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金継ぎの青 下:ブルー編
夢の通い路
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「すみません、店が臨時休業だとは……」
「いいのよ。おめでたいわねえ!奥さんのお産には着いていてあげないと」
「…………」
青井喜一は奇妙な旅行者一行を引き連れて、なだらかな坂を登っていた。
(確かあと二、三件食事処が増えたように記憶していたんだけど)
そう大きな町ではない。覚えの場所に視線をやって、がらんどうの土地を茫然と眺める。今日はどうにも記憶があやふやだ。
「いい天気ねえ!」
「ええ、本当に……」
抜けるような青空が広がっていた。空気も暖かく、遠くで小鳥の囀りが聞こえる。
「とっても風光明媚。最高のロケーションね!観光客も多いんじゃない?」
「いえ、そんな……。本当に何もない町でして」
氷雨町への観光者は年どころか数年に数えるほどもいない。魔界と人間界の境に近い準危険地帯に指定された辺鄙な港町だ。戦時中にやってくるのは海を跨いで盗みを働きにくる海賊共くらいだった。オーガ軍が市街を占拠するようになった戦後とて、馴染みのない魔族を恐れて都市部の人間は寄り付かない。
町の復興が進んだ今でさえ、トラックや荷馬車の行き交う目抜き通りにやってくるのは商人ばかり。観光目的の旅行者など喜一の覚えている限りでは初めてである。
(それだけ治安が安定してきたってことなんだろうけど……)
喜一は後ろを着いてくる旅行者3名の様子をちらと伺う。
黒地のドレスを着たブロンドの美女、労働者風の平民服に派手な外套を着た大男、それから特筆すべきは3人目の女だ。
「……あの、そちらの方は」
「ウフフ、この子ね。こっちの二人は夫婦なの。体が弱くてね、空気の綺麗なところで静養しにきたのよ」
「そ、そうなんですか……」
こんな医者のいない田舎に妊婦を連れてくるなよとは思ったが、勿論口には出さなかった。喜一の憂慮を知ってか知らずか、ドレスの女……リリスは微笑む。
「体調は問題無いから安心して。お産に関しても手筈は整えてあるから」
「はあ……」
さっきから返事を返すのは全てこのリリスさんだ。大男のほうはむっすり黙ったまま奥方を抱えてついてくるのみ。どことなく奥さんを隠すように抱きかかえている様子ですらある。随分小柄な彼女は柔らかそうな布に包まれ、大男の腕に埋もれている。
視線を進行方向へ戻すと、曲がり角を抜けた先に教会の庭が姿を現した。
「こちらが滞在先になる氷雨教会です。孤児院も兼ねていて、旅行者の宿泊施設にも利用されています。今何か用意しますので庭園のほうで……えっ」
「あらあらまあまあここじゃない?ここでしょ?ねえ!」
教会への門を潜ると、喜一のガイドを無視してリリスが駆け出す。後ろをのしのし着いてきた大男は最早隠すことなく渋面をつくった。これがまた上背のある筋肉達磨で、予想を裏切らない胴間声に喜一の体が竦む。
「おいてめえ!仕事放り出してんじゃねえぞ!」
「ここよぉ!綺麗なお庭!その子の大事な薔薇園だわ!」
その庭の、かつての姿を何故知っているのだろう。
薔薇の咲き乱れる美しい庭園は見る影もない。手入れも行き届かず雑草に絡みつかれた低木があるのみだ。美しい花のアーチに代わり、地下壕の入り口がみすぼらしく口を開けて喜一と旅行者を出迎えた。お世辞にも整った庭とはいいがたい。
引きつる頬を誤魔化しつつ、喜一はリリスに声をかける。
「よ、よくご存じで……。以前は、薔薇園として機能していた庭です」
「チッ。おい、あいつは遊ばしとけ。部屋を借りるぞ」
大男はいい加減付き合いきれなくなったと見えて、勝手知ったる様子で教会の正面入り口へと歩き出していた。喜一が慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと!案内しますから勝手に入らないでください!」
「もうてめえにゃ用はねえ。キイチ、婆さんを呼べ」
「はぁ!?待って下さい!!この町に来たことがないなら何でシスターの事を……!!」
肩に手をかけ、引き留めようとする。振り返った男の顔が一瞬醜く歪んだ。
「ひっ……!?」
視界が激しくぶれたあと、若者の視界は大きく傾ぐ。
輪郭がだぶついて瞬く間に像が結び直される。
大男は……赤ら顔の大鬼に肉付いてこちらを睥睨していた。陽色の鬣に見事な角、金の瞳は威丈高に喜一を見下ろしている。そして腕の中の小柄な妊婦は、———位置をそのままに成人男性へと変貌を遂げていた。深く寝入った横顔、その鼻筋。かつて自慢だった、他でも無い喜一の家族にそっくりな……。
「げ、ぇブっ!!お、おぇえっ……!!」
目の前が極彩色に混じり合って暗転する。
俺は夢を見ているんだ。遠くから自分の声がした。
———そりゃそうだ。兄貴の腹が妊婦の如く膨れているだなんて、そんな悪夢があってたまるものか。
「いいのよ。おめでたいわねえ!奥さんのお産には着いていてあげないと」
「…………」
青井喜一は奇妙な旅行者一行を引き連れて、なだらかな坂を登っていた。
(確かあと二、三件食事処が増えたように記憶していたんだけど)
そう大きな町ではない。覚えの場所に視線をやって、がらんどうの土地を茫然と眺める。今日はどうにも記憶があやふやだ。
「いい天気ねえ!」
「ええ、本当に……」
抜けるような青空が広がっていた。空気も暖かく、遠くで小鳥の囀りが聞こえる。
「とっても風光明媚。最高のロケーションね!観光客も多いんじゃない?」
「いえ、そんな……。本当に何もない町でして」
氷雨町への観光者は年どころか数年に数えるほどもいない。魔界と人間界の境に近い準危険地帯に指定された辺鄙な港町だ。戦時中にやってくるのは海を跨いで盗みを働きにくる海賊共くらいだった。オーガ軍が市街を占拠するようになった戦後とて、馴染みのない魔族を恐れて都市部の人間は寄り付かない。
町の復興が進んだ今でさえ、トラックや荷馬車の行き交う目抜き通りにやってくるのは商人ばかり。観光目的の旅行者など喜一の覚えている限りでは初めてである。
(それだけ治安が安定してきたってことなんだろうけど……)
喜一は後ろを着いてくる旅行者3名の様子をちらと伺う。
黒地のドレスを着たブロンドの美女、労働者風の平民服に派手な外套を着た大男、それから特筆すべきは3人目の女だ。
「……あの、そちらの方は」
「ウフフ、この子ね。こっちの二人は夫婦なの。体が弱くてね、空気の綺麗なところで静養しにきたのよ」
「そ、そうなんですか……」
こんな医者のいない田舎に妊婦を連れてくるなよとは思ったが、勿論口には出さなかった。喜一の憂慮を知ってか知らずか、ドレスの女……リリスは微笑む。
「体調は問題無いから安心して。お産に関しても手筈は整えてあるから」
「はあ……」
さっきから返事を返すのは全てこのリリスさんだ。大男のほうはむっすり黙ったまま奥方を抱えてついてくるのみ。どことなく奥さんを隠すように抱きかかえている様子ですらある。随分小柄な彼女は柔らかそうな布に包まれ、大男の腕に埋もれている。
視線を進行方向へ戻すと、曲がり角を抜けた先に教会の庭が姿を現した。
「こちらが滞在先になる氷雨教会です。孤児院も兼ねていて、旅行者の宿泊施設にも利用されています。今何か用意しますので庭園のほうで……えっ」
「あらあらまあまあここじゃない?ここでしょ?ねえ!」
教会への門を潜ると、喜一のガイドを無視してリリスが駆け出す。後ろをのしのし着いてきた大男は最早隠すことなく渋面をつくった。これがまた上背のある筋肉達磨で、予想を裏切らない胴間声に喜一の体が竦む。
「おいてめえ!仕事放り出してんじゃねえぞ!」
「ここよぉ!綺麗なお庭!その子の大事な薔薇園だわ!」
その庭の、かつての姿を何故知っているのだろう。
薔薇の咲き乱れる美しい庭園は見る影もない。手入れも行き届かず雑草に絡みつかれた低木があるのみだ。美しい花のアーチに代わり、地下壕の入り口がみすぼらしく口を開けて喜一と旅行者を出迎えた。お世辞にも整った庭とはいいがたい。
引きつる頬を誤魔化しつつ、喜一はリリスに声をかける。
「よ、よくご存じで……。以前は、薔薇園として機能していた庭です」
「チッ。おい、あいつは遊ばしとけ。部屋を借りるぞ」
大男はいい加減付き合いきれなくなったと見えて、勝手知ったる様子で教会の正面入り口へと歩き出していた。喜一が慌てて追いかける。
「ちょ、ちょっと!案内しますから勝手に入らないでください!」
「もうてめえにゃ用はねえ。キイチ、婆さんを呼べ」
「はぁ!?待って下さい!!この町に来たことがないなら何でシスターの事を……!!」
肩に手をかけ、引き留めようとする。振り返った男の顔が一瞬醜く歪んだ。
「ひっ……!?」
視界が激しくぶれたあと、若者の視界は大きく傾ぐ。
輪郭がだぶついて瞬く間に像が結び直される。
大男は……赤ら顔の大鬼に肉付いてこちらを睥睨していた。陽色の鬣に見事な角、金の瞳は威丈高に喜一を見下ろしている。そして腕の中の小柄な妊婦は、———位置をそのままに成人男性へと変貌を遂げていた。深く寝入った横顔、その鼻筋。かつて自慢だった、他でも無い喜一の家族にそっくりな……。
「げ、ぇブっ!!お、おぇえっ……!!」
目の前が極彩色に混じり合って暗転する。
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