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第一章

第18話:交易旅1

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「ようやく出発できるようになりましたね」

 女子供の代表である四十代の女が話しかけてくる。
 元々才能が有ったのか、待機期間に木片級から鉄片級に昇級している。
 ポルトスの指導もよかったのだろうが、かなり努力したのだろう。

「そうだな、十日も待たされるとは思わなかった」

 ギルドマスターと話をして直ぐに交易に向かえた訳ではない。
 こちらの都合だけでは、交易はもちろん献上もできない。

 この地の領主、ネウストリア辺境伯から王都に急使を送り、王家に献上の都合を伺わなければいけないのは分かっていた。

 国王にしても、とても珍しく貴重なモノを献上されて、何の褒美も渡さずに済ませられる訳がないのだ。

 国王陛下に、献上品に相応しい褒美を与える余裕が有るのか、事前に確認しておかないと、陛下に大恥をかかせてしまう事になる。

 国王陛下だけでなく、王都までにある有力貴族にも、数十年ぶりに狩られた茶魔熊と赤魔熊の肉塊を、買い取る気があるのかを確認しなければいけない。

 買う気があったとしても、どれくらい量を幾らで買うか、どのような対価で支払うかも話し合っておかなければいけない。

 打診された王侯貴族にも、時期的な都合もあれば、予算的な都合もあって、直ぐに返事ができない場合がある。

 道の整備されていないこの国では、早馬を仕立てても、ネウストリア辺境伯から一番遠方にある有力貴族家までは、往復で二十日はかかる。

 全てを待っていたら、二十日どころか三十日も四十日も都市で待たなければいけなくなるが、今回は十日ほど待っただけで出発となった。

「ショウ殿、近くに敵はいないのだな?」

 ネウストリア辺境伯、ロタール閣下の代理を務める事になった、長弟のオセール伯爵カミーユ閣下が聞いてくる。

「今のところ敵意を持ったモノは近くにいません」

 オセール伯爵は女と見紛うばかりの美男子だ。
 今回の交易旅はとても重要なので、騎士程度の家臣では格が足らないと聞いた。

 国王陛下に直接熊肉を献上して褒美をもらうのだから、爵位を持った一族を代理に立てるのが当然なのだろう。

「敵がいないのなら、適当な場所で休憩した方が良いのではないか?」

 オセール伯爵がまだ幼い子供に視線を向けながら聞いてくる。
 俺に聞かれても、女子供の事はよく分からない。

「無用だ」

 後ろの方から、ポルトスの吐き捨てるような言葉が聞こえてくる。
 まだ女子供を交易隊に加えた事を怒っている。
 これだから、オセール伯爵は全てを俺に聞いてくるのだ。

 そんな俺とオセール伯爵は交易隊の中央にいる。
 その前後に分かれて女子供がパーティー毎に歩いている。
 先頭は辺境伯家の騎士四騎、最後尾はポルトスが歩いている。

「オセール伯爵閣下、俺はまだこの都市にきて間がないので、女子供の実力はよく分かりません。
 ですが、ずっと女子供の面倒を見てきたポルトスが無用だと言うのなら、まだ休憩をとらなくてもいいのでしょう。
 休憩が必要になったら、ポルトスの方から話しかけてくるでしょう」

「そうか」

 男にしては高い声のオセール伯爵が渋々そのまま歩く事を認めた。
 ギルドマスターからは、オセール伯爵も女子供に優しいと聞いている。

 だったら何故交易旅に女子供を同行させたのだ、とポルトスは言いたいのだろう。
 鉄片級にも成れない、木片級でしかない子供もいるのに、危険な交易旅に同行させるなと文句を言いたのだろう。

 だが、ポルトスの考えはまだまだ甘い。
 辺境伯と伯爵が力を維持しなければ、女子供が苦しい立場になる。
 そのために必要な協力はするべきだと思う。

 それに、交易旅には俺もポルトスも同行するのだ。
 ポルトスならある程度強力な魔獣や猛獣でも、一頭なら確実に狩れる。
 大きな群れの魔獣や猛獣でも、俺とサクラがいれば瞬殺できる。

「みゃ、みゃ、ミャ、ミャ、ミャア!」

 などと思っていた俺は甘かったのだろうか?
 いや、甘いのはこの襲撃を仕掛けてきた連中だろう。
 俺が白金級に認定されたのを何だと思っているのだろう?

「ショウ殿、どうかしたのか?」

「どうやら盗賊に偽装した連中が襲ってくるようです」

「なに?!」

「ミャアアアアン」

「数は三百ほどですね」

「三百だと?!
 伯爵家の領主軍に匹敵する兵力ではないか?!」

「へえ、伯爵家でそれくらいの兵力しかだせないのですか?」

「何を言っているのだ?
 常識ではないか!」

「俺の生まれ育った国では、領民一万人の男爵家でも百五十は遠征に出せたので、領民十万人の伯爵家で三百兵なのが信じられないのです」

「ショウ殿の故郷はどんな国なのだ?
 そもそも男爵家に領民が一万もいるのが信じられない。
 一万もいるのもそうだが、その内の百五十も兵にできる事が信じられん」

「俺の生まれ育った所は豊かなのですよ」

「……羨ましい話しだ。
 我が家は、肉塊をドロップするダンジョンと豊かな魔境があるから、民が飢えて死ぬような事はないが、他の領地では多くの民が飢えて死んでいるのだ」

「都市の外に出て食料を確保する事はできないのですか?」

「皆が皆、ショウ殿のような猛者ではないのだ。
 ダンジョンなら決まった強さの獲物しか現れないが、都市の外の森では、何時何処から灰魔兎や灰魔鼠が現れるか分からない。
 背後から不意を突かれたら、銅上級冒険者でも喰い殺されてしまう。
 飢えた女子供など、殺されに行くのも同然だ」

「今回襲ってきた連中も、飢えて死ぬくらいなら、一か八か人から奪う。
 そんな連中かもしれないと言いたいのですか?」

「そうかもしれないし、我が一族を妬んだ貴族の手先かもしれない。
 あるいは……」

「では、殺さずに捕らえますか?
 正直に白状するかどうかは分かりませんが、生きたまま捕らえられたら、色々と使い道があるのではありませんか?」

「なに?!
 本当にその様な事ができるのか?!
 敵を捕虜にできるかできないかは、我が一族の浮沈にかかわるような大事だぞ!
 後でできませんと言っても、嘘や冗談では済ませられないぞ!」

「俺も嘘や冗談で済ませる気はありませんよ。
 オセール伯爵閣下の御話しを聞いたら、そう簡単に皆殺しにはできません。
 食うに困った領民が、領主に無理矢理やらされているのなら、殺さずに奴隷にしたやった方が幸せでしょう?
 オセール伯爵閣下なら、奴隷の待遇もそれなりなのでしょう?」

「本当に生きたまま捕らえられるのなら、犯罪者奴隷にする。
 他の領地と違って、犯罪者奴隷でも魔獣狩りの餌にしたり、魔獣から逃げる時の時間稼ぎにしたりはしない。
 ダンジョン深層の荷役にさせられるだけだ。
 とても危険ではあるが、少なくとも持ち帰られないドロップを腹一杯食べられる。
 飢えて死ぬような事はない」

「だったらサクラに麻痺魔術をかけさせますよ。
 敵に指揮官クラスがいたとしても、サクラの敵ではありません。
 その指揮官クラスをサクラが皆殺しにしたら、それを見ていた連中は絶対に逆らわなくなるでしょう」

「いや、指揮官クラスも生きたまま捕らえてくれ。
 ショウ殿がさっき言ったように、貴族の手先ならば、誰に命じられたのか証言させたいのだ」

「そう言う事でしたら、全員生け捕りにさせましょう。
 みんな、捕虜を縛るものが必要なのだが、何かないか?」

 俺は誰と特定せずに、俺達の前後を歩いている女子供に聞いてみた。

「それなら、マンサクの枝から縄を作りましょう。
 今見える範囲にもマンサクの木がありますから、少し探せば結構な量の縄を作ることができます」

 耕作がほとんどできないこの世界では、藁を編んで縄を作ることができない。
 綿や麻を育てて大量の縄を作る事もできない。
 
 野生の草木を使って縄を作るしかない。
 ダンジョンのドロップに皮があったら、革ロープが一番安価なロープになっていたかもしれないくらい、この世界は地球の基準とかけ離れている。

「分かった、急がないから作っておいてくれ」

「「「「「はい!」」」」」

 ★★★★★★

「うめえぇ、うめえぇ、うめえぇ!」
「こんな美味しい肉を食べられるなんて、信じられねぇえ!」
「殺そうとした相手に肉を喰わせてくれるなんて、信じられない!」
「ネウストリア辺境伯領が天国のように豊かだと言いうのは本当だったのだな!」

 サクラの麻痺魔術を使えば、三百の盗賊などいとも簡単に捕らえられる。
 指揮官に偽装した騎士や銀級冒険者を盗賊団に加えていても、何の意味もない。

 茶魔熊や赤魔熊すら麻痺させられるのだから、白金級以下の騎士や冒険者に抵抗できるはずがない。

「だったら誰に命じられたか正直に話してもらおう。
 正直に話したら、我が家の犯罪者奴隷にしてやる。
 我が家の犯罪者奴隷は、今食べているのと同じ肉を毎日腹一杯食べられるぞ」

「話します、何でも話しますから、犯罪者奴隷にしてください!」
「俺も話します、話しますから犯罪者奴隷にしてください!」
「俺も犯罪者奴隷にしてください!」

「妻がいるんです、妻と子供がいるんです。
 このままでは妻も子供も飢え死にしてしまいます!
 妻と子供も奴隷にしてください!」

「騙されるな、そんなうまい話などない」
「そうだ、嘘に決まっている」

「やかましい!」

 ポルトスが怒鳴ると同時に指揮官級に鉄拳を振るう。
 美味しい飯を喰っているのを邪魔されて腹が立ったのだろう。
 殴り殺してしまうかと心配したのだが、ちゃんと手加減していた。

 捕虜にした偽盗賊はひと目で元の出自が分かった。
 無理矢理盗賊に仕立て上げられた連中は、ろくな武器を持っていない。
 それどころか、服装も皮のパンツやシャツくらいしか身に付けていない。

 それに比べて指揮官級は、それなりの武器や防具を装備している。
 総指揮官は騎士だと分かるくらいの装備を身に付けていた。
 ひと目で冒険者だと分かる連中もいた。

 上手く貧民に紛れ込んでいる密偵もいたが、俺やサクラの眼力から逃れられえるほどの手練れはいなかった。

 ステータス表の敵味方判別で確認したから間違いない。
 適当な頃合いに身分を明かして厳罰に処すか、偽情報を流して敵を翻弄するための道具にしてやる。
 
「ショウ殿、こんな美味しい物を食べたのは生まれて初めてだ。
 できればその調味料を売って欲しいのだが、駄目だろうか?」

 俺達を殺そうとした連中に、灰牙兎肉や灰角兎肉を腹一杯振舞っているのだ。
 自分達が貧しい食事をする訳がない。

 たっぷりと塩胡椒と粉末ニンニクを振った灰魔猪肉を、それなりの厚さに切って焼く、トンテキを腹一杯食べている。

「ミャアアアアン」

 もちろん、女子供よりもサクラの方が大切だ。
 一番先に何が食べたいのか聞くのはサクラだ。

 サクラがタワータイプのソフト食を食べたがった。
 十日連続のダンジョンアタックで結構な量の買い物をしている。

 サクラのために買った物がとても多い。
 六種のタワータイプのソフト食も買い置きしてある。

 まぐろ&ほたて貝柱味80g48個=1万2069円
 かつおかつお節80g48個=1万2432円
 まぐろ80g16個=5280円
 とりささみ&ほたて貝柱80g16個=5280円
 総合栄養食 ささみ・ツナ&緑黄色野菜80g4個=3880円
 南部どり&緑黄色野菜 軟骨入り80g4個=3880円

 その中でサクラが食べたがったのはまぐろ&ほたて貝柱味だった。
 買い置きしてあった48個全部を開けてあげた。

 それだけでお腹一杯になるはずもなく、灰魔猪肉五十キロと鶏肝五キロを貪るように食べたのだが、その姿が指揮官級人質の口を軽くした。

 俺は連中を脅したわけではない。
 サクラに食べさせるぞ、なんて言って脅していない。
 勝手に想像して、勝手に怖がっただけだ。

「ミャアアアアン」

「オセール伯爵、灰魔猪の群れが現れたようだ。
 狩ってくるから、このまま休んでいてくれ」
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