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明かされる真実編

6.災厄を連れた最悪(2)

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 女は顔に流れた長い黒髪を指で除け、妖しい笑みを浮かべて言う。

「なんじゃ、つまらんのう。ぬしの知り合いでは、食えぬではないか」

「ニルリティ、早とちりしないの。俺ちゃんはこんな坊や知らんよ?」

「ほう? では、食べて良いのじゃな?」

「そりゃ質問に答えさせてからだな」

 食べる、という不穏な言葉に耳を疑っているうちにギーが動いた。俺はぞわりと毛が逆立つのを感じて【疾風】を発動した。向かったのは南。本当はクリス王国のある西に向かいたかったが、二人が塞いでいたのでやむなくそうした。

 逃げ出して間もなく、左肩に衝撃を受けた。焼けるような痛みが走る。見れば金属の矢に貫かれていた。悪辣な返しの付いたやじりが顔の真横に並んでいる。血で濡れたそれに気づくと同時に、背中にも衝撃と激痛。

「ぐあっ!」

 痛みで思考が止まる。術が切れて落下を始める体を、慌てて【浮遊】で止める。振り返ると、すぐ側にボウガンを持ったギーとニルリティと呼ばれた女が浮いていた。

「ほら見ろ、やっぱり俺ちゃんの方が狩りが上手い」

「何を言う。妾の方が中心に近いじゃろうが」

「俺ちゃんは肩を狙ったんだよ。生け捕り狙い。狭いところに当てる方が難しいだろ?」

「ほうら出たぞ。負け惜しみの屁理屈」

「出たって何だよ。俺ちゃんがいつも言ってるみたいじゃないの。いくらニルでも、俺ちゃん激おこぷんぷん丸になっちゃうぞ」

「名を縮めるなれ者。何が激おこぷんぷん丸じゃ。いい歳して恥ずかしくないのか気色悪い」

 気の抜けた会話をしている二人を見ながら、背中を手で探る。すぐに指先が冷たい棒に触れる。それを握りつつ、肩から出た鏃を見て血の気が引く。これと同じものが背中から体の中に入っているのかと思うと怖ろしさで震えた。

 【障壁】は張っていたし、防具も着ている。それを容易たやすく貫いてくるボウガンに愕然とする。この二人がラグナス帝国と関係しているのは間違いない。とすれば、この武器は軍に標準装備されているかもしれない。

 いや、今はそんなことはどうでもいい。逃げなければ終わりだ。

 とにかく、抜かないと痛くてしょうがない。俺は歯を食いしばり、両手で矢を掴んで思い切り引き抜いた。

 ぶちぶちと内側から肉が抉られるのが分かった。目の前が白くかすむほどの痛みだが、声は上げずにこらえる。そのまま肩の矢も引き抜き、【殺菌光】と回復術を手早く掛ける。

 二人はまだ軽口を叩き合っている。抜いた矢を【異空収納】に仕舞い、痛みが引き次第、【疾風】を使うことを決める。

 今度は西が塞がれていないので、そちらに向かって飛べる。おそらく、国境を越えてまでは追ってこないだろう。
 
 
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