あのチョコレートの甘さは、まだ口の中に残っている。

音央とお

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休日の昼下がり、ましゃをハンバーガーショップに呼び出した。

急な誘いにも拘わらず、30分でやって来た彼は息を切らしていた。

「早かったね。飲みかけだけど、飲む?」

ストローの差さった紙コップを見せる。
氷が溶けて炭酸の薄まったメロンソーダ。

ましゃは口をつける前から、喉をごくりと鳴らした。

「怜花ちゃん、一人で待っていてナンパとか大丈夫だった?」

「うーん、3人くらいに声を掛けられたかな」

素直に人数を告げれば、ましゃは眉間に皺を寄せた。

「もっと静かなところで待ったほうがいいよ」

カウンター席に横並びになった私達は、肩が触れ合いそうなくらい近かった。
寄りかかるように上目遣いで微笑めば、ましゃは身動きした。

「今日はましゃに話があって」

「何かな?」

「あのね」

賑やかな店内で、声を潜めながら囁く。

「最近、触れてくれなくなったよね? ましゃ」

「……」

目を見開いているましゃは、私の唇に釘付けになった。
ましゃに“復縁”させられてから、一度も触れていない場所。
させていないのが正しいけれど、私は不満そうに呟いた。

「もう、そういう対象に見えない?」

「……そういうって?」

「キスしたり、ハグしたり」

慌てて何かを喋ろうとする口に、ポテトを突っ込む。
物理的にましゃは口を塞がれてしまう。

「私のこと、まだ好きって言える?」

ポテトを飲み込み、「好きだよ」と言った。
ましゃの目元が熱っぽく潤んでいた。
でも、それを無視する。

「本当に? 触れてもくれないのに?」

「それは……あなたが大事だから。好き、ちゃんと好き。会えない時はあなたのことばかり考えているし、こんな風に会えたら目が離せなくなるんだ」

「ましゃは優しいもんね」

飲み干されて氷しか残っていない紙コップを手に取る。
少し氷が溶けて水になっていた。
ストローに口づける。

「でも、あんまり優しくしすぎると、怜花は寂しくなっちゃうよ?」

挑発的するように、口角を上げて微笑めば、ましゃは狼狽した。

「それってどういう……」

「んー? ちょっと気持ちを伝えておいただけ」

私はトレイを持って立ち上がる。
ましゃは眉を下げて、縋るように見上げてくる。

「じゃあ、もう帰っていいよ」

用は済んだから。
あそこで声を荒げることも出来ないなんて。

……本当につまんない男。



*   *   *



ましゃに“宣言”をしてから、2週間ほど経った。

相変わらず触れてくることはない。
むしろ、臆病な彼が怖がるようになったのが分かる。

……だから、もういいかな?

スマホを操作し、先生から雑用を頼まれたから居残りをすると伝えた。

「呼んだ覚えはないけど?」

先生は、私の行動を見て笑った。
美術準備室に押しかけたことを怒ってはいないらしい。
こちらを観察するように楽しんでいる。

私はじっと待っていた。
「来て」なんて誘っていないのに、ましゃが現れるのを。

ドアがノックされる。
「どうぞ」と先生が答えれば、ましゃが入ってきた。

「どうしたの? ……迎えに来てくれたの?」

「うん」

ましゃは先生のほうをチラッと見た。
ノートパソコンのキーボードを叩く先生は、私たちの方を見ない。

「雑用って言ってたけど……、もう終わったの?」

何もせずに立っているだけだから、違和感を持ったようだ。
その鋭さに舌舐めずりをする。

ましゃの好きな上目遣いで微笑む。

「先生とまだお喋りしていたかっただけ。……駄目?」

ましゃは不快感を表情に現した。

「密室で、男と喋る必要ある?」と私にだけ聞こえるように言ってきた。

「男じゃなくて先生だよ? なんで嫉妬するの」

「……」

黙り込んだから、私は先生に話しかける。
ましゃには通じないクラスでの出来事。先生は“みんなのお兄ちゃん”の顔で笑い、反応してくる。
ただの日常の面白い話を続けながら、腕に触れたりとボディータッチを混ぜる。

「……」ましゃの機嫌の温度が下がった。

「怜花ちゃん、もう帰ろう」

「なんで? まだ喋ってるのに」

「いいから!」

腕を取られ、廊下に引きずり出される。

「ましゃ、痛いよ」

「……! ごめんっ」

不快感を表せば、すぐに手は離された。
彼は残虐になりきれないことが分かる。

「先生、変に思ったんじゃない?」

「……」

「謝って」

咎めるように視線を向けると、ましゃは言葉に詰まった。

「そんな失礼な態度は駄目だよ」

「それは……」

「ましゃって子どもだよね。すぐにカッとなる」

まるで誰かと比較するようなこと、あえて口に出した。

「そういうところ、嫌かも」

「……怜花ちゃん」

「先生と喋っているほうが楽しい」

ましゃが唇を噛みながら目を伏せていると、先生が準備室の中から顔を出した。

「何を喧嘩してるんだ?」

「喧嘩なんてしてませんよ」

先生の腕に身体を絡めにいく。
肩が触れ合うのを見て、ましゃが声を荒げる。

「怜花ちゃん!」

「なに? うるさいよ」

「鉄ちゃん、……いや、先生と距離が近すぎるんじゃない? ……良くないよ、そういうの」

私は目を吊り上げ、低い声を出す。

「説教とか、ましゃにはされたくないんだけど」

責められたましゃは、目を見開きながら「……誰?」と呟いた。身体が震えている。

「……あなたは誰? こんなの怜花ちゃんじゃない。俺の知ってる怜花じゃない。怜花はもっと……。誰が変えたの? 誰に教育されたの? 駄目だよ、怜花はもっと綺麗な子なのに。汚された、汚された、汚された……」

「うるさいなぁ。意味の分かんないこと言わないで」

「あなたは、俺の怜花じゃない!」

そう叫ぶから、私は冷笑を浮かべた。

「そう。じゃあ、別れよっか」

「え……」

「なんか違ったんだよね?」

なんか違った!と別れを告げた日を思い出させれば、ましゃは口を閉じた。

「いいよ。ばいばい、柾木くん」

私は先生の腕を取り、準備室のドアを閉めた。
ましゃはもう何も言ってこなかった。

……本当に期待外れだわ。


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