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第3章

9話 女神と聖女、もう一つの真実

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「……この度は、個人的なうっかりミスで、社会人の基本である報・連・相を怠ってしまい、誠に申し訳ございませんでした。
 今後このような事が二度と起こらないよう、自身の周囲に気を配って襟を正し、しっかりと気を引き締めて参りますので、なにとぞご容赦頂ければ幸いです……」
「……分かりました。今回の事はこれで不問にします」
 テーブルの上にデコを押し付けるような恰好で、私に向かって謝罪してくるセアに、私は鷹揚にうなづいて見せた。

「でも次はないからね、マシで」
「分かってるわよぅ……。ていうか、例の2つの人工衛星の件で、社内の技術開発部が慌ただしかったのは事実なのよ? やらかした後でこんな事言われても信憑性感じないと思うけど、普段はこんなミスしないんだからね、ホントに」
「はいはい。分かりました。――それで? 実際修理の進捗はどうなの? 順調なのよね?」
「勿論。オリハルコンじゃないと作れないパーツも作り終わって、今はパーツの交換作業に入ってる所。ただ、どっちも停止させる訳にはいかない衛星だし、専用の修繕機器を使って、遠隔操作でちょっとずつ作業してるから少し時間がかかってるけど」
 冷蔵庫の中からコーヒーのボトルを持ち出して、カップに注いで飲みながらセアは言う。

「でも、手の空いてるエンジニア達が総出て作業に入ってくれてるから、今日中に修理が完了するはずよ」
「そう……。よかった、本当に……。なんせ出先から帰ってきた途端、港街にバカみたいな大きさのボタ雪が降ってたんだもの。めちゃくちゃ焦ったわよ」
「そうよねえ。でも、あれは壊れて暴走したんじゃないのよね。2つの人工衛星が熱暴走を起こすのを避ける為に、わざと機能を落としたせいで起きた現象だったの」
 セアはプチシューを摘んで口の中に放り込みつつ、肩を竦める。

「私達だって、やりたくてやったんじゃないのよ? でも、さっきも言ったけど、あのまま普通に稼働させたままでいたら、熱暴走を起こして手が付けられない状態になるって目に見えてたから、やむなくそうしたの。
 あなた達がいる惑星の全域で、いきなり竜巻だの超大型台風だの豪雨だのが頻発するよりは、気温が下がって雪が降るくらいの方が、まだずっとマシだと思ったから」
「……た、確かに……。あ、でも、だとしたら、ひょっとしなくても気温が下がって雪降ったりしたのって、ノイヤール王国だけじゃないのね?」
「そうね。エクシア王国でも神聖帝国の方でも、同じような現象が起きてるわよ。一応観測上では、どこの国でも酷い吹雪なんかは起きてないはずだけど」

「そう……。今思えば、ホントにギリギリだったのね。間に合ってよかったって心底思うわ」
「ええ。あなたは、本当にいいタイミングで来てくれたわ。絵に描いたようなファインプレーよ。――ま、そういう訳だし、修理が終わって惑星の気象環境が落ち着くまで、ここでゆっくり休んで行ったらいいわ。
 ああそうそう、収納ボックスの中に入ってたオリハルコンの件についてだけど、約束通り、見返りを用意したわ。収納ボックスの中に入れておいたから、後で確認してみてね。あなたなら、絶対に喜んでくれるはずよ」
「おお……。すっごい自信ね。分かった、楽しみにしておく」

 いたずらっぽい顔で笑うセアの様子を見てると、否が応でも期待が膨らんでくる。
 どんな見返りを用意してくれたんだろ。
 セアの事だから、私のあっちでの立場ではろくに使い道のない、金銀財宝なんて物は入れていないはず。
 そりゃまあ一応、そういう貴金属類にも、換金して貧困層の人達への補助金にする、って使い道があると思うが、それも少量では焼け石に水にだし、かといって大量に換金したりすれば、今度はノイヤール王国の貴金属類が値崩れして、社会経済に問題が発生してしまう。それはよろしくない。
 そんな風に、社会全体の色々なモノが、複雑に絡み合って繋がってるから難しいんだよね。経済活動って。


「さて、あなた達の星の方はこれで問題ないとして……今度は別の話をしましょうか。まだ話してなかった、あなた自身の事に関する重要な話を」
「私自身に関する、重要な話?」
「そ。前にあなたがこっちに来た時にはあなたの妹が一緒にいたから、あの場では気安く口に出す訳にいかなくて、訊けなかった事があるの。
 ――単刀直入に訊くわ。今あなたには、結婚願望があったり、好きな人がいたりする? その人と一緒になって家庭を持ちたいとか、そういう考え、あるかしら」
「――へ? いや、ないけど……それがどうかしたの? ってか、それってそんな重要な事?」

「なに言ってるのよ。一般的、っていうか、マジョリティ的な思考を加味すれば、結構重要な話でしょ? なにせ、今あなたが自分の身体として使ってる私のクローン体、遺伝子操作で生殖機能を取り除いちゃってるから。つまり、子供産めないのよ。その身体」
「え、なにそれマジ?」
 私はセアの発言に驚いて目を丸くする。
 私的は別にどうでもいい事だけど、一般的な女性としてはめちゃくちゃ痛手なんじゃないのか、それは。
 つか、そこまで突っ込んだ人体への遺伝子操作行為が許可されてんのか、セアの世界では。

「残念ながらマジよ。……前にも説明したと思うけど、私はあの惑星では女神っていう扱いになってて、あなたは聖女という役回りになっている。聖女というのは、惑星の管理人である女神……私にとって、唯一直接的な交信が可能な代理人。
 そして、惑星上で不測の事態が起きた際、発生した問題を強制的に終息させる為の手段として、一般人を遥かに凌駕した武力行使能力を持たされた執行人でもある。ここまではいいわね?」
「え、ええ」
「もう思い切ってぶっちゃけるけど、聖女ってある意味、SF系ラノベなんかに出てくる人間型戦闘兵器と、ほとんど同じ存在なの。つまり、あっちもこっちもゴリゴリの遺伝子操作が施された、典型的な戦闘特化型のデザイナーズチャイルドって事。
 そんな存在に、一般人の女性と同じ感覚で家庭持たれて、その上子供作られちゃったりすると、とっても困った事になると思わない?」
「…………。ああ……。まあ……そうかもね……」
 私は辛うじてセアにそう返した。

 うんそうだね。困るよね。
 言い方はよろしくないけど、何の手も加えられてない普通の人間である先住民と、一部の人間の都合で遺伝子を組み換えられまくった、特殊なゲノムを持ってる人間との間で子供作ったりしたら、生まれた子供が先々、先住民達のコミュニティにどんな影響を及ぼすか分かんないし、最悪、理性の薄い凶暴な戦闘民族が爆誕したり、悪性の遺伝子や未知の病原体なんかが発生したりして、また世界が滅茶苦茶になってしまう可能性さえ出てくる訳だ。
 想像するだに恐ろしい。

 内心ドン引きしながら話に耳を傾け続ける私に、セアもまた淡々と説明を続ける。
「だからね、本来なら、最初にあっちの惑星へ転送する前に呼び込む魂も、その辺の事を加味しながら慎重に吟味するの。言うなれば――無性愛者だけを選んで、ここへ呼んできたって事にもなるかしら。
 お陰様で、今までそういった願望に関する問題を私に訴えてきた聖女は誰もいなかったし、みんな何事もなく平穏に大往生してくれたけど……あなたは事故でこっちの引っ張られて来た、イレギュラーな聖女だったから、ずっと心配してたのよね。
 だって、大多数の女性からして見たら、故意の事故で元の人生強制終了させられた挙句、新たに生まれた世界では、子供が望めない身体を強制的に押し付けられてた、なんて、最悪じゃない?」

「あー、うん、確かに、普通に考えたら悪夢かもね」
「でしょう? だからね、もしあなたにそういった願望があるなら、今のうちに遠慮なく言って欲しいの。その辺りの件も、もうとっくに私の名前で社内会議にかけてあるわ。その会議でも、あなたから明確な要望が出た場合に限り、あなたに生殖能力のある、新しい身体を用意してもいい、っていう結論が出てる。
 まあ、そうなるとあなたには、聖女としての力を捨ててもらわなくちゃいけないし、こっちでも新しく別の聖女を『喚んで』、聖教会に改めて『神託』を与える事になるから、聖教会としては、イレギュラー続きになって頭が痛いかも知れないけど……それでも、聖教会には相応の対処と対応をしてもらうわ。世の女性の誰もが持っていて然るべき権利を、理不尽な理由で奪ったままにしていいはずがないもの。
 ……アルエット、あなたはどうしたい? もしあなた達が聖女じゃなくなっても、今後の生活に問題が出ないよう、私達が最後まで責任持ってサポートするから、どんな道でも安心して選んでくれていいのよ。……重ねて言うけど、遠慮なんてしないでね」

 真剣な面持ちで私に事情を説明し、選択肢をくれるセア。
 時々しょうもない事もするけど、あんたってホントいい奴だよね。
 でも、大丈夫。

「ありがとう。だけど、気持ちだけもらっておく。私は今の所、そういう願望一切ないし」
「そう? ならいいんだけど。でも、自己申告だけじゃ分からない部分もあるし、聖女候補の鑑定用テスト、一応やる? あなたが無性愛者かどうか、鑑定する為のテストを。
 ウチの会社の人脈と社費を全力で突っ込んで作成した、極めて確度の高いテストだから、試しにやってみるのも悪くないと思うけど」
「んー、折角だからやってみようかな。それって記入式?」
「形式としてはね。でも、こっちで質問部分を読み上げて、それに答えてもらう形でやるから、私達の言語が分からなくても平気よ。待ってて、今マニュアル持って来るわ」
 セアは最後のプチシューを口に放り込み、椅子から立ち上がった。


 その後、セアの勧めで受けてみた鑑定テストの結果、私はほぼ無性愛者であると見て間違いない、という結果が出た。
 でも、その結果を聞いても私は別に驚かなかったし、ショックだとも思わなかった。
 むしろ、「ああ、やっぱりな」という納得感の方が強い。それこそ、長年ずっと魚の小骨のように引っかかっていた、漠然とした不安の塊がすっかり溶けて消えてくれて、ホッとしている。

 私が誰かに恋しないのは、女として異常だからでも、欠陥品だからでもない。
 ただ単に、生まれ持った個性だった。その事が明確に分かって嬉しい。
 テストを勧めてくれてありがとう。セア。
 お陰でなんだか、ちょっぴり自己肯定感が上がったような気がした。
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