うちの可愛いの

明日葉

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いい人じゃない

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「~~~っもうっ」
 布団の中でかなり本気の抵抗をされた。
「人のこと間に挟んでサカるのやめてっ!」
 言い方に思わず面食らった。
 やめてと言われて話すほど俺も恭も甘くはない。が、そのまま下に潜っていって、すぽんとベッドから滑り降りてしまった。間近でそれをぽかんと見つめている恭の顔があまりにもレアで見つめてしまう。
「散歩行ってきますっ」
 まだ暗いのに、と思うがそれはいつものことで。風太の散歩に部屋を出ていく琴葉に応じながら、据え膳に手を伸ばす。物言いたげに見上げるきれいな顔を見下ろして、額に、まぶたに、鼻に口づけながら、間にいたものがいなくなってできた隙間を埋めるように腰を引き寄せた。
「…あれは、自分が原因だとは思わないんだね」
「ん?」
 上の空で呟く恭の服の下に手を忍び込ませて、素肌を撫でる。吸い付くような手触りで、触れている方が気持ち良くなる。
 引き寄せたことで当たる下肢の変化に、わざと自身を擦り付けると、咎めるような視線が向けられた。
「これの原因、俺じゃないんだろ?」
 眠りから意識が浮上した原因は、下腹にあたる手の動き。ただそれは、俺に触れている手ではなかった。琴葉の腹に触っている恭の手の動きに刺激されただけ。俺に触れていたのは、恭の手の甲だった。
 その動きから逃げるように琴葉の体が俺の方に押し付けられると、服の上からでもわかるくらい、琴葉の胸の頂は主張していて、思わず咎めるように、目の合った恭に口づけながら、手は琴葉の腰から太腿を弄ってしまった。
 そこで先ほどの琴葉のご立腹になったわけだ。
「お前、何やってたんだよ」
 話しながらも、手は止められない。正直な話、既に前が窮屈で仕方ない。
「ことの、お腹がつかめたんだよ。ふわふわでね。感慨深くてつい触れていたら、そのうち素肌に触れて、やめられなかったんだよね」
「…お前が、自分から人に触れるとはな」
 潔癖、なのとも違う、ただ、好んで人に触れようとはしない。嫌がる。気持ち悪い、とさえ言うことがある。
「ん…あぁ」
 かり、と乳首を噛むと、甘い声が漏れる。俺だけが知っている…知っていた、恭の顔。ひっそりと笑う顔がきれいで優しいことも、毒を吐く口はきちんと意味を辿れば相手をしっかりと思っている言葉なのも、本当は寂しがりやなのも。
「恭…恭っ」
 間に挟んでサカるな、とあの馬鹿は言ったけれど。間に挟まっているお前のせいでサカったんだからしょうがねぇだろ、と言いたい。そんで放置されたら、あいつが文句を言った通りの状況になっているけれど。
「あの薄っぺらかった腹が掴めるようになったなら、まあそうか」
 もどかしそうにしているのを無視して、先ほどまで琴葉の腹を愉しんでいた恭の手をとって指先を口に含む。
「お前が食わせた飯で肉がついたんだもんな。でもお前、それ本人に言うとまた拗ねるぞ」
「あの子は…んぅ、はぁっ。…痩せすぎたんだから、ちょうどいいんだよ」
 上ずる声、焦れたように体を捩るから、できないように押さえつける。
「ん、ぐ」
 昨夜の名残をあてにして押し込むと、最初だけ苦しそうな声がする。飲み込むように口付けて、舌を絡めて、動かないでいると恭の手が伸びてきて首に回された。挑発するような熱を帯びた視線にぶると、体が震えた。
「んん、ばかか。なんで大きく…」
「煽るな、ってっ」
「そんなの、知らない」
 嫌々をするようにむずかるような仕草が可愛くて、きつく抱きしめた。
 琴葉がきてから、改めて、やはり恭は男なんだなと思う。骨格も違うし、やはり硬い。肌のきめ細かさや吸い付くような手触りは、極上のまま。
 性急すぎるような行為をして、恭の上に体重をかけると、心地よさに目を閉じる。
「恭…琴葉に触れたいのか?」
「触れてるよ」
 くすくすと笑いながら見上げる顔がきれいで目を細めてしまう。柔らかい髪を撫でて、鼻にキスをした。
「男として、だよ」
「どうなんだろうね。僕は、君のおかげで童貞だから」
「っ」
 俺、関係あるか、と言いたかったが、言えない。その通りでもある。人に触れたがらない恭が触れても嫌がらない唯一と言っていい相手だと言う優越感があった。だんだん強くなった独占欲は、完全に自分に囲い込まなければ気が済まないところまで育った。
「悠人は?」
 きゅ、と服の裾を掴まれ、見下ろしたところに口の端にキスをされる。息を飲んでいる間に、首筋に鼻先をすり寄せた。懐かれているな、と感じる仕草。
「悠人は、もともと女性とこういうことしていただろう?」
「さっきの、お前のがあいつのせいなら、俺のはお前だぞ?」
「手が当たってたって?」
「わかってやってたのか」
「当たってるな、とは思ったよ。でも、ことの胸も当たったでしょ?ことが怒ったの、あれ、悠人があんなこと言ったからだよ」
「…」
 見に覚えは、ある。
 悔しいような腹立たしいような。説明のつかない感情で。


『胸、勃ってんぞ。そっちも、濡れてんのか』



 そんなこと言いながら、太ももに手を当てられたら。

 それはな、と気まずくなる。俺たちの音で興奮してんのかと、思い浮かんだ意地悪を口にしなかっただけ褒めてほしいくらいだ。
 ゴソゴソと身を起こしながら、恭が笑っている。

「まあ、偏見も抵抗もないにしたって、間に挟んでセックスされそうになったら、そりゃ怒るよね」
「お前じゃないけど、自分がやられるとは思わないんだな」
「最初に、ゲイかバイかって面と向かって聞かれたのは、清々しかったなぁ。まあ、どっちでもないけどね。僕は、触れる気になるのが君だけで、君だからこう言う感情も持つだけだし」
 だから、自分も対象になる可能性はあるのに、自己評価が低いのか、その可能性は浮かびもしないらしい。
「朝ごはん、作るよ」








 弟の遺言、みたいなものだった。
 建てたばかりの家。恭と住んで、猫を頼む、と。もし、必要そうなら、もう1人、拾ってほしい、と。

 通夜の時。ずっと涙を流し続けている子がいた。いや、みんな流していた。
 その子は、一緒に来たのだろう仲間たちとも満足に言葉を交わさず、じっと泣いていた。ようやく涙が止まったかと思っても、何度もまた、気づくと涙を流している。
 彼らは、なかなか、帰らなかった。離れ難いのだろう。呆然と、と言う言葉すら足りないような様子で残っていた。親父が、通夜振舞いに招こうとするくらい。その声で、彼らは帰っていった。



 お盆で、墓に行った時に、その子がいた。
 その時よりも、目に見えて痩せていた。墓で、何かを話しかけていた。少し笑顔が見えて、笑えているんだなとほっとする自分に驚いた。
 すれ違った背中を見送っていると、何かに気付いて足を止め、蹲み込んだ。その先に、風太がいた

 結果、その場から、拾って帰った。琴葉と風太。
 微妙な顔をした恭が、それでも受け入れたのは、放っておけなかったんだろう。遺言だからといってここに住むのは仕事場から遠い。それでも付き合ってくれている。
 人間まで拾うなんて、強面系のイケメンなのにいい人ですよね、とは。慣れてきた頃に琴葉が呟いたことだけれど。


 いい人なんかじゃ、ない。
 俺がいい人なのは、大事なものにだけだ。そうふと思って、どうやら、圭人の思惑通りになっているらしいと気づく。だって俺は、琴葉にとって、いい人らしい。



 そんなに心配するほど手の焼ける先輩なのに、お前は何を考えているんだ。
 人に押し付けるな。
 言いたいことは山ほどあるのに。恭と生きて満足していた生活に、余分なはずの存在たちがやけに愛おしい。




 台所に立つ恭に背後から腰に手を回して、振り向かせて唇を重ねた。薄い唇は柔らかくて甘い。
 そして間の悪い琴葉は、ちょうど帰ってくるのだ。
 リアクションに困っているところに、恭が歩み寄る。
「朝ごはん、ちょうどできたよ。おかえり」
 言いながら、軽くキスをするから、俺まで固まった。さらに頭が真っ白と言う顔をしている琴葉を座らせながら、当の本人は気にするそぶりも無い。



「あ、悠人とこと、間接キスだね」
「わざと間の抜けたこと言わなくていいから」
 反射で応じて、考えることを放棄した。
 いい人じゃない。


 これだけで、胸がざわざわざわざわ、煩くて仕方ない。





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