あのチョコレートの甘さは、まだ口の中に残っている。

音央とお

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ましゃと“復縁”して、何か変わったということはない。

一緒に帰って、たまに時間を共有する。以前付き合っていた頃と何も変わらない。
……強いて言えば、ましゃを観察する時間が増えただけ。

「そんなに熱っぽい目で見つめられたら、照れるよ」

なんて喜んでいたけど、私にそんなつもりはなかった。

チョコレートを欲しがっていた時のような暴走を、ましゃはしない。これでは意味がないのに。

ましゃがいない時は、他の男子たちに視線を送ってみた。
人とどう触れ合っているのか、何も言わずに観察しているだけ。

時々、視線が交わう時があるけど、私よりも目の前の女の子を気にして欲しい。そんなに気になるほど不躾な感じだったかな?

ごめんねって意味で微笑んでおいた。すると、なぜか男子たちは以前より優しくなった。

つまんないや。クラスの中で、何も起きなくて。



*   *   *



ショートホームルームの時間、みんなが配られたプリントをみている間に、私は先生を見つめていた。

さえない格好をした、お兄ちゃんみたいな先生。

ふと流し目を向けられても、今の先生の視線が欲しいわけじゃない。もっと温度のない目じゃないと……。

「広瀬」

名前を呼ばれたので「はい。何ですか?」と礼儀正しく答えた。

「また提出物を出していないだろう。あとで、準備室に来て。罰として掃除だ」

「……ええ、嫌だなぁ」

「出さなかったお前が悪い」

先生に呼ばれたなら、仕方がないよね。

ましゃに用事が出来たから先に帰ってとメッセージを送った。別のクラスだから直接伝えるのは面倒だった。

男子たちに「災難だったね」「手伝おうか」なんて声を掛けられたけど、「私が悪いから」と断った。
なぜかみんな過保護に接してくる。

準備室の前に着くと、小さく息を吐いた。
中に聞こえるようにノックをする。

「入って」

そう許可をされたので、ドアを開いた。
――そこにいた先生は、あの暗い目をしていた。

「……先生、怒ってる?」

「当たり前だ。わざと、提出してない生徒がいたから」

やっぱりバレていたか。
でも、その誘いに乗ってくれた。そういうことだよね?

「要件は?」

手短に済ませろと言いたげに急かされる。
その冷たさに目を細めた。

「私ね、ましゃと復縁したんだ」

「……へぇ。それはおめでとう」

表情一つ変わらない様子で、何を考えているのか分からない。ドクドクと心臓の鼓動が不安で速くなる。

……先生にとって、これはどうでもいい話だった?

「ましゃが教えてくれないこと、先生が教えてよ」

この人にしか教えてもらえないことがあるんだって、思っているんだよ。

先生はそこで視線をそらした。
そして、鬱陶しそうに前髪を掻き上げた。

「……自覚的になってきたのか。こっちのほうがタチが悪かったかもな」なんて、吐いた息が艶めいていた。

「悪いが、そんな要件なら出ていってくれ。これは指導のために呼んだんだ」

「指導してよ。先生じゃなきゃ、ダメなこと」

「断る」

「どうして?」

こんなにも頼っているのに、先生は応えようとしない。
私が近くまで歩み寄ると、自虐的な笑みをこぼした。

「これ以上踏み込んだら、お前を壊すことになるよ?」

それが脅しになると思っているなら、たぶん違う。

「そうなってもいい。知りたいから」

いっそのこと、戻れないところまで触れてみたかった。
 それはどんな世界なんだろう。

すがるように、先生へと手を伸ばした時だった。

コンコンッとドアがノックされた。

「鉄ちゃん、いる?」

ましゃの声。
ここに来ることは伝えていなかったのに。
……誰かに聞いて探しに来たのか。

「……あれ? 鍵が掛かってる。いないのか?」

先生が私を見たから、口角を上げた。
気づかれないように内側から鍵をかけた。
誰にも邪魔をされないように。

「怜花ちゃん、どこに行ったんだろう」とましゃが呟いたかと思えば、ブレザーのポケットに入れていたスマホが振動した。
ドアの向こうまでは聞こえていないだろうけど、鳴り続ける。

……しつこいな。

あまりの長さに苛立った。
ドアの方を振り返る。曇りガラスの向こうに、薄っすらとましゃのシルエットがあった。

「広瀬」

先生へと視線を戻すと、いつの間にか耳打ち出来るほどの距離にいた。

「ほら、彼氏が待ってるぞ」

「……そうですね」

突き放そうとしているのが分かって、気づかないふりをする。私が誰を選んだのか、教えるために。

やがて、ましゃからの電話は止まり、ガラスにも何も映らなくなった。
先生は呟いた。

「よく鍵を掛けていたものだな」

「先生と二人きりになりたくて」

「まいったな。……言っても聞かない、悪い生徒だ」
  
困ったようでいて、声に愉悦が含まれていた。

……そんな悪い先生には、非難されたくないと思った。



*   *   *



大人しくなったと思っていたのに、ましゃは何かを嗅ぎつけたように騒がしくなった。
今だって、学食にいるというのに周囲に殺気だっている。

「怜花ちゃんのことを見る男子達が気に入らない」

「視界に入れば見ることもあるよ」

「そういうことじゃない! 急に目の色を変えたんだ。どうしたっていうんだ……」

雰囲気が変わったねっていうのは、女子達からも言われたかも。
思い当たるとしたら一つしかない。

「――そうしたら、鉄ちゃんがさ~」

どこかから聞こえてきた会話に耳を傾ける。
なんの面白みもない授業の話だった。

「怜花ちゃん、聞いてる?」

「何が?」

「……ちゃんと聞いていてよ」

ましゃは何かを話しかけていたみたい。
「ごめんね」と謝れば許してくれた。

……ましゃが好きだという、上目遣いで微笑めば簡単なことだった。

「先生から頼まれた日直の仕事があるから、先に戻るね」

食べ終えた蕎麦の丼を返しに行こうとすると、「待って」と止められた。
トレイを取り上げられる。

「俺が片付けるからいいよ」

「そう?」

「返却口の周りに男子しかいないから」

そんなことを気にしていたら、いちいち疲れないのかな。
ましゃが好きでやってることなら、どうでもいいけど。



……頼まれた仕事なんてない。

日直であることは本当。
賑やかだった食堂から、人気の少ない美術室の方へと足を向ける。

「先生」

話しかけてきた相手が私だと分かると、先生を取り巻く空気の温度が下がった。もう取り繕う気はないようだ。
それに仄かに喜びを感じる。

「柾木と食べに行ったんじゃなかったのか?」

「何で知ってるの」

「見かけた」

全く気づかなかった。
先生はどこで見ていたんだろう?

「じゃあ、私が来ると思っていなかった?」

「……来るよ、お前は」

何かと理由をつけて、先生に会いに来ていた。
頻繁だと噂になりそうだから、周りが自然と思える範囲で。

「ねえ、そろそろお家に行ってもいい?」

「駄目。……なんで来たがる?」

「プライベートが知りたい」

学校以外の先生が知りたい。
なのに、会ってくれない。

「これでも、教師と生徒なんだよ。俺達は」

「そんなこと知ってる」

見つかったらまずいことくらい。
先生は窓の外を見ながら深く息を吐いた。
澄み渡るくらい空は綺麗だ。

「……第一、彼氏のいる女を家に上げる趣味はない」

そこを気にするんだ?

「じゃあ、別れたら考えてくれる?」

「別れるのか、アレと」

笑われた。
酷くおかしそうに。

「別に好きじゃないもん」

「相変わらず……。ははっ、残酷」

先生は目を細めながら、「ちゃんと別れられたら、考えてやるよ」と言った。

「調子に乗って、恨まれないようにしろよ」

聞き覚えのある忠告に、私は口で孤を描いた。

あの時の私とは違うよ、先生。




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