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【3】伴侶と愛

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「いないようだな」
「それとこれとは話が別です!」
「俺にとっては同じ話だ」

 断言したユフェル殿下を一瞥してから、俺もカップに手を伸ばした。そして一口飲み、すぐにカップを置く。

「俺はこれから都会に出て、冒険者として名を馳せながら、恋愛を謳歌する予定なんだ!」
「ほう」
「だから殿下とは結婚できないし、魔族の帝国にも行けません!」
「――ドール伯爵は、一生涯、君をこの村から出さないつもりだったと話していたが。俺との婚姻時を例外とするそうだ」
「……そ、そんなの、勝手に決められても……」
「この土地は、ドール伯爵領の一つだ。領主であり実の両親の許可が無い者は、旅立つ事すら不可能なのではないのか?」

 その通りである。なので俺も、今尚この村にいるのだ……。

「言い方を変えよう。俺と結婚すると誓うならば、都会へ連れて行くし、日中の冒険者活動も許可する」
「え?」
「フェルディアナ帝国に行く事に関しては、まだ最終決定では無いから、当面の間は、このエステル王国の王都で過ごす事が可能だ。場合により、その間に子が生まれたならば、俺は君をこの国に残して行っても構わない」
「……」
「その後で、好きに恋愛をすれば良い。伴侶にさえなってくれたならば、魔力の問題は解決する。法的な離婚も可能だ。魔力の交換を一度だけすれば、それで伴侶となる」

 それを聞いて、俺は思わず腕を組んだ。本当に、清々しいほどまでに、ユフェル殿下からは、恋愛といった空気は感じられない。魔力量が上がり、後継者さえ得られたら、俺は用済みというのもよく分かる。

「……魔力の交換って、何をするんですか?」
「普通の口づけだ。一度キスをしたら、それで終了だ」
「場所は?」
「相手の伴侶紋だという。つまり、俺が君の左手首にキスをすれば終了だ。公的には、一応一度は正式に結婚してもらわないと、連れ出す口実にならないが。幸い、同性婚は認められている。岩や草木は無言でキスを奪える分、婚姻が出来無いから困っていたんだ」
「なんでそんなに結婚にこだわってるんですか?」
「子供には、形だけでも家族が多い方が良いだろう」
「……」
「離婚したとも死別したとも言えず、岩の前に連れて行くのも中々にシュールだと思っていてな。俺は確かに魔族であるようだが、人間の感性の中で育った。きっと俺の子供もそうなる事だろう。将来的に自分を産んだ岩を見たら、衝撃を受ける可能性を検討した」

 男から生まれてきたと聞いても、俺だったら衝撃を受けるけどな……。

「ええと、男同士の場合は、どうやって子供を作るんですか?」
「岩との場合であっても不明だ」
「へ?」
「王妃様によると、普通に肉体関係を持ったら俺が生まれたようだった。つまり、同性同士であっても、基本的には性交渉であると考えられる。ここも、人型で良かったと感じる点だ」
「……あの。俺、ちなみにどうやって産むんですか?」
「人型男女で無い場合は、ある日、卵として出現するらしい。胎内では無いようだ」
「はぁ……」
「とりあえず、伴侶紋にキスだけさせてもらえないか? 後継者については、急ぐ事では無い」
「え……」
「別に手首に唇を押し付けられるくらい、どうという事も無いだろう?」
「いやいやいや」
「それですら意識するほど、純情なのか?」
「悪いか?」

 俺が思わずムッとすると、ユフェル殿下が目を丸くした。

「どうせ村には適齢期俺一人の童貞ですよ、バーカ!」
「閨の講義は受けていないのか?」
「だから俺には、貴族教育はなんにも行われてないんですってば!」
「……そうだったのか。悪い事を言ったな」
「別に」
「言い直そう。魔力が欲しいから、腕に唇を押し付けさせてくれ。性的な意図は持たない。誓って下心を伴わない。その証明に、場所もここで良い。人気があるから、俺がそのまま無理強いして他の事をする心配もないだろう」
「へ」

 俺が驚くと、ユフェル殿下が村長を見た。

「村長、証人になって欲しい」
「喜んで!」

 村長は、満面の笑みだ。

「え」

 俺だけが狼狽えている。
 ユフェル殿下は、そんな俺の左手首を強引に手に取った。そして顕になっていた痣を見ると――あっさりと唇で触れた。俺はポカンとするしかない。

 瞬間、紋章が光り輝いた。ズキリとその部分に、一瞬だけ熱が走ったようになる。唖然としていると、すぐに光は収束した。

「完了だ」
「え? え? 俺、許可してないんですけど」
「そうだったか?」
「そうだよ! 何を勝手に! え、俺達伴侶になっちゃったの?」
「そうなるな。しかし、人間の法制度的にはまだだといえる。俺と共に王都に来るというのならば、こちらの書類に記入を頼む」

 ユフェル殿下は、俺から手を離すと、ローブの中から婚姻届を取り出した。そばに万年筆も置いている。俺は遠い目をした。

「王都には行きたいけど、子作りはちょっと……」
「俺が相手では不服か? 閨の教師には、絶賛されたぞ?」
「俺、男なんで、自分が産むっていうのがなんというか……」
「行為自体は良いのか?」
「それも良くないけどな……」
「貴族社会では、男同士の不貞は多い。閨でも同性同士の行為も習う。ちょっと深く親睦を深める為に行うようなものだ」
「殿下はいっぱい行ってきたんですか?」
「魔族の血を引く俺と寝たいという人間は、皆無だ。閨の教師陣も、俺と同じ、魔族と人のハーフだった。その者達は、帝国で暮らしている」

 複数いるのだろうか。閨の講義って、どんなのなんだろう。

「その人達との間に子供を作るんじゃダメなのか?」
「伴侶以外とは、めったな事では子供が出来無いそうなんだ」
「……」
「魔力を手に入れた今、俺に必要な残りの者は、魔王の血を引く跡取りのみとなる。君は子供さえ産んでくれれば、他は全て自由にして良い。頼む。君にしか出来無い事なんだ」
「子供っていうか、卵を産めば俺は不要と、そういう事だよな? 俺、そんな風に愛がない子作りはやっぱり抵抗しかないというか……」
「何故そのように愛にこだわるんだ? 悪い話では無いと思うが? 愛は、俺との婚姻後、子供をなしてから、自由に得れば良いだろう?」

 両親に捨てられた俺としては、温かい家庭が欲しいのだ。祖父が生きていた頃のような、家族がいる暮らしをしたいのだ。しかしそれを言うのは、躊躇われる。俺の願いなんて、子供じみているのかもしれないからだ。


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