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挿話【夏の紅い月夜の下、紅い瞳の孤独な彼と】

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 やがて足音が止まり、辺りがほのかに明るくなった。

 それはランプの明かりだった。
 その柔らかな光は、目の前に立つ人が持っていた。
 スーツを着た青年だった。

 動物じゃなくて良かった。
 安心したら泣きたくなった。

「酷いことをする。可哀想に」

 彼の姿はよく見えた。
 肩に掛かる金髪、青白い肌、美しく整った顔。
 紅い月を映したような瞳で、憐れむように私を見下ろしていた。

 怖くはなかった。
 彼は私を酷い目に遭わせたりしない。
 なぜかそれが分かった。
 雰囲気も声もあの男たちとは違った。
 とても穏やかで優しいものだった。

 私は裸だった。
 ずっと抱えていた恐怖は彼と出会った途端に羞恥しゅうちに変わった。
 自分の汚れてしまった体を見られたくなかった。

 彼にはそれが分かっているようだった。
 糸の切れた人形のようなおかしな体勢になっている私の体を優しく抱き起こし、そっと仰向けに寝かせてくれた。
 それから上着を脱いで胸から下腹部までを覆ってくれた。

 とても高そうな服なのに、何の躊躇ためらいもなく被せてくれた。

 さっきよりずっと胸が苦しくなった。
 心でしか泣けないのがもどかしかった。
 泣き叫んで彼にすがりつきたかった。

 ありがとう。本当にありがとう。

「構わない」

 彼は悲しそうな顔で頷いた。
 私の声が聞こえているようだった。
 驚いた声も、戸惑った声も、彼の耳には届いているようだった。

 神様?

「いや、人だよ。少し話そうか」

 彼は私の顔を横に向け、視界に入る位置に座った。

 側に立つ木に背をもたれかけ、片膝を立てる。
 ランプの明かりが照らし出す。
 私の視界が、名画を飾る額縁のように思えた。

 綺麗。

「ありがとう。君も綺麗だ」

 彼は微笑んだ。
 私は死んでいるのに胸が締めつけられるように切なくなった。

 私は印象の薄い女だ。
 何をしても平均的。
 顔立ちもスタイルも平凡。

 だから綺麗だなんて言われないのが当然だと思っていた。
 生まれてから一度も言ってもらったことがなかった。
 それが、死んでからこんなに素敵な人に言われるなんて。

 なんで死んじゃったのかな、私……?

 
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