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第二章

第12話:亜竜と大岩蜥蜴

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「安全最優先だ!
 絶対に無理をするんじゃない」

「「「「「はい!」」」」」

 父上が家臣達に厳しく命じられます。
 鹹水から良質な塩と真水を作れるようになった事で、家、マクネイア男爵領の未来はバラ色となりました。

 問題があるとすると、入り込んでいるスパイによって情報を得た、旧教徒や父上嫌いの王侯貴族達が、徒党を組んで攻め込んで来る事です。

 ですが今なら、竜爪街道を完全封鎖して閉じ籠っても、食糧不足や水不足で自滅する心配もなくなりました。

 父上や俺が死んでしまって、魔法を使える者がいなくなったとしても、難攻不落の竜爪街道砦を上手く使えれば、どれほど強大な敵でも撃退できるでしょう。

 ただ、この領地では、塩と真水を比べれば、圧倒的に真水の方が大切です。
 その真水を鹹水から効率的に作ろうと思えば、竜種の皮が必要です。

 ですが、竜種の強さは圧倒的です。
 普通の人間ではまず勝ち目がありません。

 ところが、地竜森林だけは少し話が違っているのです。
 植生も動物の種類も数も信じられないくらい多いのです。
 だからこそ、他ではありえない少し弱い竜種がいるのです。

 その竜を狩って輸出する事で、父上は領地の収支を保ってこられました。
 五十年戦争末期から動乱期にかけての評判だけでなく、未だに竜狩れる男爵だという評判が、我が家への侵攻を防いできたとも言えます。

「父上、ご無事の帰還をお待ちしております」

 父上が今日も弱い亜竜を狩りに行かれます。
 狙いは八の村近くに現れた赤茶棘竜の名前の元になった亜竜です。
 体重2000kgくらい、赤茶熊の倍の重さがあります。

 ただ、そのような大きな亜竜は父上以外狩れません。
 地竜森林にはもっと小型で狩り易い亜竜がいるのです。
 我が家で小竜と呼んでいる奴です。

 草食で大人しく、どちらかというと強い魔獣や猛獣の餌になっています。
 それでも、普通の肉食動物や人間が相手なら、強靭な皮で攻撃を防げます。
 強力な尻尾と顎の力で人間など簡単に撃退できます。

 ですが、小竜を狩り慣れている我が家にとっては美味しい獲物です。
 限られた力自慢だけにしか使えませんが、竜種の素材を使った大型の合成弩なら竜を狩る事ができるのです。

 ただ、油断して尻尾の一撃を受けたり咬みつかれたりしたら、命はありません。
 我が家の家臣領民は、竜の怖さも弱点もよく知っているので大丈夫です。
 狼に後ろ足に咬みつかせて倒し、頭を粉砕すれば狩れるのです。

 小竜は全長2メートルほどで、体重も30キロ前後です。
 大岩蜥蜴に比べても遥かに小さく狩り易いのです。

 何より不毛な東竜山脈に住む大岩蜥蜴のような珍しい存在ではないのです。
 地竜森林に住む竜の数は、信じられないくらい多いのです。

 これまで小竜は我が家の主力輸出品でしたが、これからは領内だけで使います。
 真水の元になる水蒸気を集める為には、どれだけ多くても足りないくらいです。

 大岩蜥蜴の方が大きな皮が取れますが、気密性と撥水性で小竜の方が上です。
 何より、地竜森林へも通路を失った時の事を考えて、今からできるだけ多くの備蓄をしておかなければいけません。

「よくぞ御無事でお戻りくださいました」

 父上達は毎日棘竜と小竜を狩って戻られます。
 その竜を解体して革に鞣すのは領民達の役目です。

 俺がここに居ても何の役にも立たないのなら、六の砦で塩と真水を作った方が良いという人がいるかもしれませんが、俺にも大切な役目があるのです。

「食事を取ったら大理石の切り出しを行う」

「はい、お手伝いさせていただきます」

 父上の身体強化は、指先に魔力を集中させれば、大理石を切り出す事もできます。
 ですが、昼間の竜狩りで魔力を使った父上に、夜にまで無理はさせられません。
 だから、父上の補助をしているように見せかけて、俺が大理石を切り出すのです。

 事前に寸法を測って切り出した大理石で、炎竜砂漠にある砦の中に隙間のない部屋を作ります。

 最初から鹹水を塩と真水に分ける為に設計した部屋です。
 砦を拡張して、鹹水を真水化するための離れを建設する場所を確保しました。

 敵が来るはずはないと安易に考えて、鹹水から塩と真水が作れるとても大切な離れを、何の守りもない砦の外に造るほど愚か者ではありません。

「これだけ切り出せば、それなりの空堀になるな」

 父上も俺も闇雲に大理石を切り出している訳ではありません。
 竜爪街道北砦の前、敵が攻め込んでくる方に、空堀代わりになるように、大理石を切り掘りしていったのです。

「輸送は頼んだぞ」

「はい、お任せください」

 大金を投じて買ってきたとても大切な駱駝を預かるのは牧畜係ですが、彼らは輸送係も兼任しています。

 駱駝は一代で滅ぼす訳にはいかない、とても貴重な家畜なのです。
 砂漠で水がいらない駄載獣というだけでも宝物のような存在なのですが、それ以外にもとても優れているのです。

 駱駝の妊娠期間が長く、この世界にいる牛や山羊よりも搾乳期間が長く乳量も多くて、搾乳用の家畜としても優秀なのです。

 輸送の役目を免除してでも、繁殖をさせなければいけない家畜なのです。
 繁殖と輸送という、多少は相反する条件を両立させるために、全ての駄載獣を預かる牧畜係兼輸送係に頭を絞ってもらっているのです。

「父上、もう竜皮と大理石は十分集める事ができました。
 次の段階に移りたいのですが、宜しいでしょうか?」

「次は何をしようというのだ?」

「鹹水から作った真水には腐りやすいという欠点があります。
 そこで、大量に作れるようになった麦を使って、エールを作ろうと思うのです」

「エールか、作れたら皆が喜ぶだろう。
 だが、そう簡単に成功するとは思えない。
 以前の十数倍の収穫量になったとはいえ、無駄にしていいものではない。
 失敗して腐らせてしまった時にはどうするのだ?」

「失敗して腐らせたとしても、家畜や魔獣なら美味しく食べるかもしれません。
 家畜や魔獣が食べなかったとしても、畑を豊かにする肥料になります。
 腐らせた分、豊かな実りが得られます」

「ふむ、それなら失敗を恐れることなくエール造りを始められるな」

「エール作りだけでなく、もっと酒精の強い、傷口を消毒できるほどの火酒も造ろうと思います」

「そのような酒がここで造れるのか?」

「鹹水から作った真水を作る道具を改良するだけで、エールから酒精の強い酒を造る事ができます。
 それと、貴重な麦だけを使う訳ではありません。
 以前父上が買ってくださったジャガイモですが、ようやくすべての畑を賄えるだけの種芋にまで増えました。
 来季からは食用にも酒用にも使えます」

「ほう、あれがそれほど増えたか。
 最初に植えてから二年でそれほど増えるとは思ってもいなかった。
 やはりフェルディナンドには神の守護があるのだな」

「全ては父上が信じてくださったからできた事でございます」

「我が子を信じない父親などいない。
 母親もな」

「はい、父上と母上が信じてくださったから、今の俺があります」
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