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神と魔と人と

第二百八十六話 アルマディア決戦

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 ドランとクリスティーナが後輩達の激励の為に顔を見せ、ある程度の情報交換も済ませた後、彼らはガロアを訪れたもう一つの目的である晩餐会に出席すべく足を運んでいた。
 王国北部の要衝たるガロア近隣の主だった貴族達が招かれたこの晩餐会は、表立っては春を終えつつある時期に改めて近隣貴族の親交を深める為とされているが、これは他国に向けたもので目的の半分に過ぎない。

 残る半分の理由はアークレスト王家を経由して通達された、暗黒の荒野に拠点を持つムンドゥス・カーヌス擁する魔王軍への対処と事前の情報と意識の共有である。
 これまでムンドゥス・カーヌスはかの国の西部や北部に広がる諸国家を相手に戦争を繰り返し、その版図を広げていたが、そちらとの戦争とはまた別に南方――つまりアークレスト王国やロマル帝国に侵略の手を伸ばす準備を“終えている”。
 後はこちらに接触を持ち、戦端を開くばかりという段階だ。事前に形ばかりの外交使節の派遣や降伏勧告位はあるだろうから、まったく時間がないわけではないが……

 今回の晩餐会に於いて、クリスティーナはアグルルアの腕輪を装着した上で、義母リーサから送られた夕暮れの色を映した夜会服を纏い、白銀の髪は三つ編みにまとめている。
 表向きは真っ当な晩餐会に相応しい宝石と黄金をあしらったアクセサリーが首元や耳を飾り、一人で百万の軍勢を葬れる強者とは誰も思うまい。

 クリスティーナが唯一晩餐会に伴うドランもまた出席する場に相応しく、ベルン男爵領の補佐官に就任してから仕立てた燕尾服に袖を通し、何食わぬ顔で主君であり恋人であるクリスティーナの傍を片時も離れずにいる。
 今回の晩餐会には先程顔をあわせたばかりのネルネシアを始め、クリスティーナの領主就任式で部下を遣わした貴族の当主格の他、レニーア、ファティマ、フェニアらの親族や当人達もまた顔を見せている。

 ネルネシアを除いても、何人かは直接言葉を交わした覚えのある者達が出席者として名を連ねており、晩餐会とはまた別に挨拶をしに行った方が良いだろう。
 そして今回の晩餐会に於いて北方の魔王軍とはまた別の意味で、ドランとクリスティーナにとって極めて重大な問題というか、難敵というか、思わず二の足を踏む存在が出席していた。

 クリスティーナの実父ドラムと義兄エルダルだ。クリスティーナはエルダルに対して、関係が希薄だった事もあり、妾腹の子として正妻の子である兄に対して遠慮はあっても苦手意識はない。
 ドラムに対してもベルン男爵領領主への就任に際し、別れの挨拶をしたのを切っ掛けに一方的にではあるが和解したつもりになっているから、クリスティーナ側にわだかまりはない。

 主にドラムと面会するにあたり、今回がただの近況報告や根回しだけが目的であったなら、クリスティーナはそこまで緊張しなかったし、ドランももっと肩の力を抜いていられただろう。
 そうならなかったのは、ひとえにクリスティーナがドランを自分の婚約者として紹介するつもりである為だった。

 クリスティーナとドランの婚約は今回の晩餐会ではまだ公には発表しない予定だが、身内であるドラムとエルダルには、直接顔を合わせる貴重な機会である為、先んじて伝える事にしたのだ。
 既にセリナの父母を相手に将来夫婦となる旨を伝える経験したドランであったが、二度目の事とあっては慣れたと口が裂けても言えない心境にある。

 現状、明確に彼の恋人となっている女性陣の中で、婚姻に関して報告に伺う必要があるのはセリナとクリスティーナの両名に限られる。
 この内、既にセリナは済ませているのだから、クリスティーナの身内という壁を乗り越えれば、もうこの幸福な悩みは解決されるのだが、素直に愛されていたセリナと比べると、随分とまあややこしく愛されていたクリスティーナである。
 前回の経験は参考にならないとドランはほぼ確信し、全世界最強の怪物である割には平凡な悩みを抱えたまま今に到っている。

 自らと同化する事で全ての生命を老いや痛み、病、苦しみから解放する代わりに永久に苗床とする他天体を起源とする生命体? よろしい優しくひっぱたいて元いた所へ追い返してあげよう。
 地上世界への進出を目指し、全ての地上生命を支配下に置こうとする魔王? よろしい念入りに粉砕してあげよう。
 惑星ごとまとめて住人を自らの領域へと連れ去り、玩具へ、奴隷へ、奉仕生物へと作り替える冒涜的な邪神? よろしい跡形もなく消し飛ばしてあげよう。
 婚約者であるクリスの実父と母親の違う兄? あ、はい。お手柔らかにお願い申し上げます。

 これが今のドランである。情けないのは情けないのだが、彼も古神竜という規格から外れ、超越した存在なりに人間らしい親しみやすさがあるのだと、擁護しておこう。
 魔界の悪鬼邪神ならば敢然といっそ傲慢な態度で接する超越者であるのに、恋人の身内に挨拶をとなると途端にこれなのだから、ドラン自身はセリナやクリスティーナに呆れられても仕方がないと思っている。
 ところがどっこいセリナを始めクリスティーナやディアドラ、ドラミナに到るまでドランのそういう普通なところが、ドランの超然とした態度と能力の中にあって親しみが感じられ、彼の可愛いところなどと考えているのだから、いやはや、恋とは人を盲目にするものだ。

 北部のみならず王国全土を見渡しても有数の大貴族であり、建国期にまで遡れる歴史を持つアルマディア家は総督府の中でも一等品格の高い貴賓室が宛がわれ、ドラムとエルダルにその護衛と侍従達が詰めていた。
 事前に来訪の旨は伝えていた為、ドランを伴ったクリスティーナが訪れても、侍従達に驚きの様子はなく、すぐエルダルとドラムに入室の是非を確認して、二人を部屋の中へと通した。

 非常時には敵の南下を防ぐ役目を担う要塞としての機能を持つ総督府だが、この貴賓室は情勢が落ち着いた頃に増築された区画にある為、戦を感じさせる武骨さとはかけ離れた華やかな彫刻が四方を埋めている。
 その部屋の中央に置かれた長椅子に、傍らに執事達を伴って既に晩餐会用の最上級の素材と腕前の職人が仕立てた燕尾服姿のドラムとエルダルの姿があった。

 ドランにとっては初対面となるクリスティーナの身内だ。二人とも数ヵ月ぶりにクリスティーナの姿を見て、わずかに柔和な雰囲気を滲ませる。
 アグルルアの腕輪による容姿の劇的な劣化に関しては、競魔祭で目撃済みの為、特に驚いた様子はない。それに例え身内が相手であっても、クリスティーナの素顔というのはなるべく控えておかなければ、正気での会話が成り立たなくなる代物だ。
 余程の事がない限り、クリスティーナは実父や兄相手でもアグルルアの腕輪を嵌めておくのが賢明であるだろう。

「お久しぶりでございます。ご機嫌麗しゅう、父上、兄上。クリスティーナ・アルマディア・ベルン、お二人の変わらぬ健やかなお姿に安心いたしました」

 クリスティーナはこの時、曲がりなりにも正式な男爵としての身分を与えられた身であるから、ドラム達に対して侯爵とその嫡子に対する態度を取るべきなのか悩んだが、晩餐会に先んじて二人に面会を求めた理由から娘と妹としての態度を選んだ。
 実家で会っていた頃には人型に彫った岩石か何かを連想させる無表情の多かった父も、手元から巣立った娘に関しては態度を変える事にしたのか、少しだけ記憶の中にあるよりも雰囲気が柔和な気がする。
 二人きりの時ならまだしも、兄やドランを始め執事達も居る場でそのように振る舞うのは稀な事のようにクリスティーナには感じられた。

「お前も変わらず壮健な姿を見せてくれたな。ふ、まさか晩餐会にまで男装した姿で出席するのではないかと危惧したが、無用なものだったな、エルダル」

「ええ。私が申し上げた通り、クリスティーナもそこまで我を通す程子供ではなかったでしょう。とはいえ例の醜くなるという魔法の腕輪を嵌めているにしても、女性らしく着飾ったお前の姿を見るのは、さて何時以来になるだろうな、妹よ」

 悪意など欠片もなく、共通の記憶を思い返そうとする兄の言葉に、クリスティーナは少しだけアルマディア家に引き取られてからの日々を、記憶の棚の中から見つけ出す作業に追われた。

「私が引き取られた直後以来になるでしょうか。私は女子らしい衣服に対して、はっきりと拒否を示しておりましたから」

 貧しい暮らしをしていたクリスティーナにとって、性別は関係なく単に高級な衣服が肌に合わなかったというのも理由の一つだが、他にも非常時に行動の妨げになるという理由から、当時のクリスティーナは男装姿を選んでいた。
 まあ、何かしらの理由でアルマディア家を出る時には、男子の服よりも女子の服の方が高く売れそうだ、と悩んだりもしたのだが、それは今言うべき事でないのは確かだ。

「そうか、何とも懐かしい話よ。妹とはいえ何時までも立たせたままとあっては、男の名折れ。父上、よろしいか?」

「うむ、クリスティーナ、そちらの席へ」

「はい」

 ドラムとエルダルの腰かけている長椅子とは別の椅子を示されて、クリスティーナは素直にそれに従う。これまで無言のドランは立ったままクリスティーナに追従し、その左背後に陣取った。
 腰の後ろで手を組み、固く口を結んで一言も漏らさず、気配を消しきっているその姿は、決して主人達の邪魔になってならぬと心得る従者としては文句なしのものだ。ただ、今回、彼はこのまま脇訳で居るのを許される立場にはない。
 アルマディアから伴ってきた召使い達が手早くクリスティーナの為のお茶を用意し、遠く離れた地の領主となった娘を暖かく迎える父と兄、そう見える光景が出来上がる。

「お前がベルンの領主となってから行っている数々の事業については、わし達の耳にもよく届いておる。両手で塞いでいても勝手に入ってくると思う程にな」

 そう笑って告げる父の姿に、クリスティーナはちょっと打ち解けすぎでは? と予想外に距離感を詰められた現実に少なからず戸惑っていた。
 ドランはそんなクリスティーナの内心の微妙な変化を敏感に察し、心の内で微笑んでいる。家族同士の微笑ましいやり取りというのは、実に和むものである。

「お爺様の御威光のお陰で方々から御助力いただけておりますから、そのお陰です」

「ふ、例えお前の祖父であった我が父であろうと、そしてわしであろうとモレス山脈の竜種達と協力関係を構築するなど出来はせんかったろう。ラミアや人魚達、エンテの森の諸種族との関係も、お前ほど短期間であそこまで友好関係に持って行ける者を、わしは知らんよ」

 ここまで堂々と父親から褒められた経験のないクリスティーナは、夜会服から覗く首筋から耳の先までうっすらと赤くしていた。実年齢よりも随分と幼いその反応には、ドランとエルダルの笑みが深まるのも仕方がないというもの。
 しかし、ここでクリスティーナは羞恥と喜びに精神を揉まれてばかりいたわけではない。
 自分の傍に控えている愛しい恋人の事を思い出して、父と兄に紹介するというこれまでの人生を振り返っても屈指の難関に挑まねばならぬのだ!

「父上からそのようなお言葉をいただける日が来るとは、人生、何があるか分からないものですね」

「お前がアルマディアの家で不遇を囲ったのは、全てわしの不徳の致すところだ。許せ。こうしてお前に父親面をするのも、今更、図々しい事だと自覚してはいるのだが、な」

「私は父上を怨んではおりませんよ。アルマディアの誰の事もです。今こうして私がベルンの領主という大役を任されているのも、アルマディアの人間であったからこそですし、感謝しております」

「お前にそう言われて救われた気持ちになっている自分を、わしは軽蔑するよ。なんとも都合がよく、身勝手である事かとな」

「父上は御自分に対して、殊の外、厳しいのですね」

「そのように自分を律さねば、容易く堕落する程度の人間だと自覚しているのでな」

 王国屈指の大貴族の当主が、長年領地を富ませてきた秘訣が、コレなのかもしれない。これは見習わねば、とクリスティーナは密かに心の中の手帳に記入した。

「ところで父上、兄上、こちらの者をご紹介させていただきたいのですが、よろしいでしょうか」

 ドランがこれまで黙っていたのは、まだクリスティーナの婚約者という立場で紹介を受けておらず、その家臣でしかない為である。求められない限り、おいそれと口を挟むのを許される場面ではなかったが、ここにきてクリスティーナが風向きを変えに掛った。
 家臣らしい振る舞いを堅持しているドランを一瞥し、ドラムとエルダルは鷹揚に頷いた。クリスティーナがこの場に連れてくるのだから、相応の信頼を置いている家臣なのだろう位は誰にだって想像がつく。
 それとは別に何となく、ただの家臣ではないのだろうという事は直感で察せられたし、ベルン男爵領躍進の立役者である人物の調査はアルマディアでも行っているから、実のところ、ドラムもエルダルもこの少年が誰であるかはもう把握していた。

「そちらの少年の素性はもう調べはついているが、改めて本人の口から伺わせて貰おう」

「お許しいただきありがとうございます。クリスティーナ様の補佐官を務めさせていただいておりますドランと申します。ガロア魔法学院では、クリスティーナ様と共に学ばせて頂いておりました」

 ここまではあくまでクリスティーナの家臣としての言葉だ。クリスティーナの事もクリスとは呼んでいない。

「エンテの森と龍宮国との友好関係の立役者か。アビスドーンや海魔の件でも名を上げているな。それにスペリオン殿下とフラウ殿下とも何やら秘密裏に親しいと聞く。大した家臣を持ったな、クリスティーナ」

「私には過ぎた家臣です。ですが、その、今日はただ彼を重用している家臣として紹介するだけではないのです。実を申しますと父上、兄上、ベルンの領主として赴任して以来、それとなく私宛の縁談がいくつか舞いこんできた事がありました」

 ちなみにクリスティーナよりはずっと少ないが、ドラン宛にも下級騎士の娘や平民上りの一代騎士の家族、裕福な商人の娘を妻にどうか、という話がちらほらとあった。
 躍進著しいベルン男爵領の差配を任されているドランであるから、縁を結ぼうとする動きがあるのも当然と言えば当然だろう。
 そういう話を持ってきた使者にドラミナの素顔を見せて、恋人だと紹介すると、あまりの美貌に精神を打ちのめされ、加えてアレと比べられるのかと恐れ戦いて自然と立ち消えになるので、それ程面倒ではないのが救いだ。

「それなら我が家の方にも何度か話が来たぞ。父上や私を介して、お前と良縁を結ぼうと頼って来た者はそれなりにいたものだよ」

 こう答えたのはエルダルだ。クリスティーナがアルマディア本家から離れて、ベルン家初代当主として独立したとはいえ、家族であるドラムとエルダルにまず話を通そうとするのもおかしな話ではない。

「ふむ、父上や兄上からそのような話を頂いた覚えはございませんが、という事は全てそちらでお断りいただいていたのですか?」

「まあ、な。お前の婚姻はお前のもの。我がアルマディア家からお前に伝える事はないと全て断らせてもらったよ。しかし、だ。クリスティーナ、お前の方から急にこんな話を振ってくるとなると、そのドランがお前の考えている相手なのか?」

 兄からの指摘に、クリスティーナは乙女の恥じらいを見せた。もっと言えば頬にうっすらと朱の色を浮かべたのである。
 この世で最も美しい化粧をした妹の姿に、エルダルは妻を連れて来なくて良かったと心底思った。エルダルの妻であり、クリスティーナの義理の姉は、クリスティーナの美貌にすっかり心酔して参ってしまっているのだ。

「初めてお前の望みを耳にしたかもしれないな。ベルン男爵家の当主が決めた事ならば、それで構わないと私は思うが……」

 エルダルの視線につられて、クリスティーナとドランはドラムの顔を見た。意外にも娘を愛していた父親は、どことなくむすっとした顔になっている。
 これが自分の意に沿わぬ婚姻を進めようとしているクリスティーナに怒っているのか、まさかまさか、クリスティーナが結婚するのが気に食わないのか、ドラム以外の誰にも分からなかった。
 おそるおそるクリスティーナがドラムの顔色を伺いながら口を開く。ここで反対されても、ドランとはなにがなんでも結婚する――そうしないとセリナ達からの視線が非常に怖いし――が、やはり身内には反対するよりも賛成して欲しい。

「父上、その、もしドランの身分が気掛かりであるとお考えでしたなら、彼は平民生まれではありますが騎爵としての身分を拝領しておりますし、また私も彼を正式な騎士として叙任しています。男爵の相手として決して不相応ではありませんし、何より私は彼をこそ我が夫として迎えたいと考えています」

 婚約者としての紹介をすっ飛ばし、夫にするとまで断言したクリスティーナに、ドランは少しだけ目を丸くして驚いたが、ドラムが零した小さな溜息を耳にしてそちらに視線を移す。

「他家の当主が決めた事においそれと口を出す程、耄碌はしておらん。それが自分の娘が決めた婚姻であれ、だ」

 口にした言葉とは裏腹にますますしかめっ面になってゆくドラムに困惑し、クリスティーナは自分よりも遥かに父に詳しいエルダルに助けを求め、赤い視線を向ける。
 ほとんど初めてに等しい妹からの助けを求める視線に、兄は無力を噛み締めながら首を横に振った。エルダルの記憶を遡っても、こういう感情を表に出す父の態度というのはほとんど例がない。分かっているのは、父がクリスティーナに対していくらか拗らせているという事実だけだった。

「クリスティーナは身分と口にしたが、ドラン、君が娘と王家から与えられた身分以上に重要な人物であるのは、わしとて知っているよ。
 エンテの森の重鎮たるオリヴィエ学院長のみならず、世界樹エンテ・ユグドラシル殿と友好関係を結び、龍宮国国主龍吉殿が我が国との関係を前向きにお考えになられたのも、君の存在が大きいのは知っている。
 そのような重要人物が娘の家臣となり、夫となって支えてくれるのなら、父親としても、一貴族の当主としても、頼もしい限りだ」

 口ではそう言っているけれど、顔は思いっきりしかめっ面のままだなあ、とクリスティーナとエルダル兄妹は素直な感想を零した。
 それからドラムの値踏みを隠さない視線を真っ向から受けて、ドランは変わらずあるかなきかの微笑を堅持する。恋人の父親であるなら、値踏みをするのも当然だと考えているからだ。

「この上ないお褒めの言葉です。ドラム様」

「ここ百年、二百年、いや、建国期まで遡ったとしても君ほどの成果を上げている人間がどれ程いるだろうか。クリスティーナは最初から有能な人物を確保できたわけなのだから、喜ぶべきだろうな」

 ドラムはとりあえず事実ではあるが社交辞令めいた言い方で言葉を重ねるが、渋面は変わらない。心中では愛していた娘が何処の馬の骨というわけではないのだが、よく知らぬ男にかっさらわれるのは面白くないのだろう。
 厳しい言葉を口にしていないのは、ドラム自身、これまでろくに父親らしい事を指摘なかったくせに身勝手な真似をしているという自覚があるからだ。

「ありがとうございます。クリスティーナ様に相応しくあれるよう常に己を律し、お傍で生涯支えます」

「んん゛!!」

 クリスティーナにとっては意表を突く形で発せられたドランからのプロポーズ(?)の言葉に、彼女の喉の奥から若干低めの奇声が発せられた。父ドラムと兄エルダル、それに執事達の姿がなかったら、この場で恥ずかしさと嬉しさを制御しきれずに、床の上を奇声を発しながら転げ回っただろう。
 ドラムの顔がまた渋くなるのを見逃さず、ドランはこの場に居る全員を現実に引き戻す言葉を口にした。残念ながら晩餐会の時間が近い。義父と義兄になる方々への挨拶は、また晩餐会とその後の会議が終わってから改めてする他ないだろう。

「これからそう遠からずこの地にやってくる北の脅威を前にしても、クリスティーナ様のお傍におりますよ」

 それは、娘が男を紹介してきた事に機嫌を損ねる父を、そんな父を見てどうしたものかと悩む息子を、そして心臓がそのまま爆発しそうな程に激しく鼓動を刻んでいた恋人の意識を切り替えさせるのに、十分すぎる言葉だった。
 そう、彼らは決してクリスティーナの結婚の話をする為だけにガロアに足を伸ばしたのではない。そのクリスティーナが最も危険な役割を担う、魔王軍との戦いに備える為にガロアにやってきたのだ。

「口では何とでも、とは言うが、その眼に偽りはないな。余程でない限りクリスティーナの婚姻に口は挟まん。君はその余程の場合ではなさそうだ。クリスティーナ、結婚の時期は決めているのか?」

「いえ、結婚の時期に関しましては年内には魔王軍との戦闘が始まるでしょうし、それを考えると私の結婚それ自体も策の一つとして用いられそうですので、具体的にはまだ決めておりません」

「ふむ、そうか。ならば」

 ドラムはなにやら考え込むように深く目を閉じ、ふたたびそれを開いた時には爛々と輝く獰猛とさえ表現できる光が浮かび上がっていた。

「なるべく早く戦争を終わらせんとな」

 ドラムの獲物を狙い定めた狩人のような声色に、ドランはやはりこの方はクリスの父親だなあ、と呑気な感想を抱くのだった。
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