね)
村を出てからというもの聖女としての仕事に没頭し、碌に顔を見せに行くこともできなかった。給金の一部を仕送りしたりしていたものの、それでも罪悪感は拭えなかった。
でもこれでやっと親孝行ができるのだと思えて、シルヴィアの目尻にも涙が浮かんできた。
三人は抱き合いながら、束の間の幸せを噛み締める。
「オラたちも後で王子様に挨拶せないかんのか。ひゃー、緊張すんなぁ」
「どうしよう、アタシ、王子様に何か失礼なことしちまったら」
「大丈夫ですよ。エリック様は紳士でいらっしゃいますから。多少の粗相など気にも留めないと思います」
田舎者ゆえ礼儀作法など知らず何か失礼なことをしないかと心配するシルヴィアの両親。
そんな両親を、シルヴィアは大丈夫だと諭していく。
エリックは人国一のイケメンである。見目だけでなく精神も麗しく、人品卑しからぬイケメンである。
恋に浮かれるシルヴィアの目には、そうとしか映らなかった。実際はキャシーの色香に即落ちしたザコなのであるが、そんな風には映らない。
「ご両親様は別室にて待機を」
「わかっただ。それじゃあまた後でなシルヴィア」
「晴れ姿楽しみにしているわ」
「ええまた後で」
両親は係りの者に連れられていく。花嫁となるシルヴィアはその準備に勤しんでいく。
「シルヴィア様、こちらにおめしかえくださいませ」
シルヴィアは係りの者によって純白のドレスに着替えていく。
(あれ、このドレス、何か違和感が……)
少しの違和感を感じたものの、シルヴィアはそれを流すことにした。
長らく戦場を離れて太平の世を謳歌していたシルヴィアには、昔のような常在戦場の緊張感はなかった。結婚に浮かれていたシルヴィアは、ドレスに仕組まれた巧妙な罠に気づかなかった。
「それではシルヴィア様、こちらへどうぞ」
「はい」
着替え終わったシルヴィアは会場入りしていく。
「聖女様!」
「お美しい!」
「聖女というよりもはや女神だ!」
シルヴィアの天使のような美しい晴れ姿を見て、会場にいた者たちが熱狂する。
シルヴィアはその中に両親の姿がないことを訝しく思いながらも、後で合流する段取りなのかと思いスルーした。
「エリック様、本日はよろしくお願いいたします。本日より貴方様の妻となります」
「うむ。その話なのだがな」
会場入りしたシルヴィアは夫となるエリックと挨拶する。
当然「こちらこそよろしく頼む」という趣旨の返事が返ってくるものだと思ったシルヴィアであったが、エリックの異変に気づいて首を傾げることになる。
「シルヴィア、お前との婚約は破棄させてもらう」
「――――え?」
シルヴィアは絶句する。
婚約破棄。
シルヴィアの優秀な脳みそは当然その言葉の意味を理解していたが、その意味を理解することを拒んだ。
事情を知らぬ会場の面々も何事かとざわざわと騒ぎ立て始めた。
「どういうことでしょうか?」
「それはお前がよく知っているだろう。この偽聖女めが!」
「え?」
豹変するエリックに、シルヴィアは戸惑う。
「これが偽者の証だ!」
エリックは呆けた様子のシルヴィアに近づくと、彼女の着ていたドレスのお腹の部分を掴んで引き剥がした。
――ビリビリィイッ。
ドレスの腹巻部分が破け、一瞬でへそだしルックのドレスへと早変わりするのだが、問題はそこではない。
「なっ、これは!?」
シルヴィアの下腹部辺りに、ピンク色の禍々しい紋様が施されていたのである。
「なんだあの紋様は!?」
「聖女とは思えないくらいの淫らで禍々しいものだ!」
「あれはもしや淫魔!?」
会場にいた人々は一斉に騒ぎ出す。
「我が妻となるはずだったシルヴィアは既に魔族によって暗殺されていたのだ! ここにいるのは偽聖女! 淫魔が化けた偽者だ! この私を唆して篭絡させ、人国を崩壊に導こうとする魔族の刺客だ!」
エリックの宣言に、会場は今日一番の大騒ぎとなる。
優秀な脳みそを持つシルヴィアは、すぐにエリックたちの罠だと気づいた。
この淫魔特有の下腹部の模様に見えるものは、先ほどのドレスに仕組まれた魔法によるものなのだろう。時間が経てばすぐに消えるものであるが、今すぐにでも対抗魔法を使って消した方がいいと思った。
だがすぐには対応できなかった。信じていたエリックに裏切られたということが、それほどショックだったのだ。
「本日の結婚式は中止! これより偽者の聖女の処刑を執り行う!」
エリックの宣言により、結婚式会場は処刑会場へと早変わりしていく。
会場にいる者の多くは反聖女派の者たちで固められていたので、準備はスムーズに執り行われていく。係りの者によってあれよと言う間にギロチンが用意され、シルヴィアをギロチン台へと連れて行こうとする。
「私に近づかないで!」
ショックを受けて呆けていたシルヴィアであるが、処刑が間近に迫り、流石に抵抗を始める。
「動くな偽聖女! こいつらがどうなってもいいのか!」
「――ッ!?」
抵抗するシルヴィアであったが、抵抗を諦めざるを得なかった。視界の奥に、愛する両親の姿が目に入ったからだ。
「むーむー!」
「んーんー!」
シルヴィアの両親は猿轡を施されて拘束され、その首筋には刃を突きつけられていた。抵抗すれば両親の命はないという、シルヴィアに対するメッセージだ。
両親は声にならない声を必死に出して訴えていた。「オラたちのことなど構うな。シルヴィア、お前だけでも逃げろ」というようなことを伝えたいのだろう。
だがシルヴィアは抵抗できなかった。抵抗しなかった所で両親が助かることなどないことはわかりきっていたが、それでも抵抗できなかった。
愛する人に裏切られたというショックが大きすぎたのだ。
聖女といえど一人の乙女である。婚約破棄という最低最悪の裏切り行為をされてメンタルがポッキリと折れ、シルヴィアは半ば自暴自棄になっていた。
抵抗して生き残ったところで両親は死んでしまう。ならばこのまま両親と一緒に死んでもいいかもしれないと思い始めていた。そこまで追い詰められていたのだ。
「この淫魔め! 我が夫となるべき御仁を誑かして、この雌犬が!」
ギロチン台に拘束されたシルヴィアの元に、鞭を持った一人の女が近づいてくる。
キャシーである。キャシーは罵声を浴びせながら鞭を振るう。
――ビシッ、ビシッ。
「くらえ、この淫魔め!」
キャシーは何度も何度も鞭を振るう。淑女にあるまじき大汗を掻きながらも鞭を振るう。
エリックとの交合以外で碌に身体を動かさない運動不足の彼女にとっては、連続で鞭を振るうだけでも大変な労働なようだ。
「おお! 未来の王妃様は勇猛果敢であらせられる!」
「まるで亡き聖女様のようだ!」
キャシーによる鞭打ちパフォーマンス。
これは大罪人に対する処刑前のパフォーマンスであると同時、王子の妻となるキャシーのための箔付けのための儀式であった。魔族を成敗する所を見せ、王妃となるキャシーの勇猛果敢な所を群集に見せつけて、箔をつけようということなのである。
全てはキャシーとその後ろ盾の反聖女派によって巧妙に仕組まれたショーであった。
「うぐっ、ぐう!」
鞭を振るわれるその度に、シルヴィアは低い呻き声を漏らした。
鞭が当たり、ドレスが破け、その先にある皮膚が裂ける。痛々しい傷が出来上がるものの、その傷はすぐに回復していく。
「皆さんご覧あれ! この回復力を! やはり魔神の加護を受けた魔族です! 人間ではありません!」
実際は魔神の加護ではなく女神による加護なのであるが、そんなことは関係ない。
人は見たいものを見る。キャシーの宣言により、群集は目の前で甚振られているのは王子を誑かした淫魔だと完全に思い込むようになったようだ。
シルヴィア虐待ショーは、一層の盛り上がりを見せていく。
「魔族め! 我らが聖女を奪いやがって!」
「殺せ殺せ!」
「もっと甚振ってやれよ未来の王妃様!」
会場にいた面々もすっかりヒートアップする。キャシーが鞭を振るう度、やんややんやの喝采を浴びせる。
何度も鞭を振るわれ、シルヴィアのドレスは完全に破けて解けていく。
シルヴィアはほとんど裸同然の状態となって衆目に晒されるが、そんなあられもない姿でも甚振られ続ける。慈悲などない所業が続く。
シルヴィアの瞳から徐々に色が失せていく。
この歳まで身を粉にして人国のために働き続けてきたというのに、こんな苦痛と辱めを受けているのだから当然だ。今までの栄光など忘れ、もう人生の全てに絶望していた。
シルヴィアの両親は愛する娘が甚振られているのをもうこれ以上何も見たくないとばかりに目を強く閉じて俯いている。こちらも人生の全てに絶望している様子だった。
シルヴィア親子にとってあまりにもな仕打ちが続く。
このまま処刑が実行され、シルヴィアは悲劇の聖女となるかと思われた。
そんな時のことだった。
「――そうかシルヴィアは無様にも婚約破棄されたのか」
落ち着いた声色だというのに不思議と広い会場に凛と通る声。
その男の声を聞き、騒ぎ立てていた会場はしんっと静まり返った。
会場の面々は王族から下々の者まで声の主を探す。
声の主は群集の中にあった。会場の隅で壁を背にして腕を組んで立っていた。
「シルヴィアが魔族の淫魔だったとは初耳だな」
声の主であるその男は、被っていたフードをゆっくりと下ろす。大きな二本の角が現れる。
「ならば、魔族であるこの俺様が嫁にもらっても何の問題もあるまいな?」
そこにいたのは、人国軍関係者なら誰もが見覚えのある大鬼。元魔国軍将であり現魔王。対人国レジスタンス軍を指揮するグリムであった。
そこで本日、聖女シルヴィアと王子エリックの結婚式が執り行われる予定となっていた。広場にはその様子を拝もうと、特別に招待された市井の者も詰めかけていた。
「シルヴィア、田舎もんのオラたちを結婚式に招いてくれてありがとう」
「ありがとうシルヴィア。母さん嬉しいわ」
「いえ当然のことですよ」
似合わないスーツとドレスを着たシルヴィアの両親。娘の晴れ舞台とあって、満面の笑みで幸せを噛み締めている。
そんな両親を見て、シルヴィアの心も温かくなった。
(ああ、やっと親孝行ができるのですね)
村を出てからというもの聖女としての仕事に没頭し、碌に顔を見せに行くこともできなかった。給金の一部を仕送りしたりしていたものの、それでも罪悪感は拭えなかった。
でもこれでやっと親孝行ができるのだと思えて、シルヴィアの目尻にも涙が浮かんできた。
三人は抱き合いながら、束の間の幸せを噛み締める。
「オラたちも後で王子様に挨拶せないかんのか。ひゃー、緊張すんなぁ」
「どうしよう、アタシ、王子様に何か失礼なことしちまったら」
「大丈夫ですよ。エリック様は紳士でいらっしゃいますから。多少の粗相など気にも留めないと思います」
田舎者ゆえ礼儀作法など知らず何か失礼なことをしないかと心配するシルヴィアの両親。
そんな両親を、シルヴィアは大丈夫だと諭していく。
エリックは人国一のイケメンである。見目だけでなく精神も麗しく、人品卑しからぬイケメンである。
恋に浮かれるシルヴィアの目には、そうとしか映らなかった。実際はキャシーの色香に即落ちしたザコなのであるが、そんな風には映らない。
「ご両親様は別室にて待機を」
「わかっただ。それじゃあまた後でなシルヴィア」
「晴れ姿楽しみにしているわ」
「ええまた後で」
両親は係りの者に連れられていく。花嫁となるシルヴィアはその準備に勤しんでいく。
「シルヴィア様、こちらにおめしかえくださいませ」
シルヴィアは係りの者によって純白のドレスに着替えていく。
(あれ、このドレス、何か違和感が……)
少しの違和感を感じたものの、シルヴィアはそれを流すことにした。
長らく戦場を離れて太平の世を謳歌していたシルヴィアには、昔のような常在戦場の緊張感はなかった。結婚に浮かれていたシルヴィアは、ドレスに仕組まれた巧妙な罠に気づかなかった。
「それではシルヴィア様、こちらへどうぞ」
「はい」
着替え終わったシルヴィアは会場入りしていく。
「聖女様!」
「お美しい!」
「聖女というよりもはや女神だ!」
シルヴィアの天使のような美しい晴れ姿を見て、会場にいた者たちが熱狂する。
シルヴィアはその中に両親の姿がないことを訝しく思いながらも、後で合流する段取りなのかと思いスルーした。
「エリック様、本日はよろしくお願いいたします。本日より貴方様の妻となります」
「うむ。その話なのだがな」
会場入りしたシルヴィアは夫となるエリックと挨拶する。
当然「こちらこそよろしく頼む」という趣旨の返事が返ってくるものだと思ったシルヴィアであったが、エリックの異変に気づいて首を傾げることになる。
「シルヴィア、お前との婚約は破棄させてもらう」
「――――え?」
シルヴィアは絶句する。
婚約破棄。
シルヴィアの優秀な脳みそは当然その言葉の意味を理解していたが、その意味を理解することを拒んだ。
事情を知らぬ会場の面々も何事かとざわざわと騒ぎ立て始めた。
「どういうことでしょうか?」
「それはお前がよく知っているだろう。この偽聖女めが!」
「え?」
豹変するエリックに、シルヴィアは戸惑う。
「これが偽者の証だ!」
エリックは呆けた様子のシルヴィアに近づくと、彼女の着ていたドレスのお腹の部分を掴んで引き剥がした。
――ビリビリィイッ。
ドレスの腹巻部分が破け、一瞬でへそだしルックのドレスへと早変わりするのだが、問題はそこではない。
「なっ、これは!?」
シルヴィアの下腹部辺りに、ピンク色の禍々しい紋様が施されていたのである。
「なんだあの紋様は!?」
「聖女とは思えないくらいの淫らで禍々しいものだ!」
「あれはもしや淫魔!?」
会場にいた人々は一斉に騒ぎ出す。
「我が妻となるはずだったシルヴィアは既に魔族によって暗殺されていたのだ! ここにいるのは偽聖女! 淫魔が化けた偽者だ! この私を唆して篭絡させ、人国を崩壊に導こうとする魔族の刺客だ!」
エリックの宣言に、会場は今日一番の大騒ぎとなる。
優秀な脳みそを持つシルヴィアは、すぐにエリックたちの罠だと気づいた。
この淫魔特有の下腹部の模様に見えるものは、先ほどのドレスに仕組まれた魔法によるものなのだろう。時間が経てばすぐに消えるものであるが、今すぐにでも対抗魔法を使って消した方がいいと思った。
だがすぐには対応できなかった。信じていたエリックに裏切られたということが、それほどショックだったのだ。
「本日の結婚式は中止! これより偽者の聖女の処刑を執り行う!」
エリックの宣言により、結婚式会場は処刑会場へと早変わりしていく。
会場にいる者の多くは反聖女派の者たちで固められていたので、準備はスムーズに執り行われていく。係りの者によってあれよと言う間にギロチンが用意され、シルヴィアをギロチン台へと連れて行こうとする。
「私に近づかないで!」
ショックを受けて呆けていたシルヴィアであるが、処刑が間近に迫り、流石に抵抗を始める。
「動くな偽聖女! こいつらがどうなってもいいのか!」
「――ッ!?」
抵抗するシルヴィアであったが、抵抗を諦めざるを得なかった。視界の奥に、愛する両親の姿が目に入ったからだ。
「むーむー!」
「んーんー!」
シルヴィアの両親は猿轡を施されて拘束され、その首筋には刃を突きつけられていた。抵抗すれば両親の命はないという、シルヴィアに対するメッセージだ。
両親は声にならない声を必死に出して訴えていた。「オラたちのことなど構うな。シルヴィア、お前だけでも逃げろ」というようなことを伝えたいのだろう。
だがシルヴィアは抵抗できなかった。抵抗しなかった所で両親が助かることなどないことはわかりきっていたが、それでも抵抗できなかった。
愛する人に裏切られたというショックが大きすぎたのだ。
聖女といえど一人の乙女である。婚約破棄という最低最悪の裏切り行為をされてメンタルがポッキリと折れ、シルヴィアは半ば自暴自棄になっていた。
抵抗して生き残ったところで両親は死んでしまう。ならばこのまま両親と一緒に死んでもいいかもしれないと思い始めていた。そこまで追い詰められていたのだ。
「この淫魔め! 我が夫となるべき御仁を誑かして、この雌犬が!」
ギロチン台に拘束されたシルヴィアの元に、鞭を持った一人の女が近づいてくる。
キャシーである。キャシーは罵声を浴びせながら鞭を振るう。
――ビシッ、ビシッ。
「くらえ、この淫魔め!」
キャシーは何度も何度も鞭を振るう。淑女にあるまじき大汗を掻きながらも鞭を振るう。
エリックとの交合以外で碌に身体を動かさない運動不足の彼女にとっては、連続で鞭を振るうだけでも大変な労働なようだ。
「おお! 未来の王妃様は勇猛果敢であらせられる!」
「まるで亡き聖女様のようだ!」
キャシーによる鞭打ちパフォーマンス。
これは大罪人に対する処刑前のパフォーマンスであると同時、王子の妻となるキャシーのための箔付けのための儀式であった。魔族を成敗する所を見せ、王妃となるキャシーの勇猛果敢な所を群集に見せつけて、箔をつけようということなのである。
全てはキャシーとその後ろ盾の反聖女派によって巧妙に仕組まれたショーであった。
「うぐっ、ぐう!」
鞭を振るわれるその度に、シルヴィアは低い呻き声を漏らした。
鞭が当たり、ドレスが破け、その先にある皮膚が裂ける。痛々しい傷が出来上がるものの、その傷はすぐに回復していく。
「皆さんご覧あれ! この回復力を! やはり魔神の加護を受けた魔族です! 人間ではありません!」
実際は魔神の加護ではなく女神による加護なのであるが、そんなことは関係ない。
人は見たいものを見る。キャシーの宣言により、群集は目の前で甚振られているのは王子を誑かした淫魔だと完全に思い込むようになったようだ。
シルヴィア虐待ショーは、一層の盛り上がりを見せていく。
「魔族め! 我らが聖女を奪いやがって!」
「殺せ殺せ!」
「もっと甚振ってやれよ未来の王妃様!」
会場にいた面々もすっかりヒートアップする。キャシーが鞭を振るう度、やんややんやの喝采を浴びせる。
何度も鞭を振るわれ、シルヴィアのドレスは完全に破けて解けていく。
シルヴィアはほとんど裸同然の状態となって衆目に晒されるが、そんなあられもない姿でも甚振られ続ける。慈悲などない所業が続く。
シルヴィアの瞳から徐々に色が失せていく。
この歳まで身を粉にして人国のために働き続けてきたというのに、こんな苦痛と辱めを受けているのだから当然だ。今までの栄光など忘れ、もう人生の全てに絶望していた。
シルヴィアの両親は愛する娘が甚振られているのをもうこれ以上何も見たくないとばかりに目を強く閉じて俯いている。こちらも人生の全てに絶望している様子だった。
シルヴィア親子にとってあまりにもな仕打ちが続く。
このまま処刑が実行され、シルヴィアは悲劇の聖女となるかと思われた。
そんな時のことだった。
「――そうかシルヴィアは無様にも婚約破棄されたのか」
落ち着いた声色だというのに不思議と広い会場に凛と通る声。
その男の声を聞き、騒ぎ立てていた会場はしんっと静まり返った。
会場の面々は王族から下々の者まで声の主を探す。
声の主は群集の中にあった。会場の隅で壁を背にして腕を組んで立っていた。
「シルヴィアが魔族の淫魔だったとは初耳だな」
声の主であるその男は、被っていたフードをゆっくりと下ろす。大きな二本の角が現れる。
「ならば、魔族であるこの俺様が嫁にもらっても何の問題もあるまいな?」
そこにいたのは、人国軍関係者なら誰もが見覚えのある大鬼。元魔国軍将であり現魔王。対人国レジスタンス軍を指揮するグリムであった。
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