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もう一人の渡り人編
26.冒険者ギルド立てこもり事件(6)
しおりを挟むサクちゃんに言われて初めて、不解爆呪が自爆することにも使えるという事実に気づく。心臓が縮み、冷たい血液が胸の周囲に渡るのを感じる。
胸糞悪い。命を何だと思ってるんだ。
「一応、確認だけど、嘘じゃないんだよね?」
「何とも言えんっすね。ただ嫌な感じはしました。勘でしかないですけど、あれはただの脅しって感じじゃなかったとしか」
「そっかー。ヤス君が言うなら間違いないねー」
せめて、チエが隠れている向こう側の状況が分かれば……。
打開策を求め、カウンターを見つめてそう思う。
すると不意に目の前の景色が変わった。
膝立ちの状態で、チエがモンテさんを靴で殴り続けている。モンテさんは既に意識を失っているようで、カウンターを背にぐったりとしている。
チエはそれでも殴るのを止めず、顔と服には返り血を浴びている。歯噛みして、憤激で歪んだ表情を浮かべ、ごねたような喋り方でヒステリックに叫ぶ。
ここは私の世界のはずでしょ⁉ なんであんな奴らがいるのよ⁉ 上も上よ! 役に立たない奴ばっかり寄越して、だからこんなことになってるんじゃない!
ああもう、グズばっかりいてイライラする! 私はちゃんとやってるのに! なんにも悪くないのに! だって選ばれた存在よ⁉ 主人公よ⁉
異世界転移した勇者様なのよ! その辺のゴミ共とは違うのよ! それが、こんな汚らわしい動物なんかと! なんで一緒に働かなきゃいけないのよ!
チエはそう吐き捨てた後で、こちらに顔を向けて言った。
おいそこの猫! こいつの耳を切り落として食べなさい!
餌の時間よ!
俺はかぶりを振って我に返った。目眩がするほどの酷い悪寒と吐き気。脱力するような恐怖心が汗を噴き出させる。
【精神感応】か……。
おそらく今のは、誰かに自分の置かれている状況を伝えたいと、強く念じた猫人の職員から見た映像だろう。カウンター向こうの状況を知りたいと思った俺との思惑が合致したことで、【精神感応】が反応したのだと思う。
お陰でチエの異常性が良く分かった。ああいう風になるように洗脳されたのか、元々ああいう気質を備えていたから乗せられてしまったのか。
いずれにせよ危険なことに変わりはない。【精神感応】はタイムラグがある。あれはいつの映像なのだろうか。早く対処しなければ、犠牲者が増えていく一方な気がする。
ヤス君がふざけたことを言っている間も目が笑っていなかったのは、探知である程度の状況を把握していたからだったようだ。今も事件を解決する為に、延々と思考を巡らせているのだろう。
だが、そこにはある選択肢が欠けている。だから踏み込めないでいるのだと覚る。
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