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第三章

やんごとなきお客様

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「ビクトール様、大変でございます!」

貴族風宿屋のベニーが慌ててケナード家の屋敷にやってきた。

「あら、そんなに慌ててどうしたのかしら?お父様は今王都に行っているのよ?断れない用事ができてしまったんですって」

「では、クロードさんは…?」

「すぐに戻って来るからと言って、クロードも一緒に行っているわ。セバスなら居るわよ?」

「そんな…」

ベニーは顔を青褪めさせてしまった。

「一体何があったの?」

マーガレットは不思議に思い、ベニーに聞いた。


「それが…偽名を使っているのですが、どう見てもやんごとなきお方にしか見えないお客様が宿屋にいらしたのです。私共では対応できると思えず、ビクトール様にご判断頂こうと思ったのですが…」

「まぁ、あの宿もそんなに有名になっていたのね。ベニーは凄いのね」

無邪気に笑うマーガレットに、ベニーは懇願した。

「この際セバスでも良いか…マーガレット様、セバスに会わせて頂けませんか?」


ベニーに話を聞いたセバスは悩んでいた。

(果たしてビクトール様の命令通りに動くべきか…クロードさんは私の判断で良いと仰っていたが…どうしたものか…)


ビクトールの命令とは、面倒臭い事が起きたらギジルに全てやらせろというものだった。

何か失敗をさせて、それを理由に追い出そうと、ビクトールの立てた企みだった。クロードはケナード領に損害が起こるようなら聞かなくて良いと言っていたので、セバスはその判断に迷っていたのだった。

(とりあえずギジルを連れて行こう)

セバスはギルバートを連れて、貴族風宿屋に向かった。

「ギジル、今貴族風宿屋にやんごとなきお方がお忍びでいらしているそうです。あなたにはそのお方の対応が出来るか見て貰いたいと思います。マーガレット様のために、できますね?」

(マーガレット嬢のためならば…)

「何でもやります!」

そう言ったギルバートだったが、そのやんごとなきお客様を見て、断って帰りたくなった。

(何故あなたがいるのです…)

「おぉ、君が私の世話役をしてくれるのかな?」

「はい。まだ若いですが、彼はよく働く我がケナード伯爵家の使用人にございます。何なりとお申し付けください」

ギルバートのやる気のある返事と相手の反応を見て、セバスは世話役をそのまま頼む事にしたのだ。

「ギジル、頼みましたよ。くれぐれも失礼の無いように。マーガレット様には暫く私が付いていますので、安心してください」

そう言ってセバスは屋敷に帰っていった。


「お客様、どうぞお部屋までご案内致します…」

ギルバートは客を部屋まで案内し、廊下に誰も居ないことを確認してからドアを閉めた。

「何故あなたがここに居るのですか…父上」

やんごとなきお方とは、ギルバートの父、シルベスタ帝国の皇帝陛下だったのだ。

「息子の恋路をこの目で見てみようと思ってな」

「国はどうするのですか…?」

「影が私の役をしておる。問題はない」

(この様な無茶な事をするお方では無かった筈なのに…何が起こっているのだ…?)

ギルバートは父の大胆な行動に困惑していた。

「ここはいい街だな」

皇帝は窓の外を眺めながらギルバートに言った。

「そう言えばここに来る途中、面白い話を聞いた。あのマーガレットという娘は女神のように、至る所で讃えられていたな。よもやお主の聞いた精霊の導きも真かも知れんな」

「で、では…?」

ギルバートは目を輝かせて、皇帝を見た。

「ふむ。まぁ、それとこれとは別の話であろう?まだお主の気持ちも、正体でさえ明かしてはいないではないか。これが次期皇帝とはなんとも情けないものよのう」

「そ、それは…」

ギルバートは自分でも思っていることを指摘され、押し黙った。

「それに、無垢なあの娘に騙し討ちのように宝石の交換をしたそうではないか。その意味を知らぬお主ではなかろうに。まぁ、池に落ちた話は愉快であったがな」

皇帝はそう言って笑った。

(そこまで知っておられるのか…)

「まぁ、全てはお主の行動次第だ。励むが良い」

「っ!ありがとうございます!」

ギルバートは皇帝が自分を応援してくれていることに気が付き、深く感謝をしたのだった。


翌日…

「時間は限られておる。あとはお主次第であるぞ」

ギルバートにそう言い残し、皇帝はシルベスタへと帰って行った。


数日後、ケナード伯爵家に一通の手紙が届いた。

送り主は不明だったが、上質な紙で、いかにギジルが素晴らしい接客をしたのかが書かれていた。

その手紙を読んだビクトールは企みの失敗に落ち込み、マーガレットは喜んだ。

「ギジル、あなたって凄いのね。何でも出来てしまうもの。とても頼りにしているわ」

(父上、ありがとうございます。私はやり遂げます)

ギルバートはそっとカフスリンクスを撫で、決意を新たにしたのだった。
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