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金継ぎの青 下:ブルー編
帰る場所
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目を覚ました時、清一の耳をつんざいたのはオーガの悲鳴だった。
「アァアアア!!!!いだい、痛い痛いからぁあああ」
「レオ、この馬鹿野郎ガラガラを放せ!!角が折れるぞ!!」
「死角に回り込め!!肉を焼いておびき寄せろ」
胴間声が響き渡っている。
清潔な寝室は覚えのない景色で、清一はぐったりした身体を持ち上げて辺りを見回した。
「……ここ、どこだ……」
寝癖のついた黒髪を掻く。全身の筋肉が衰えて、腕を上げることさえ億劫だ。枕元には花だの人形だのと色とりどりの雑貨が置いてある。見舞い品だと気づくには暫くの時間を要した。薄い寝間着はしっかりとした生地で出来ていて、裸足のまま寝台から降りても寒くない。温暖な魔界に帰ってきたのだと、ぼんやりした頭で思い出した。
———筋肉が落ちた足で、ふらつきながら寝室を出る。
ギレオの声がした。出産の直前に顔を見たきりだ。あの気のいい鬼がいると思うと起き抜けの緊張が解ける。……子どもが生まれてすぐ後から、記憶がない。自分は大事なときに、眠ってばかりいる。壁に手をついて、声のする方へと歩いて行った。
「ギレオさん、あの……」
「アッ!?駄目だ、アオイ隠れろ!!首を守れ!!」
一方居間では戦いが行われていた。ぼさぼさの髪で茫洋と現れたボスの新妻に、部下三人の顔が引き攣った。止める間もなく赤褐色の弾丸が流線型を描いて、清一の胸に激突する。後ろに突き飛ばされた衝撃で腰を打った清一は、思わず呻き声をあげた。
「がァッ!!」
「アオイ!!」
頭に幼児向けの玩具を括り付けられたギレオが駆けてくる。何かとてつもなく重くて小さな塊に追突された清一は、天井を仰いで胸に乗るそれを今度こそ見つけた。
———赤くざらついた皮膚、小さいけれど立派な、乳白色の角。陽色の鬣は未だ生え揃っていないけれど、艶々とした毛づやは健康そのものだ。
「うわァ……ちっちゃいバルドじゃん」
痣になっているだろう胸の痛みも忘れて、清一は自分にのし掛かる仔オーガの頭に触れた。ぐるる、と喉の鳴る音が聞こえる。鬼の厳めしい顔つきは赤子からのようで、清一の手を興味深く嗅ぎ回っている姿はなんとも可愛らしい。赤子はむくりと起き出して、母胎の匂いを堪能している。飼い猫のように大人しくなった様子にブルーの顔が思わずほころんだ。
「背骨折れてないか!?家出されかけてようやく目ぇ覚めたってのに、ボスが泣くぜ」
「———誰がなんだって?糞餓鬼」
「ンぇえっ……い、いたんだァ……?何でもないっす……」
スウェット姿で仔オーガをあやす清一に、ギレオが駆け寄る。抱き上げようとした清一を制して、赤子の首根っこを掴むのはバルドだ。ひょいとつまみ上げて肩に載せると、小さな顔に愉快な皺が寄る。鬣に顔を埋めてはその表情を繰り返すのが妙に滑稽で、一同ぼんやりと見守ってしまう。
「これは面白がってるのかね」
「どうなんでしょう……」
「……おい、これは俺様に任せてさっさとブルーの世話をしろ。取りあえず医者を呼べ!」
バルドはがなるが、むしろ部下三人のために医者が必要な様子であった。ギレオを含む全員がところどころ鬣を毟られて痛々しい禿げを作っているし、新顔の二人はそれぞれ鼻血と青あざをこしらえている。鼻血のほうに背を押され、青あざに服を手渡され、清一は別室へと追いやられた。ギレオの紹介によれば、鼻血の強面オーガがヴォイド、青あざの老オーガがベイレスというそうだ。
「……知ってる。ヴォイドさんは顔合わせたことなかったけど、ベイレスさんはバルドの後方支援してた人だ」
いずれも憔悴しきった顔で涙を滲ませている。ギレオに至っては既に半泣きの状態だ。
「よ、よがっだ……っ!!お前起きるの遅えからっ……一月寝てたんだぞ、加減してくれよぉ!!」
「え、ええっ?」
医者を呼びつけながらぐしゅぐしゅ泣くギレオの背を撫でる。
オーガの子どもは生後五分で自立する生き物だ。魔界で生きていくために、まず栄養がまわされるのは肉体で、知能のほどは極めて低い。外敵から逃げ回るために鍛えた手足で弾丸のように室内を飛び回り、衝突するもの全てをその角で半壊させていく。情緒が備わり、敵味方が判別つくまでの平均は約一ヶ月。つまりオーガが産まれてすぐ、最も攻撃性のきつい時期をこの三名に丸投げしてしまったことになる。三者三様に角の根元が妙に腫れているのは、その証左と言えるだろう。
医者が来たところで簡単な身体検査を済ませ、三人の手当を行い終えると既に時計は深夜を示していた。赤子に昼も夜も関係無い。体力が切れて眠りに落ちるまで当然の延長戦が予想されたが、ブルーの育児参戦によって事態は大きく好転する。
「そんな雑な鼻歌で……音程もずれてるのに……!?」
「う、煩い。音程はいいでしょう」
半夢魔の子守歌は魔法耐性がついていない子どもにはよく効くらしい。赤子は膝上でころころと寝返りを打ちながら、大きな鼻提灯を膨らませている。加えて良いことには、産褥期もあけていない元妊夫とは思えないほどブルーの顔色は良くなっていた。子どもを膝にのせて頬を緩ませている。
「ギレオさんたちは休んで下さい。俺、一ヶ月も寝てたから全然眠くないんです」
そうは言ってもギレオ達三人は雇われの身だ。そうそう引き下がるわけにはいかないが、そう言われた途端にギレオの隣でヴォイドが倒れた。半分意識が虚ろな状態でブルーの鼻歌にあてられてしまったらしい。家主のバルドも執務から戻り、その晩は久しぶりに帰宅してよいと沙汰が下されることになった。
「アァアアア!!!!いだい、痛い痛いからぁあああ」
「レオ、この馬鹿野郎ガラガラを放せ!!角が折れるぞ!!」
「死角に回り込め!!肉を焼いておびき寄せろ」
胴間声が響き渡っている。
清潔な寝室は覚えのない景色で、清一はぐったりした身体を持ち上げて辺りを見回した。
「……ここ、どこだ……」
寝癖のついた黒髪を掻く。全身の筋肉が衰えて、腕を上げることさえ億劫だ。枕元には花だの人形だのと色とりどりの雑貨が置いてある。見舞い品だと気づくには暫くの時間を要した。薄い寝間着はしっかりとした生地で出来ていて、裸足のまま寝台から降りても寒くない。温暖な魔界に帰ってきたのだと、ぼんやりした頭で思い出した。
———筋肉が落ちた足で、ふらつきながら寝室を出る。
ギレオの声がした。出産の直前に顔を見たきりだ。あの気のいい鬼がいると思うと起き抜けの緊張が解ける。……子どもが生まれてすぐ後から、記憶がない。自分は大事なときに、眠ってばかりいる。壁に手をついて、声のする方へと歩いて行った。
「ギレオさん、あの……」
「アッ!?駄目だ、アオイ隠れろ!!首を守れ!!」
一方居間では戦いが行われていた。ぼさぼさの髪で茫洋と現れたボスの新妻に、部下三人の顔が引き攣った。止める間もなく赤褐色の弾丸が流線型を描いて、清一の胸に激突する。後ろに突き飛ばされた衝撃で腰を打った清一は、思わず呻き声をあげた。
「がァッ!!」
「アオイ!!」
頭に幼児向けの玩具を括り付けられたギレオが駆けてくる。何かとてつもなく重くて小さな塊に追突された清一は、天井を仰いで胸に乗るそれを今度こそ見つけた。
———赤くざらついた皮膚、小さいけれど立派な、乳白色の角。陽色の鬣は未だ生え揃っていないけれど、艶々とした毛づやは健康そのものだ。
「うわァ……ちっちゃいバルドじゃん」
痣になっているだろう胸の痛みも忘れて、清一は自分にのし掛かる仔オーガの頭に触れた。ぐるる、と喉の鳴る音が聞こえる。鬼の厳めしい顔つきは赤子からのようで、清一の手を興味深く嗅ぎ回っている姿はなんとも可愛らしい。赤子はむくりと起き出して、母胎の匂いを堪能している。飼い猫のように大人しくなった様子にブルーの顔が思わずほころんだ。
「背骨折れてないか!?家出されかけてようやく目ぇ覚めたってのに、ボスが泣くぜ」
「———誰がなんだって?糞餓鬼」
「ンぇえっ……い、いたんだァ……?何でもないっす……」
スウェット姿で仔オーガをあやす清一に、ギレオが駆け寄る。抱き上げようとした清一を制して、赤子の首根っこを掴むのはバルドだ。ひょいとつまみ上げて肩に載せると、小さな顔に愉快な皺が寄る。鬣に顔を埋めてはその表情を繰り返すのが妙に滑稽で、一同ぼんやりと見守ってしまう。
「これは面白がってるのかね」
「どうなんでしょう……」
「……おい、これは俺様に任せてさっさとブルーの世話をしろ。取りあえず医者を呼べ!」
バルドはがなるが、むしろ部下三人のために医者が必要な様子であった。ギレオを含む全員がところどころ鬣を毟られて痛々しい禿げを作っているし、新顔の二人はそれぞれ鼻血と青あざをこしらえている。鼻血のほうに背を押され、青あざに服を手渡され、清一は別室へと追いやられた。ギレオの紹介によれば、鼻血の強面オーガがヴォイド、青あざの老オーガがベイレスというそうだ。
「……知ってる。ヴォイドさんは顔合わせたことなかったけど、ベイレスさんはバルドの後方支援してた人だ」
いずれも憔悴しきった顔で涙を滲ませている。ギレオに至っては既に半泣きの状態だ。
「よ、よがっだ……っ!!お前起きるの遅えからっ……一月寝てたんだぞ、加減してくれよぉ!!」
「え、ええっ?」
医者を呼びつけながらぐしゅぐしゅ泣くギレオの背を撫でる。
オーガの子どもは生後五分で自立する生き物だ。魔界で生きていくために、まず栄養がまわされるのは肉体で、知能のほどは極めて低い。外敵から逃げ回るために鍛えた手足で弾丸のように室内を飛び回り、衝突するもの全てをその角で半壊させていく。情緒が備わり、敵味方が判別つくまでの平均は約一ヶ月。つまりオーガが産まれてすぐ、最も攻撃性のきつい時期をこの三名に丸投げしてしまったことになる。三者三様に角の根元が妙に腫れているのは、その証左と言えるだろう。
医者が来たところで簡単な身体検査を済ませ、三人の手当を行い終えると既に時計は深夜を示していた。赤子に昼も夜も関係無い。体力が切れて眠りに落ちるまで当然の延長戦が予想されたが、ブルーの育児参戦によって事態は大きく好転する。
「そんな雑な鼻歌で……音程もずれてるのに……!?」
「う、煩い。音程はいいでしょう」
半夢魔の子守歌は魔法耐性がついていない子どもにはよく効くらしい。赤子は膝上でころころと寝返りを打ちながら、大きな鼻提灯を膨らませている。加えて良いことには、産褥期もあけていない元妊夫とは思えないほどブルーの顔色は良くなっていた。子どもを膝にのせて頬を緩ませている。
「ギレオさんたちは休んで下さい。俺、一ヶ月も寝てたから全然眠くないんです」
そうは言ってもギレオ達三人は雇われの身だ。そうそう引き下がるわけにはいかないが、そう言われた途端にギレオの隣でヴォイドが倒れた。半分意識が虚ろな状態でブルーの鼻歌にあてられてしまったらしい。家主のバルドも執務から戻り、その晩は久しぶりに帰宅してよいと沙汰が下されることになった。
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