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わずかな希望と決意

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 受付嬢サユリが用意してくれたのは、ギルドの奥にある一番広い会議室だった。
 本来ならば複数のパーティが集まって話し合う場所なのだが、1パーティ+俺の5人しかいないのではいささかスペースを持て余す。
 
 誰か一人でも場違いに駆け回ってくれたらまた違ったのだろうが、お行儀のいいとこに女の子4人はみんな椅子に座り、黙ったままだ。
 おかげで空気が重いったらありゃしない。

 こいつは困った。
 魔力回路師の力をもってしても、空気の回路流れはまでは変えられない。

「それじゃあカナ、気になっていることを順番に聞かせてもらうぞ…と、その前に、俺の自己紹介がまだだったか」
「魔力回路師ですよね?」

 話している間もカナは下を向いたままだ。

「ああそうだ。よく気が付いたな」
「これでも魔力回路師だったから」

 後半に行くにつれて声が小さくなり、聞き取りにくくなる。
 だが、大事な部分は逃さなかった。

「でしたって、まるで今は違うみたいだな」
「もう力は使えない」

 サクラが、ミサキが、タエがハッと顔を上げた。

「自分の回路を維持していないのもそれが理由か?」
「していないんじゃない。出来ない」
「なるほど…ちょっと見てみるぞ。コネクト」

 俺の魔力は地面を伝い、カナに触れた。
 
 足は問題ない。
 腰も異常なし。
 へそは…関係ないな。
 腹も不調なし。
 胸は…こっちも関係ない。
 心臓は…おっとマズイな。

 徐々に体の上側に向かっていたが、危険を感じて魔力を解いた。
 
 呪いだ。
 
 しかも、よりにもよって魔力回路師殺しの呪いだ。

「おかしくなったのはいつからだ?」
「魔王の部下と戦ったあたりからです」
「魔王の部下だと?」

 タエがミノタウロスと戦う前にそんなジョークを言っていた気がするが、この子まで言うのか。
 
「魔王の部下と戦ったなんて、今は冗談を言っている場合じゃなくてだな」
「え?本当だけど」

 サクラとミサキはうんうんと頷いている。

 魔王は歩く災厄と呼ばれ、出会った者はほぼ死ぬ…と言われている。
 部下も近い力を持っていて、ミノタウロスなんて比較にならないぐらいに強い…と言われている。

 実際は扱いさえ間違えなければそこまで危険な相手でもないんだが、それはまた別の話だ。

「先輩、私言いましたよね?魔王の部下と戦ったって」
「ああ、粋なジョークだと思ってたよ」

 タエは不満そうだったが、俺でなくても信じられないだろう。
 学園を卒業したばかりの…いや、彼女たちの話では在籍中にか、女の子4人のパーティが魔王の部下に出会って平然としているなんて。

「その部下はどうなった?」
「逃げられました」
「そいつはよかった」

 もし倒していたらどこかで町が3個は吹き飛んでいたところだ。

「で、そのことは報告したのか?」
「はい。ですが、誰も信じてくれませんでした」

 それもそうか。
 五体満足で帰って魔王の部下に会いましたなんて、信じるのは俺ぐらいなもんだ。

「あのっ、先輩っ、カナはもうだめなんですか?魔王の噂通り、死ぬしかないんですかっ」

 呪いを消す方法は…なくはない。
 が、他人で試したことはない。
 
 その時に呪いにかかっていたのは俺自身だったし、症状もまだ軽かった。

「先輩さん、お願い!」
「なんとかしなさいよ!」

 すがるような声が俺をまくしたててくる。
 みんなカナを救いたくて必死で、俺ならなんとかできると信じているのだ。

 たった1人を除いては。

「やめて!…もう、いいよ…」

 カナの声が響き渡った。
 絶望にくれた声は、すべてを拒否するようだった。

「助けてくれとは言わないんだな?」
「魔力回路師は他の魔力回路師に触れたらいって聞いた」
「は?そんなこと誰から聞いた」
「怖い魔力回路師から」
「誰だよそれ…あ、もしかして服を脱がされたか?」

 カナは無言で頷いた。
 ブラデかよ…確かにあいつなら言いそうだ。

「それで、他には何か言っていたか?」
「胸の周りの魔力が極端に少ないから、すぐ終わる仕事だと思っていたって。それから怒って出てった」
「あいつらしいな」

 ブラデの回路はかなり大雑把だ。
 全身に魔力を流すことだけを考え、誰にでも同じ回路を作る。
 
 俺は心臓から上を見られなかったが、話を聞く限りでは首や肩、頭の回路は正常に機能しているのだろう。

「俺の時と同じだな」
「え?」
「カナ、今のお前は呪いにかかっている。そして俺も同じ呪いにかかったことがある」
「先輩、ということはカナはっ」
「なんとも言えない。症状がかなり進んでいるし、何よりも他人の回路師器官に触れたことがない」

 回路師器官。
 俺達魔力回路師の力の源だ。
 場所は心臓の上あたり、俺がさっき異変を感じて魔力を解いた付近だ。

「先輩さんでも無理かー」
「そう…」

 サクラとミサキは下を向いた。
 
 うわー、これはきついな。

 俺が悲しませたみたいになってるじゃんか。

 だがタエだけは違う。

「先輩は本当に、それでいいんですか?」

 俺を信じているようだ。
 そこまで信用されるようなことをした覚えはないんだけどな。

 あるとすれば、出会った時にタエの目を治したぐらいだ。

「カナ、どうにか出来るかもしれないって言ったらどうする?」
「え?だって魔力回路師は他の魔力回路師に触れたらいけないんじゃ」
「それはそのあいつの都合だ。少なくとも俺は違う」

 ずっと下を向いていたカナは、初めて俺を見た。
 絶望で打ちひしがれた顔は、わずかな希望に手を伸ばす。

「私は…私は…助かりたい!またみんなとクエストをやりたい!」

 涙ながらの訴えは、会議室に響き渡る。

「失敗したら本当に魔力回路師でなくなるかもしれないぞ」
「どうせ今も使えないんだから同じ」
「分かった。けど、それには条件がある」

 そこまで言うと、今度は俺が目をそらす番だった。

「なんでもするよ、先輩さん!」
「そうよ!どんな大金だって今すぐ…は無理かもしれないけど、いつか返すから!」
「いやそういうのじゃないんだ」

 金で済むならどれだけ楽だっただろうか。
 あーうん、これは困った。

「お願い」

 決め手はカナ本人の言葉だった。
 覚悟させておいて、今更ノーなんて言えない。

「そのだな、直接触れる必要がある」
「は?」
「え?」
「ふえ?」

 カナ以外の3人が、驚いた声を上げた。
 カナだけは身をよじらせ、苦笑いを浮かべた。

「男の魔力回路師ってそんな人しかいないんだ…」
「ちょっと待て、俺をブラデと一緒にするな」

 俺の反論を無視して、更なる追撃が襲い掛かる。

「先輩さん、信じてたのに…」
「やっぱり男はケダモノね」
「先輩…」

 ブリリアント3姉妹の冷たい目線。
 てかタエ、お前は分かってやってるだろ。

「俺の話を聞けえええええええええええええええ!!」

 俺が叫ぶと、ようやく室内には笑い声が聞こえた。
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