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4話 煮込みハンバーグ定食

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 翌朝、俺は早朝より公社の前で待機し、資料のおさらいをしていた。
 出社時間が分からなかったために軍務規定の日朝点呼の時間に来たのだが、少々早すぎたようだ。

(うん、考えをまとめるにはちょうどいい時間だな)

 持っていた資料の山をドサリと置き、付箋ふせんで印をつけたヤツをパラパラとめくる。
 始業前におさらい・・・・しておくのは悪くない。

 俺が資料を見た感じ、1番初めに決めるのはダンジョンの設置場所とダンジョンのタイプだ。
 この辺りは前任者から引き継げば何の問題もないのだが、今回はダンジョンの新設である。
 立地、作る場所から考える必要があるのだ。

 傾向として、人間の都市に近いと低レベル冒険者向け、魔王領に近いほど高レベル向けになるようだ。
 低レベルより、高レベル冒険者のほうが生命力吸収の効率がよいとされている。

 ダンジョンのタイプは、そのまんま形のことだ。
 建物や洞穴を使った迷宮タイプや、森や火山などを使ったオープンタイプがある。

 当然、俺が選ぶべきは――

「エド、こんなところでどうしたんですか?」

 ふと、声をかけられて視線をあげる。リリーだ。

「やあ、おはようリリー。ちょっと早く来すぎたからここで資料を読み直していたんだけど……集中しすぎたみたいだ」
「ええっ? いつからいたんですか?」

 周囲を見れば、すでに何人も出社しているようだ。

「実は出社時間が分からなくて早めに来てたんだよ」
「エドは真面目なんですね、えらいです」

 リリーから聞いたところによると七時半に開門、八時半始業らしい。
 今は始業15分前だ。

「明日からはこのくらいに出社するかな」
「ダンジョンマスターも補佐役も職場がダンジョンになりますからね。ダンジョンが設置されれば公社に出社しなくても大丈夫ですよ」

 こうして女性と肩を並べて雑談をしながら職場に行くなんて、俺の人生では初のことである。
 かなり嬉しい。

「ええっ! 6時に来てたんですか!?」
「ああ、日朝点呼と言って軍では6時起床、6時5分に点呼するんだ。隊員の状態や脱走を調べるわけだな」

 リリーは良いとこのお嬢さんだ。
 軍隊の話が珍しいのかニコニコと聞いている。

(俺だって、もうちょっと……なんというか、女性の喜びそうな話をしてみたいが……)

 それが分かれば世にモテない男はいないだろう。

 そして執務室に着き、俺はリリーと向かい合う。

「エルドレッド・ホモグラフト、リリアンヌ・レタンクール、以上2名。ただ今の時刻をもって本日の業務を開始する」

 この部署は俺とリリーの2人きりだ。
 俺が始業を告げると、リリーは「は、はいっ。よろしくお願いします」と緊張の面持ちで頭を下げた。

「ではリリー、今日の業務内容は?」
「はい、本日はダンジョン設置場所の候補のしぼり込みと、攻略難度設定まではやりましょう」

 やはり、ダンジョンマスターの手引き通りだ。
 朝の時間は無駄ではなかった。

「うん、設置場所と攻略難度、それにダンジョンタイプには腹案がある」

 俺は黒板にガツガツと『場所』『難度』『タイプ』と書き込んでいく。
 筆圧が強すぎて石筆チョークが折れてしまったが問題ないだろう。

「まずは設置場所だが、これは人里に近く……できれば田舎の開拓村などの側にと考えている。ゆえに難度は『村人では手に余るが、かけだし冒険者の腕試しには最適』くらいを目指したい」
「分かりました。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 リリーもメガネをかけ、業務モードである。
 彼女のキリッとした表情は真剣そのもの。俺も気を引き絞め直した。

「理由は新設のダンジョンだからだ。いきなり俺には複雑な管理はできないだろうし、難度を上げたければ慣れてきたころに拡張すればいいと考えた」
「なるほど。初めに難度を上げず、徐々に拡張すると。将来的には大迷宮になるかもしれませんね」

 リリーはニッコリと微笑みながら「さすがはエドです」と俺を褒めてくれる。
 どうやら彼女は新兵を褒めて伸ばすタイプらしい。

「まあ、先のことは置いておこう……少し都市から離すのは、冒険者に移動させダンジョンまでの往復で疲労と満足感を与えたいと考えた」

 疲労と満足感。
 ようはかけだし冒険者に『頑張った感じ』を与えるわけだ。
 人とは不思議なもので、報酬額が同じでも『楽な仕事』と『苦労した仕事』があれば『苦労した仕事』の方が満足感があるのだ。

 これを俺は『頑張ったエクスタシー』と呼び、部隊の訓練に活用してきた。
 せっかくだから冒険者にも都市から半日ほど歩いて強めのモンスターと戦ってもらえばいい。

 俺も冒険者に詳しいわけではないが、わざわざキツイ仕事をしてる血の気が多いヤツらだ。
 しっかり歩かせてバンバン戦わせてやればいい。

「なるほど、疲労で満足度を高めてリピーターを増やすと。移動時間が長くなればダンジョンの側でキャンプするかもしれませんね。外もダンジョンの領域にすればキャンプ中の冒険者からも生命力を吸収できます」

 それはいいアイデアだ。
 思わずキャンプしたくなるように清水でも用意するのがいいかもしれない。

「それでは、初級冒険者が苦戦する程度ですから――攻略難度はアベレージ10レベルの4人パーティー冒険者と仮定しておきますね」

 リリーが羽根ペンを走らせてメモをとる。
 なんか秘書っぽくてカッコいい。

(……俺の副官はゴツい片目のドワーフだったしな)

 ちなみに片目ドワーフの前任者は、顔面が半分焼けただれたリザードマンだった。
 魔将の副官なんて大抵はベテランばかり、戦傷はあるのが普通だ。

 まあ、それはどうでもいい。

「それでだ。ダンジョンのタイプだが、迷宮タイプにしようと思う」
「そうですね、このプランならオープンタイプは難しいかと」

 オープンタイプの利点は野生動物や原住民などもモンスターや生命力源に転用できることだ。
 だが、その分だけ管理が難しい上に安定感に欠ける。
 迷宮タイプとは一長一短、どちらが良いというものではないが、今回は管理のしやすさを判断基準にした。

「迷宮は建物タイプと洞穴タイプとどちらにしますか?」
「うーん、そうだな……地下に拡張したいし洞穴にするか」

 リリーによると建物や地下は追加できるそうだ。
 これは本当に初期設定というだけらしい。

「洞穴だってちゃんと整地すれば迷宮らしくなりますし、建物の地下を洞穴にもできますからね」
「まあ、変に目立って建設中に冒険者に来られても困るし、まずは洞穴だな」

 リリーはさらに羽根ペンを走らせ、何やら書き加えている。

「それでは『都市からやや離れた開拓村』『攻略難度は10前後』『洞穴タイプ』でよろしいですね?」
「そうだな……うん、それでいこう」

 多少の手直しは必要かもしれないが、修正は利くようだし問題はないだろう。

「ここまでスムーズに決まるとは思ってませんでした。これは他の課にまわして要望にかなう土地を調査してもらいますね」

 そう、場所は俺たちが勝手に決めるわけにはいかない。
 魔王領と人間の国での取り決めもあるし、他のダンジョンとの兼ね合いもある。

 おかしなトラブルにならないように公社がチェックしてくれるわけだ。

「それではダンジョンのデザインについて専門のスタッフを呼びますので、午後から面談してください」
「了解した。それまで資料で他のダンジョンも勉強しておくよ」

 執務室を出ていくリリーを見送り、俺はパラパラと資料を眺めてメモをとっていく。
 なんとかイメージが固まるころには昼食時になっていた。

(お、こんな時間か。せっかくだし、社食を使うかな)

 大きな会社であるダンジョン公社には社員食堂がある。
 俺は日替りAランチの煮込みハンバーグ定食(430魔貨マッカ)を食べたのだが……軍隊の食事に慣れた俺には少々物足りないボリューム感であった。
 いや、安いしうまいけども。
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