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翡翠挽回 中:グリーン編
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託宣が降った日。少年の母は喜んだ。父は珍しく抱っこをして労ってくれた。
「神託です。……年の割りにはつらい施術になってしまいましたが、よく耐えました」
顔を覆う包帯の下が未だ痛むが、浮き足だって褒めちぎってくる家族のためかつらさは感じなかった。神聖な儀式に痛み止めは使ってはいけないらしい。皮膚の再生を待つ頬が焼けたように熱く、痛い。これだけ痛い思いをしたのだからと、子供は男に問いかける。
「これでヒーローになれる?」
「私の口からはなんとも。……只、主は君に緑衣を授けられた。可能性はあるな」
少年の頭を撫でる男の後ろで、母が不安げに呟く。
「か、可能性ですか。確定というわけではなく……」
「ええ。他により素質のある勇士が現れれば主は其方を選ぶこともございましょう」
「そんな、この子はその為に顔を切ったのですよ。神託の内容を仔細教えてください!」
男は困ったように頭を左右させると、集う親族全員に夢の内容について説いて聞かせた。
「……主は、次代のグリーンにあなた方のご先祖を指名なさいました。夢伝いに緑衣を下賜され、ご子息が叙任の儀にて傅く夢幻までお見せになった……この子を指さし、主は申された。若菜様を、と」
「それは見目の話ですか」父が興奮も露わに男の肩を掴む。
「息子の顔を祖母と同じ顔にしろと!?」
「若菜様は優れた弓使いでした。主は近しい者を望んでおられる。……しかし施術を繰り返すのは酷だ。特に幼子には耐えられまい。他に有望な者も出てきてはおりますが、面影を残す程度でも主は彼を見いだしてくださることでしょう。君はこのままでいい。……あとは試練まで主に祈りなさい」
両親たっての希望により、齢七つの少年に重ねて五回の整形手術が行われた。祖母の二重に合わせてメスを入れ、顎を削り、頬骨を砕いて形を整え癒合させる。施術後の顔は毎度腫れ上がって見るに堪えなかったが、決められた療養期間を終えれば包帯の下から現れるのは毎度違う自分だ。曾祖母に似ていく。叙任まもない、十五歳の少女が僕のような顔をして鏡の前に立っている。美しい顔だった。神様のお気に入りとしては納得だったが、少年は在りはしないとわかっていても自分の顔を探してしまう。
「まるで生き写しよ……。肖像画からでてきたみたい。よく頑張ったわね」
歓喜する母の隣で父親も深く頷いている。
「本当に、よく耐えました。辛かったでしょう……しかし試練は厳しい。十の試練を終えるまで、どれほど脱落者が出るか」
鏡の前で顔の皮膚に触れ硬直している彼のことなどお構いなしに話は進む。両親は男の言葉に深く耳を傾ける。男の与える神託を、神の言葉を一言一句聞き漏らさぬように。
「嘉名の家へいらっしゃい。……君は私が育ててあげよう」
姓が変わった。少年は嘉名家に通いながら、必死になって修行に励んだ。ヒーローが第三席、グリーンになるため日夜弓術を磨く日々が続く。憧れの剣は諦めざるを得ない。それはブルーの扱う武器である。
「君の弓は授かり物だね。至高の域だ。曾御婆様でもこうはいかなかっただろう」
それでも試練を受けることは許して貰えない。まだ時が満ちていないという。嘉名の家で、ヒーロー登用試験を受けることができるのは男の許可が出た者だけだ。
「そろそろ出してあげられるかも知れない。しかしね、難色を示している審査員がいて……私の身内贔屓ではないか、公平性に欠けるのではないかと。神託を信じようとしないんだ」
……それが初めて手を汚した仕事だった。
男に具体的な指示を下されたわけではない。ヒーローは人殺しを命じたりしないものだ。……汚職を指摘され銃を構えた役人を反射的に射貫いた時、男は自分を責めなかった。お前は悪くない、大丈夫かと身を案じ、礼を言ってさえくれる。
———それから手を汚せない彼に代わり、少年は不信心者へ弓を引き続けてきた。
頼られるのが純粋に嬉しかった。矢をつがえるごと、英雄に近づくようにさえ感じられた。神意は絶対だ。神様の言葉を聞くこの人を煩わせる者は間違いなく悪人だから、それを片付けるのは善いことだ。悪い奴らを懲らしめて、やっつけて、家財一切を奪い悪い血を都市から下に追いやって。
「かわいそうなことをしたが……少し安心したよ。これでひとつ、主の悩みが祓われた」
そう、一言もらえるだけで———少年は何もかも。自分で考えなくてよくなった。
「神託です。……年の割りにはつらい施術になってしまいましたが、よく耐えました」
顔を覆う包帯の下が未だ痛むが、浮き足だって褒めちぎってくる家族のためかつらさは感じなかった。神聖な儀式に痛み止めは使ってはいけないらしい。皮膚の再生を待つ頬が焼けたように熱く、痛い。これだけ痛い思いをしたのだからと、子供は男に問いかける。
「これでヒーローになれる?」
「私の口からはなんとも。……只、主は君に緑衣を授けられた。可能性はあるな」
少年の頭を撫でる男の後ろで、母が不安げに呟く。
「か、可能性ですか。確定というわけではなく……」
「ええ。他により素質のある勇士が現れれば主は其方を選ぶこともございましょう」
「そんな、この子はその為に顔を切ったのですよ。神託の内容を仔細教えてください!」
男は困ったように頭を左右させると、集う親族全員に夢の内容について説いて聞かせた。
「……主は、次代のグリーンにあなた方のご先祖を指名なさいました。夢伝いに緑衣を下賜され、ご子息が叙任の儀にて傅く夢幻までお見せになった……この子を指さし、主は申された。若菜様を、と」
「それは見目の話ですか」父が興奮も露わに男の肩を掴む。
「息子の顔を祖母と同じ顔にしろと!?」
「若菜様は優れた弓使いでした。主は近しい者を望んでおられる。……しかし施術を繰り返すのは酷だ。特に幼子には耐えられまい。他に有望な者も出てきてはおりますが、面影を残す程度でも主は彼を見いだしてくださることでしょう。君はこのままでいい。……あとは試練まで主に祈りなさい」
両親たっての希望により、齢七つの少年に重ねて五回の整形手術が行われた。祖母の二重に合わせてメスを入れ、顎を削り、頬骨を砕いて形を整え癒合させる。施術後の顔は毎度腫れ上がって見るに堪えなかったが、決められた療養期間を終えれば包帯の下から現れるのは毎度違う自分だ。曾祖母に似ていく。叙任まもない、十五歳の少女が僕のような顔をして鏡の前に立っている。美しい顔だった。神様のお気に入りとしては納得だったが、少年は在りはしないとわかっていても自分の顔を探してしまう。
「まるで生き写しよ……。肖像画からでてきたみたい。よく頑張ったわね」
歓喜する母の隣で父親も深く頷いている。
「本当に、よく耐えました。辛かったでしょう……しかし試練は厳しい。十の試練を終えるまで、どれほど脱落者が出るか」
鏡の前で顔の皮膚に触れ硬直している彼のことなどお構いなしに話は進む。両親は男の言葉に深く耳を傾ける。男の与える神託を、神の言葉を一言一句聞き漏らさぬように。
「嘉名の家へいらっしゃい。……君は私が育ててあげよう」
姓が変わった。少年は嘉名家に通いながら、必死になって修行に励んだ。ヒーローが第三席、グリーンになるため日夜弓術を磨く日々が続く。憧れの剣は諦めざるを得ない。それはブルーの扱う武器である。
「君の弓は授かり物だね。至高の域だ。曾御婆様でもこうはいかなかっただろう」
それでも試練を受けることは許して貰えない。まだ時が満ちていないという。嘉名の家で、ヒーロー登用試験を受けることができるのは男の許可が出た者だけだ。
「そろそろ出してあげられるかも知れない。しかしね、難色を示している審査員がいて……私の身内贔屓ではないか、公平性に欠けるのではないかと。神託を信じようとしないんだ」
……それが初めて手を汚した仕事だった。
男に具体的な指示を下されたわけではない。ヒーローは人殺しを命じたりしないものだ。……汚職を指摘され銃を構えた役人を反射的に射貫いた時、男は自分を責めなかった。お前は悪くない、大丈夫かと身を案じ、礼を言ってさえくれる。
———それから手を汚せない彼に代わり、少年は不信心者へ弓を引き続けてきた。
頼られるのが純粋に嬉しかった。矢をつがえるごと、英雄に近づくようにさえ感じられた。神意は絶対だ。神様の言葉を聞くこの人を煩わせる者は間違いなく悪人だから、それを片付けるのは善いことだ。悪い奴らを懲らしめて、やっつけて、家財一切を奪い悪い血を都市から下に追いやって。
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