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カナン大平原編
3.カナン大平原を越えよう(3)
しおりを挟む医者の正体はラグナス帝国の工作員。十二年前、ジオさんの起こしたギルマスぶん殴り騒動が原因の混乱時に潜入していた。
当初の目的はクンルンの肉。なんとこの工作員はラグナス帝国から逃げ出したドグマ組長を追ってきた者だった。
ドグマ組長は、三十六年前にラグナス帝国に囚われ、食肉として売買されるところを命からがら逃げ出していたらしい。
それを聞いて、俺は身につまされる思いがした。二十年以上の時を隔てて尚、追跡の手を緩めないとは。
ラグナス帝国の渡り人に対する異常な執着にゾッとさせられた。リンドウさんに救われていて本当に良かったと思う。
さて、ではどうして肉を得ず、ドグマ組長の専属医に扮していたのかという話になるのだが……。
結論から言うと、工作員が弱過ぎて指示が変更されていたからだった。変更先は俺とヤス君の推測通り、アルネスの街、ひいてはクリス王国すべてを侵略する為の破壊工作。家族を人質にされてもうとにかく必死だったそうだ。取り調べでも号泣していたという。
発端は十二年前。アルネスの街への潜入にまんまと成功した工作員は目的を果たすべく、早速ドグマ組長の調査を行った。ところがそこでドグマ組長との力量差を知ってしまう。
「いや無理。一人では生け捕りとか絶対無理っす。こんな強いとか聞いてないっすもん。百回は楽に死ねますよマジで。勘弁してくださいよ。ってことで増援寄越してくださいおなしゃす」
そう願ったらしいのだが、要請は拒否され、指示が長期潜伏と破壊工作に変更されたのだという。
拒否された理由は、潜入させた他の工作員と追加で送り込んだ工作員の消息がすべて絶たれていたから。増援は既に出されていたのだが顔を合わせることなく消されていたという訳だ。
ちなみに、消していたのは新領主となったエドワードさんからの依頼を受けたサイガ組の面々。
転移術者の追跡ができるレインさんと、当時まだ十代だったシャフトさんが部下と共に暗中飛躍していたのだとか。
「当時はかなり混乱していたからな、ガイラル殿と俺は何度も王都に出向かねばならず、街を不在にすることが多かった。領主代理を務めるはずのジオは牢。冒険者ギルドは停止状態。治安は最悪で警戒網にも穴が出ていた。対応に遅れがあったことも否めん。ジオが馬鹿をしなければ、工作員の大量潜入もなかったんだがな」
「それを言ってやるなエディ。もう過ぎたことだ。しかし、まさかそん時の生き残りがいたたぁな。そりゃあドグマのことを追って来やがったんだから、調べてるうちにドグマ組の状況を知ったっておかしかねぇやな。手前ぇは長期潜伏の指示が出てんだから、破壊工作にドグマ組を使うってなぁ、まぁ、そりゃ考えるわな」
というのが領主館での話し合いの席でエドワードさんとサイガさんがした会話。側でジオさんがしゅんとしていたのが印象的だった。というのは気の毒なのでさておいて――。
ハンを唆して、ドグマ組の頭に据える計画を持ち掛けたのも医者に扮していた工作員だった。更に、毒を与えたことで、もはや食肉としての価値を完全に失ったという理由から、魔物化の呪いの実験にドグマ組長を使っていたのだという。
つまりドグマ組長が起き上がることさえ難しくなったこの十年の間に、医者に扮して延々と魔物化の呪いの開発に勤しんでいたということ。ドグマ組長は魔物化の呪いの最初の犠牲者どころか、その開発時からの犠牲者だったのである。
そして昨年、魔物化の呪いは完成した。
十年近くもよく気づかなかったなと思ったが、自覚できる症状は体調が良くなるか、もしくは魔力経絡が傷んだ影響で体の方に若干の痛みが出るかの二つだけらしい。
人に取り入るのが上手い工作員だったようなので、病状として説明されていれば気づかなくても無理はないと思い直した。
もっとも、死期が近づいた頃には気づいていたようだが……。
いずれにせよ、魔物化の呪いは、工作員が医者に扮していたからこそ思いつき、開発できたと言っても過言ではないだろう。
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