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第1章

4話 聖女の禁書

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 セアからいきなり、世界の命運を左右する大問題の解決を頼まれ、達成必須の使命まで背負わされた翌日。
 私はディア様にざっくりながら今の状況を説明して、大聖堂の地下にある秘匿図書館への入館許可をもらい、ディア様の執務室の端っこにあった隠し階段と通路を通って、地下に向かっていた。

 図書館には一応、黒いチワワみたいなセアの世界の戦闘軍用犬、ブラックフェンリルにもご同行頂いている。
 名前は、メスだった事もあって『ロゼ』となった。
 私がエドガーとシアへの事情説明の際、この子の名前の候補として『コロ』とか『ポチ』とか『チョビ』とか挙げてみた所、シアには曖昧な笑みを向けられ、エドガーにはめったくそ嫌な顔をされまして。
 挙句、「ンなベタな日本のペット名なんてつけたら、よそで浮きまくって可哀想だろ。もっとこっちの世界に寄せた名前を付けてやれ」と説教され、最終的に、シアが出した『ロゼ』という名前を付ける事になった。
 すいませんね。ネーミングセンスなくて。


 図書館に連れて行こうとしているのにも、訳がある。
 事情を知ったエドガーに、「当面の間は飼い主がしっかり側について面倒見てろ」と言われたのだ。
 あと個人的には、一体全体、このワンコっぽい生き物がどうやって魔法を覚えるのか全く想像がつかんかったから、念の為、禁書をチラッと読ませてみようかな、なんて思ってたりもしている。
 ホラ、トリセツの文面にも「人語を解する」って書いてあったし、もしかしたら字も読めるんじゃね? ……とか思ったりしてね。
 エドガーには鼻で笑われたけどな。畜生。

 なんにしても、この子は大人しいとはいえ軍用犬だし、それ以上に出所が出所だ。
 周りの人達全員に、この子の出自とここに送り込まれた理由などを馬鹿正直に説明して回る訳にいかない以上、「その辺で拾ってきたワンコ」という体で、私が常に連れ歩いていた方がいいと判断した。
 事実が拡散した日には、周りが揃って「聖女様が女神から世界を救う神獣を授かった!」だのと言い出して、大騒ぎになる可能性が高い。

 最悪、「世界はもう終わりだ!」とか騒ぐ人間が出て、尾ひれ背びれがついた大袈裟な噂があっちこっちを駆け巡り、民意どころか民衆そのものが制御不能になって、国中大パニックになる危険性もある。
 なんせこの国、創世聖教会の総本山があるだけに、女神の存在をガチで信じてる人がめっちゃ多いからなぁ……。前述の話も、決して大袈裟な想定じゃないんですよ……。
 まあ、そういう事なので、現時点でブラックフェンリルの件と、世界の存亡の危機に関する話を聞かせるのは、エドガーとシア、それからディア様とその側近を務めている大司教だけに留めてある訳だ。

 できたら女王様にもさっさとこの話をしておきたい所なんだけど、敢えて数日待ってもらう事にした。
 事情説明を円滑にし、かつ、速やかにオリハルコンの鉱脈を探しに出られるよう、先んじて禁書を閲覧し、極大魔法とやらを覚えられるかどうか、確認する事にしたのです。
 歴代の聖女が受け継いできた魔法なんだし、できる事ならロゼに丸投げせずに、自力で覚えて使いたいよね。

◆◆◆

 通路の突き当りの扉を開けた先にあった秘匿図書館は、とてもこぢんまりしていた。
 室内の壁は打ちっぱなしのコンクリート製。でも、薄ら寒さは全く感じない。熱くもなければ寒くもなく、丁度程よい気温と湿度に保たれているようだ。
 照明はあるにはあるが、少しばかり薄暗い。
 これは多分、照明器具から出る紫外線で本が焼け、色あせるのを防ぐ為の措置だと思われる。

 天井近くの壁に3カ所ある、間隔の狭い格子が嵌め込まれた長方形の穴は、書物の保存に適した環境を作り、また、それを保つ為の空調設備か。
 5~6畳程度の広さの室内の中央には、黒檀でできているのかそれともウルシでも塗ってあるのか、黒い木製の立派なデスクが1つ、据え付けられている。
 デスクを取り囲むような形で壁沿いに幾つも並んでいるのは、私の背丈の1.5倍ほどの高さがある焦げ茶色の本棚で、その本棚に詰め込まれているのは、茶色やくすんだ赤、明るめの暗緑色など、地味な色合いをした背表紙の本。

 うーん、ここが秘匿図書館か。
 図書館っつーより、書斎って言った方がしっくりくる部屋だなぁ。
 まずは本棚の1つ1つに近付いて、背表紙を観察してみる事にしよう。
 デスクの側でお座りして待つようロゼに言い付け、ディア様から借りた、書籍取り扱い専用の手袋を装着。ひとまずその辺の本を片っ端からチェックしていくとしましょうかね。

 ほーん。ここの並びは全部理工学書で埋まってて、こっちは機械工学書オンリー。こっちは薬学書と医学書関連。あとは……地質学、物理学、生物学に、植物学……。
 うっわぁ、全部バリバリの専門書だわ……。
 私如きの知識と読解力じゃ、書いてある内容を理解できるとは到底思えないけど……試しに幾つか持ち出して目を通してみようかな。
 と、思ってあれこれ見てみた結果。

 詳細な人体解剖図に、毒物を含めた多種多様な薬の作成法と、それらが人体に及ぼす影響と効能、兵器転用が考えられる機械や薬物などの作成方法などなど――
 いやもう、ホントにやっべぇ内容の本ばっかりだった。

 石油を原料にしないプラスチックの製造法とかはちょっと感心したけど、火薬やニトログリセリンの原料に、作成法まで詳細に書かれてるってのは、ねえ……。
 人体解剖図も、物凄く詳細で数が多かった。
 何より、どの解剖図もフルカラー写真なのがエグい。
 耐性ない人間が見たら吐くぞ。これ。
 マジでモザイク案件です。

 ここに収められてる本が禁書扱いになってるのも納得だ。
 禁書が明るみに出て、不特定多数の人間の目に触れたりしたら、と思うと、背筋が寒くなる。
 民衆の倫理観完全崩壊待ったなし。
 知識と技術も扱いを誤ったが最後、世界がぶっ壊れてなくなるだろうな……。
 つか、このニトロセルロース? とかいうの、なんだろ。ニトログリセリンの親戚か?
 どっちにしても危険物の匂いしかしないし、詳しく掘り下げるつもりはないけど。

 自分の身に余るものや制御できないものには近づかない。手を触れない。
 君子危うきに近寄らず。
 それが模範的な大人の在りようであり、平和に長生きする秘訣なのだ。


 気を取り直して、魔法関連の書籍が収められている本棚を探す。
 やがて、本棚の中に『魔法技術大全・基礎応用から改良へ』と書かれているシリーズの本を見付けたので、とりま火属性編を手に取って開いてみた。
 おおっ、タイトルからしてもしやと思ってたけど、これ基礎知識から記述があるじゃん! いつぞや学校の図書室で見た魔法書と違って、ちゃんと所々で改行されてるし句読点もある! やったね、めっちゃ読みやすい!
 しかも、あんまり専門用語使ってなくて分かりやすいぞ!

 あー、はいはいはい。成程、そういう事か。
 こういう理屈なのか。魔法の術式の展開って。
 つまり、各魔法ごとに設定されてる理論と術式をしっかり理解して、発動イメージを頭ン中できちんと固めておけば、詠唱要らないのね。
 これならどんな魔法も使えるわ。
 どっちかっつーと、覚えた魔法を乱用しないように、しっかり気を引き締めて自制する方が大事って訳なんだね。ふむふむ。


 この世界の魔法を構成する術式の要素は、指向性、威力、効果範囲の3つ。これを『術式3要素』と言い、この3要素は分かりやすいよう段階的に数値化されている。
 その数の合計値の事を『制御総数』と呼ぶんだそうな。

 制御総数は魔法の等級と種類によって全て上限が決まっていて、術式の中で常に固定されているという。
 ちなみに初級魔法の制御総数は10、中級魔法は30、上級魔法は50。
 そして、攻城戦級魔法が100と設定されているようだ。
 この数値は、各等級に設定されている上限数内に収まる範囲で、変動させながら扱う事もできる。

 例として挙げると、先日私が打ち水に使った初級魔法はデフォルトで、『制御総数10のうち、指向性4・威力4・効果範囲2』と割り振られてるんだけど、あの時は『指向性3・威力1・効果範囲7』という風に、3要素の数値を変動させて使っていた。
 打ち水としてその辺に適当に撒く分、指向性を落とし、土が抉れないよう威力も下げ、その場から広く撒く為、効果範囲を大きく上げたって訳です。
 説明の通り、魔法の発動に不慣れなうちは、イチイチ頭ン中で計算しなくちゃならんからちょっと大変なんだけど、慣れればすぐ値を変動させられるようになるので、さほど面倒じゃないのが救いだ。

 ただし、3要素の最低値は常に1と決まっていて、それ以下にする事は不可。
 つまり『指向性0・威力9・効果範囲1』みたいな極振りはできない。
 そういう設定にしておかないと、暴発・暴走の危険が跳ね上がって、術者の身の安全を確保できなくなるんだってさ。


 ウキウキしながら読み進める事しばし。
 書籍の後半に、お目当ての極大魔法に関する説明があった。

 記述に曰く、全ての属性魔法には、予め設定されている3要素規定が存在するが、それに当て嵌まらない魔法がひとつだけある。
 それこそが極大魔法。
 攻城戦級魔法から、上記3要素の上限と制限を除外し、破壊力の増強にのみ特化させた極めて危険な魔法であり、初代聖女が女神から直々に授けられ、未熟な者や覚悟のない者が手にする事を固く禁じた術式。
 制御をひとつ誤るだけで、術者どころか王都までもが丸々消し飛びかねない、文字通りの禁呪だ。

 ……。どうしよう。
 想像してたより遥かにデンジャラスな魔法だった。

◆◆◆

 事実を知ってから数秒ほど、私は手にした禁書を棚に戻そうとする動きと、抱えてデスクに持って行こうとする動きを半端に繰り返していた。
 ええはい。そうです。お察しの通りビビッてます。
 しかしながら、内心大いにビビッていても、極大魔法が使えなければオリハルコンの個人採掘なんて、100パー不可能なのも事実。
 なので、ここは覚悟を決め、歯を食いしばって内容を丸暗記する事にした。

 禁書はその内容と性質上、秘匿図書館外への帯出は厳禁、という事になっている為、ひとまず火属性と風属性の極大魔法を閲覧する。
 火属性の極大魔法は『エクリクシス・ノヴァ』。
 風属性の極大魔法は『プレステル・ブロンテ』。
 なんか、変に長くて唱えづらい。

 これはもう、術式の構成とか特性とかをしっかり覚えて、無詠唱で発動させられるようにしておいた方がいいな。
 ともあれ、前者はお馴染み、大爆発を起こして対象を爆砕する魔法で、後者は、ドでかい雷を落として対象を消し飛ばす魔法のようだ。
 日本のRPG風に言い直すとエクリクシス・ノヴァはエクスプロージョン、プレステル・ブロンテはトールハンマーって感じだろうか。

 個人的に、後者の魔法、雷魔法じゃなくて風に属する魔法なんだな、と思ったのはここだけの話。
 それに関する詳しい理屈の説明も、一応書いてあるっちゃ書いてあるんだけど、めんどいからその辺の熟読はパス。オリハルコンを掘る時以外に極大魔法使う予定なんて全くないし、そこまでキッチリ覚える必要ないだろ。うん。
 こんなん、人間どころか魔物相手に使ったとしても、オーバーキル確定だもんよ。



 秘匿図書館にこもってから、何時間経っただろう。
 私はようやくエクリクシス・ノヴァとプレステル・ブロンテという、微妙に唱えづらい2つの極大魔法を何とか覚え、ちょっぴりふらつく足取りで地上へ戻った。
 うっ、まぶしっ。
 長い間薄暗い地下にいたせいか、大聖堂の照明さえちょっと目にクるわ……。

 ていうか……ここまで気合入れて何時間も本と向き合ったのなんて、一体いつ振りだろ。
 疲れた。頭痛い。肩凝ってバッキバキだよ……。
 あと、私の足元をとっとこ歩いてついて来てるロゼちゃんは、私がしっぶい顔で禁書とにらめっこしてる間、とってもいい子で待っててくれました。
 偉いぞ、ロゼ。後で一緒にオヤツ食べような。

 つか、まだちょっとあちこちうろ覚えって言うか、怪しい部分が幾らか残ってるし、何日か通わせてもらおう。
 あやふやな部分を残したまま極大魔法使って、制御しくじるとか暴発暴走とかやらかした日には、オリハルコンの採掘どころか自分自身が消し炭になる。
 そんなの、絶っっ対にごめんだ。


 女王様から私宛に、内々で会談を持ちたい、という手紙が送られてきたのは、秘匿図書館に通い始めて3日後の事だった。
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