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挿話【夏の紅い月夜の下、紅い瞳の孤独な彼と】

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 目尻から涙が流れた。
 落ちてきた雨粒が、目に入って溢れただけだった。
 けれど、私の気持ちを表してくれていた。

 もっと沢山流れ出てほしかった。
 それが叶わないと分かっていても、この気持ちをすくいとってほしかった。

「分かってる。泣かないで。私がそばにいるから」

 彼はハンカチを取り出し、頬を優しく拭ってくれた。

 胸が詰まる。
 切なさが消えない。
 でも涙が溢れない。
 苦しい。

「大丈夫。もう怖くないからね」

 私の顔は、今とても醜いはずだ。
 散々、乱暴されてきた。
 右目の視野が狭いのも、たぶん、腫れ上がっているからだと思う。

 彼は泣きたいような顔で私の顔を拭い続けた。
 それでも微笑もうとしてくれていた。
 大切なものを扱うように、髪をすいて泥を落としてくれた。
 その優しさに、私はまた胸が締めつけられた。

 こんな気持ちは初めてだった。
 ずっとこの人といられたら、どんなに幸せだろう。

 時折、彼のしなやかな指が頬に触れるのが分かる。
 もう失われていたはずの感覚。
 肌が彼を感じる。

 冷たい。なのに温かい何かが流れ込んでくる。
 心地よくて、落ち着く。

 生きてるうちに会いたかったな……。

 彼の手が私の目を覆った。

「どんなことでも、やりようはあるものだよ」

 まぶたがそっとでられる。
 彼の手が離れ、微笑む顔が目に映る。
 隠れていた世界が戻っていた。

 え、どうして? 右目が開いてる。

「治したんだよ」

 どうやって?

「少し私と繋げた。こっちに移した」

 彼はスーツの袖口をくった。
 肌が真っ黒になってただれていた。
 私は悲鳴を上げた。
 彼が何をしたのかが分かって怖くなった。

 やめて! そんなことしないで!

「平気だよ。すぐ治る」

 袖口を戻し、苦笑いする彼の心が見えた。

 彼は孤独だった。
 この世界の誰にも見えない、別の世界の人だった。
 寂しいという感情が流れ込んできた。
 もう、一人でいるのは嫌だと彼の心が叫んでいた。
 それがとても憐れで愛おしかった。

 彼のそばにいてあげたいという気持ちが心に溢れた。
 言葉にする必要もなかった。
 彼にもそれが伝わっているのが分かった。

 これから私たちは一緒に暮らすことになる。
 それはとても素敵なことのように思えた。

 けど、私は腐っていくだろう。
 臭いも見た目も酷い有様になるに違いなかった。
 そうなる自分を見られたくなかった。

「大丈夫。私が何とかする」

 彼は立ち上がり、私を抱き上げた。
 折れた首が曲がらないようにそっと腕で支えてくれた。
 優しさに包まれているようだった。
 
 
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