ホストに恋して破滅した私ですが、高級キャバ嬢になってイケメンオーナーから愛されています。

西羽咲 花月

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光の彼女

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風邪が治ったヒナは以前よりも絶好調だった。
風邪を引いて苦しんでいたことを会話のネタにしてお客さんを笑わせたり、初めて部屋に医師を呼んだことを自慢気に話したりした。

だけどその会話の中でも言葉遣いには気をつけていた。
丁寧に、そして優しく、包み込むような笑顔と共に。

迷惑なお客さんに対してはムッとした表情を見せて相手の手を振り払うこともあった。
「やめてくださいな?」

しなを作ってそう言うと、お客さんは鼻の下を伸ばしたまま手をひっこめた。
ヒナの『やめてくださいな?』は店の中でも名物になりつつあり、それを聞くためだけにわざわざヒナを指名してくるお客さんも出てきたところだった。

「京都旅行へ行ったのは正解だったみたいだな」
仕事終わりの住居スペースで光が日奈子を見てそう言った。

「勉強させてもらいました」
日奈子はうやうやしく頭を下げて礼を言う。


光はそんな日奈子を見て上機嫌に笑った。
自分がスカウトした嬢がどんどん上り詰めていくのを見ているのが楽しいみたいだ。

「来月当たりにはトップ3に入れる日が来るかもしれないな」
「まさか。私なんてまだまだだよ」

人気が出始めたと言っても、1日の売上ランキングで5位に入ったのが最高なくらいだ。
3位なんて、まだまだ手が届かない。

だけど光はそう思っていないようだ。
「いや、お前ならきっといける」

そう言って日奈子の頬を触れる。
暖かくて優しい指先に日奈子の心臓がドクンッと跳ねる。

「も、もう、すぐそういうことするんだから」
日奈子が得意の『やめてくださいな』と言おうとしたそのときだった。

不意に目の前が陰ったかと思うと、唇に暖かなぬくもりを感じていた。
チュッと音を立てて唇が離れていくと、呆然としている日奈子の目の前に照れて少年みたいに真っ赤になった光の姿があった。
え……。

なにも言えずに目を見開いたまま硬直している日奈子へむけて「悪い」と、一言言うと光は自分の部屋へ入っていってしまったのだった。


☆☆☆

キスされたよね!?
今、絶対にキスされたよね!?

信じられない日奈子は何度も自問自答を繰り返していた。
自分の唇に触れてみると少しだけ湿っていて、光の唇の感触が残っている。

なんで!!??
日奈子はようやく顔を真赤にしてソファに崩れ落ちたのだった。


☆☆☆

光にキスをされた日はなかなか根付くことができなくて、ようやく寝付けたと思ったら今度は掃除機の音で目が覚めた。
「ううん……なに?」

スマホで時間を確認すると昼を過ぎたところだった。
まだまだ寝たりない。

けれど掃除している音が聞こえてくるということは、光が起きているということだ。
日奈子は寝不足の重たい体でベッドから抜け出してリビングへと向かった。

掃除なら私がやるのに。
そう思っていたところで、見知らぬ女の顔が視界に飛び込んできた。

相手も日奈子を見つけて驚いた様子で掃除機を止める。
「え……誰?」

日奈子が困惑している間にエプロン姿の見知らぬ女が近づいてきた。


20代前半くらいだろうか。
栗色の髪の毛をぴっちりと後ろで束ねて白いエプロンをつけている。

化粧気はないけれど元々目鼻立ちがハッキリしているようで、華やかな顔立ちだ。
ずんずん近づいてくる女に日奈子は思わず後ずさりをしていた。

こ、この子誰!?
こんな風に光の家に上がり込んで勝手に掃除を始めるくらいだから、当然光と仲がいいんだろう。

いや、ただの仲良しがこうして掃除をしに来るわけがないか。
と、すれば……。

「まさか、光の彼女さん?」
行きついた先をそのまま口に出していた。

すると相手は驚いたように動きを止め、それから困ったように眉を寄せて日奈子を見た。
これはどういう反応だろうか。

図星なのか、そうじゃないんのかわらない。
だけど光に彼女がいたってなんの不思議もないし。


そう思ったところで、昨日のキスを思い出してつい自分の唇に触れていた。
彼女がいるのなら、どうしてキスなんてしたの?

そんな気持ちが浮かんでくる。
やっぱり、光にとっては手放したくない嬢だから、恋心を利用して引き止めるつもりでいたんだろうか。

でもそれってひどくない?
こっちばかりが本気になって、結局ホストと同じなんじゃない?

グルグルと巡る思考回路の中でカズのことまで思い出してしまって最低な気分になる。
「あ、あの、私はっ」

女がなにか言いたそうにしたとき、ドアが開く音がして光が出てきた。
光も寝起きの顔をしていて、寝癖もついている。

「あぁ。来たのか」
光は女を見てそう呟くと、そのままトイレへ向かって歩いていく。

日奈子はその腕を掴んで強引に引き止めていた。


「なんだよ」
「来たのか、じゃないでしょ!」

どういうことなのかちゃんと説明してよ!
と続けるつもりが、言葉になる前になぜか涙が浮かんできていた。

光がギョッとした視線をこちらへ向けているけれど、止められない。
涙は次々出てきてしまう。

「おい、なんだよ。なんで泣いてるんだよ」
光が珍しくオロオロしている。

「だって……彼女がいるなら、そう言ってよ!」
どうにか言葉を絞りだした日奈子に、光はポカンと口を開けて立ち尽くしてしまった。

「彼女?」
日奈子は女を指差す。

女もオロオロと視線を泳がせているけれど、修羅場状態なのだから当然のことだと思った。
しかし光はプッと吹き出して大きな声で笑い始めたのだ。


「な、なにがおかしいの!? 昨日私にキスしたのはなんだったのよ!」
思わず声が大きくなってしまう。

光の腕をきつくつかんで睨みつける。
光はさんざん笑った後、日奈子の目に浮かんだ涙を拭って「彼女はハウスキーパーだ」と言ったのだ。

え?
今度は日奈子がキョトンとする番だった。

「毎週日奈子が店に出ている間に来てもらってたんだが、今週はどうしても都合がつかなくて、今日来てもらった」
光の説明に日奈子の顔がだんだん赤く染まっていく。

握りしめていた光の腕をじわじわと離す。
それでも光はまだクックと笑いを噛み殺している。


「あ……ごめんなさい、私勘違いで……」
ハウスキーパーの女性へ向けて謝ると、女性は微笑ましそうに日奈子を見つめた。

「ハウスキーパーの田上です」
女性はそう言い、日奈子に名刺を手渡したのだった。


☆☆☆

「ハウスキーパーを彼女だと思いこむなんて。私って重症なのかも」
ようやく朝食も終えて出勤準備を整えながら日奈子はひとり呟いた。

今は自分の部屋の鏡台の前に座っている。
ノアールの初任給で購入したものだった。

今はここに沢山の化粧品たちが並んでいる。
久しぶりに感じる恋愛感情に戸惑い、このまま暴走してしまうんじゃないかという不安がよぎる。

相手はノアールのオーナーだし、同居人でもある。
「このままじゃダメだよね」

鏡の前の自分に問いかける。
うまくいくにしても、いかないにしても、中途半端な宙ぶらりんはよくない。

きっと接客態度にも出てしまう。
日奈子は覚悟を決めて部屋を出た。

リビングではパソコンとにらめっこしている光の姿があった。


光はこのパソコンを使ってどんな場所ででも仕事を始めてしまう。
仕事中に話しかけることはさすがにできなくて、日奈子は小さく息を吐いた。

出鼻をくじかれた気分になるけれど、仕方ない。
仕事が終わるまで待つことにした。

キッチンスペースで1人で紅茶を飲んでいると。10分ほどで光の仕事が終わったみたいだ。
そのタイミングで日奈子は光の隣に座った。

「ひとつ、提案があるんだけど」
「提案?」

突然の申し出に光は怪訝そうな顔になる。
けれど日奈子は気にせずに続けた。

「次の月でナンバーワンになれる日が1日でもあったら、私とちゃんと付き合って」
それは日奈子なりに考えたことだった。

自分はノアールに貢献する。
その変わり、キスのけじめをつけてもらおうということだ。

嬢として引き止めるためじゃなくて、ちゃんと付き合ってもらう。
「ナンバーワンになれなかったら?」

その問いかけに日奈子は一瞬眉を寄せた。
「その時は諦める」

光がふっと笑った。
「おもしろいな」

顎をさすりながら言う姿を見て「約束ね」と、日奈子は言ったのだった。
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